”転倒者”救出作戦
ヘンゼルさんから告げられたもう一人の『ブライラ』側の“転倒者”救出の要請。
緊張しながらも、俺はヘンゼルさんへと聞くべき事を訊ねる。
「ヘンゼルさん、俺達に救い出して欲しい“転倒者”っていうのは、一体何者なんですか……?」
他のプレイヤー達から聞いた話によると、高貴な家柄で武力もあるけど、性格が高慢で難がある人物らしいが……。
ヘンゼルさんやラプラプ王のような童話や歴史上の偉人のような有名な存在だろうか?
いや、でもこれまで出会った“転倒者”にはライカやチョベリグのような俺が全然知らない名前の人物もいたわけだし、いろんな時代や世界から来るのが“転倒者”である以上、俺が知らない可能性の方が高いんだよな……。
そんな色々と考えこむ俺に対して、ヘンゼルさんが答える。
「あぁ、君達に助け出してもらいたい“転倒者”なんだが……現在異種族達によって捕えられている彼の名前は、“犬神 秋人”というんだ。リューキ、その名前に心当たりは?」
ヘンゼルさんからの質問を受けて、俺は思わず驚きの声を上げていた。
「えっ!?その“転倒者”って、日本人なんですか!?単に本名でプレイヤー登録しちゃっただけの痛い人とかじゃなくて?……いや~、そんな名前の有名人なんて、ちょっと知らないですね……」
犬神?
絶対に存在しないっていう名字ではないだろうけど、そんな名前のセレブで強い人なんて、俺がもともと暮らしていた現実世界の日本でも全く聞いたことのない。
そんな俺の反応が予想通りだったのか、ヘンゼルさんもラプラプ王も苦笑を浮かべていた。
「秋人は『日本で俺の家柄を知らないとか、木っ端も良いところだろ!』と力説していたんだが、君も含めて、この≪PANGAEA・THE・ONLINE≫という世界に閉じ込められた“プレイヤー”は、同じ日本という国の出身であるはずにも関わらず、誰一人として彼の事を知らなかったんだ」
ヘンゼルさんの返答を受けて、ひとまずホッとする俺。
……良かった、俺がただ単に陰キャを拗らせ過ぎて、サブカル以外の有名な芸能人やら社会の動きを全く知らない、という訳じゃなかったんだな。
とにもかくにも、ヘンゼルさんの説明は続いていく。
「残念ながら、秋人の言う犬神家を知る者は誰一人としていなかったが、秋人は敵側の“転倒者”である“チョベリグ”の事を『自分が生まれる前の渋谷で有名だった、ファッションリーダーのコギャル』と情報だけながら知っていた辺り、秋人やチョベリグは君達とは違う……えぇと、ラプラプ王。アレってなんて言うんでしたっけ……?」
「“並行世界”だ、ヘンゼル。……まぁ、この概念も私が他のプレイヤー達から聞いた受け売りなので、あまり偉そうなことは言えんがな。とにかく、アキトやチョベリグは、お前達とは異なる“並行世界”の日本から来た存在である可能性が非常に高いという事だ。リューキよ」
……え?犬神 秋人だけならともかく、チョベリグって奴も日本人なのかよ!?
名前の響きからして、何を意味しているのかさっぱり分からないぞ……?
それにコギャル……って、なんだ?ギャル関連の何かなのか?
並行世界の存在以上に、チョベリグの存在感を前に思考停止状態に陥りかかる俺。
そんな俺を現実に引き戻したのは、オボロからの素朴な疑問だった。
「でも、そのアキトって奴は聞いてる限り、横柄なボンボン息子丸出しな奴なんでしょ?そんなの、妖怪に懲らしめられる側の人物だと思うんだけど、そいつを危険を冒してまで異種族達が防衛している拠点から救い出す必要性とかあるの?」
訝し気にそうヘンゼルさん達に問いかけるオボロ。
……まぁ、言われてみれば確かに戦力がこちら側には不足しているとはいえ、家柄だか権力だが財力だか知らないけど、この原初の野生が剥き出しになったシスタイガーという大森林では、そんなもの何一つ通用しないだろう。
現に、この『ブライラ』のプレイヤー達の評判を聞いてみても、知名度もそんなになくて印象もあまり良くないみたいだし……。
そんな風に考えている俺達に対して、ヘンゼルさんが真剣な面持ちで答える。
「確かに君達の懸念も当然といえば、そうかもしれない。――だが、生まれついての名家の威光をその身に宿す彼の力は、世界を隔てた上に文明の光が差し込まぬこの森林においても一切陰ることなく、存分に発揮されていた。……例え、この地に彼を知る者が全くいなくても、”犬神 秋人”としての彼の力は紛れもない本物だよ……!!」
ヘンゼルさんが手放しで、認める人物――犬神 秋人。
ラプラプ王もその言葉を否定しない辺り、『単にこちら側の勢力だから』という事だけではない本物の実力者なのだと感じさせられる。
そんな俺の視線に頷きを返したかと思うと、今度はラプラプ王が口を開く。
「ヘンゼルが今回の襲撃者達をまとめていたゆるふわお姉さんを尋問したところによると、アキトは異種族達の本拠地である最深部からは移送されて、現在はこの大森林内にある“スマイル遺跡”という場所に幽閉されているようだ」
そこで、フゥ……と一息ついてから、ラプラプ王は意を決したかのように強く宣言する。
「今回の精鋭による襲撃者達を撃退した以上、状況は一刻を争う事態となっている。アキトが再びどこかに移送されたり、下手すれば処刑されたりしないようにするためにも、迅速なアキトの救出を行う必要がある!――ゆえに明朝、少数精鋭でアキトを救出するために“スマイル遺跡”へと向かうぞ!!」




