守り抜けた光景
先程の戦闘では“BE-POP”を消費して何とか無理やり身体を動かしていた俺だったが、あれは結局のところ単なる一時しのぎ。
ゆるふわエルフお姉さんのスキル:【痺れフェロモン】によって引き起こされた状態異常がなくなったわけではないため、現在俺は仰向けで地面に倒れた状態になりながら、他のプレイヤーからの治療を受けていた。
俺に向かって、治療に参加しているわけではない他のプレイヤー達が声をかけてくる。
「それにしても、ここを出る前には何もかも最弱クラスだったはずなのに、まさかここまでレベルアップして強くなって帰ってくるなんて……!?一体、お前等に何があったって言うんだよ!?リューキ!」
「それだけじゃなくて、ラプラプ王のような“転倒者”が抱えていた欠点まで克服させちまうとはな……ヘンゼルさんが言っていた通り、“山賊”ってのはここまで凄い職業だったのか……!!」
「おまけに、新しく連れてきたモンスター達も、低価格帯のエチチッ!なゲームに出てきそうなビジュアルと性質剥き出しな奴等だし、コイツ等がいればムチプリ♡ドタプンクオリティな異種族お姉さん達が何度攻めてきても性的に返り討ちにする事が出来るぜ~~~!!……今度こそ!その光景を間近に見ながら、女への耐性をがっぷりつけちゃるッ!!」
そんなプレイヤー達を諫めるかのように、俺の治療を終えたハジーシャさんが彼らを注意してから、俺へと頭を下げる。
「騒がしくて済まないな、リューキ。……ただ、みんながここまではしゃぐのも無理はないというか、僕達は異種族達が放ったあの【暴れ忘八大車輪】というスキルに全く手も足も出なかった。そんな状態であと一度でもマトモにまた同じ技を受けたりしてしまえば、僕達は奴等に触れることすら出来ぬまま、自分達で醜態を晒してこの世界から消失していたかもしれないんだ……だから、君達には本当に感謝している」
ハジーシャさんによると、あの【暴れ忘八大車輪】というスキルは、異種族達の“魅了”を阻害するような行動は一切取れなくなるだけでなく、彼女達に対する情欲を最大限にまで引き上げる効果もあったようだ。
二度目のそのスキルを発動させる前に、勝負が決められたから良かったものの、マトモに喰らっていたらレベルアップしていた俺達山賊団ですらも、ヤバかったかもしれない……。
そう考えた俺は、慌ててハジーシャさんの行動を止める。
「いや、感謝しているのは俺の方です、ハジーシャさん!!俺達が、あのスキルの脅威に晒されずに済んだのは、相手の中に自分達のスキルで自滅していた奴等がいたからだけど、それ以上にハジーシャさんが最初の一度目を発動させながら何とか耐え忍んでくれていたからです!!……アレがなかったら、俺達がたどり着く前にこの『ブライラ』は終わっていたかもしれないし……」
何より、と俺は告げる。
「それに、こうやって治療してもらっている以上、礼を言うのは俺の方です!本当にありがとうございます、ハジーシャさん!それとみんな!!」
そんな俺のハジーシャさんは「……あぁ、そうだな」と微笑を浮かべて答え、周囲のプレイヤー達も「いっちょまえな事を言いやがって!」とか言いながら、涙ぐむ人などがいた。
……柄にもない事を口にしたかな?
そう思い、気恥ずかしさから目を逸らせば、オボロが無言のままうんうん、とこちらに笑みを作った顔で頷いていた。
うっせ、こっちみんな。
そう思いながら、視線をどこへ向ければわからなくなっていた矢先に、正面から見知った顔ぶれが近づいてくるのが見えた。
一人は自転車乗りのロクロ―と、あと最初の『ブライラ』での会談のときに部屋の中に乗り込んできたゴチルスさん。
そして、彼らに支えられるようにわき腹を押さえながらこっちに歩いてきているのは、この『ブライラ』で幾度もお世話になった“転倒者”のヘンゼルさんだった。
ヘンゼルさんは、支えていたゴチルスさんからゆっくり手を離し、周囲の心配そうなプレイヤー達の動きを制止しながら、ゆっくりと語り掛ける。
「みんな!今回の襲撃は以前のものよりも2倍の戦力、かつ手練れを相手によくぞ、この『ブライラ』を守り抜いてくれた!!……熾烈を極める戦闘だったが、犠牲者を誰も出さない状態でこの拠点を守りきれたのは、君達の奮闘のおかげだ!!――みんな、本当にありがとう……!!」
そんなヘンゼルさんに対して、プレイヤー達がさっきの俺のように彼の言葉へと答える。
「よ、よしてくださいよヘンゼルさん!俺達が今までどんだけアンタ等みたいに戦える人達に助けられてきたと思ってんですか!?そんなアンタに、礼なんて言われちまっちゃ、こっちの立つ瀬がねぇや!」
「んだんだ!普段、異種族との戦闘を見ながら上下両方から惨めな雨をまき散らす事くらいしか出来てない俺達なんだから、ヘンゼルさんが動けないこんな時くらいに歯を食いしばってでも動かなきゃ男がすたるってもんでさぁ!!」
「そんなもんしてるのはテメェだけだろ!勝手に俺等まで一緒にすんない!」
いつもと変わらぬやり取りをしながら、ドッ!と盛大に沸き立つプレイヤー達。
そんな彼らに再度「……ありがとう」と告げてから、ヘンゼルさんは俺の方へと向き合う。
「リューキ。今回は本当に何の比喩でもなく、僕は……いや、僕達は君達の活躍によって誰かの命を失う事も奪うこともなく、この『ブライラ』を守り切ることが出来た。――君には、感謝してもしきれない」
「いやいや、確かに少しばかり苦戦したけど、そんな大げさな……」
「いや、大げさなんかじゃないよ」
おどけるように言った俺の返答に対して、きっぱりとヘンゼルさんが“否”を告げる。
……確かにヘンゼルさんは今、簡単に治らない負傷をしている状態で助けられたんだから、この状況は冗談ごとで済んだりしないよな。
慌てて自分の発言を謝罪しようとする俺だったが、そんな意図を察していたかのようにヘンゼルさんが先に言葉を紡ぐ。
「リューキ。君は正真正銘、追い詰められていた僕達を命だけじゃなく、その心ごと救ってくれたんだ。……君は、誇れることをしたんだ。だからこそ、それを誇ってくれないか。リューキ」
真剣ながらも、笑みとともに告げられたヘンゼルさんからの賞賛と感謝が伝わる言葉。
それを受けた俺は、『こんな凄い人に、自分が認められたんだ……!!』という想いとともに、またも柄にもなく何か熱くなるような感情が自分の中に満ちていくのを感じていた。
気がつくと、俺はほぼ無意識のうちに
「ハイッ!ヘンゼルさん!!」
と答えていた。
そんな俺にうん、と笑顔で頷きながら、再び真剣――いや、少し困ったような感情を覗かせる表情になる。
だが、意を決したかのように瞳に強い意思を秘めながら、ヘンゼルさんが俺へと語り掛けてきた。
「――リューキ、君さえ良ければ、僕を君の“山賊団”に入れてくれないか?」
「え、えぇっ!?ヘンゼルさんを、俺の“山賊団”の新メンバーに!?」
俺だけでなく、周囲のプレイヤー達も驚きの声を上げる。
だが、ヘンゼルさんは真顔のまま言葉を続ける。
「あぁ、君に助けられておきながら、さらにムシの良い申し出かもしれないが……ラプラプ王と交わした取り決めのように、僕も君の山賊団のメンバーとして加わりたいと思うんだ。……無論、君に不都合だったら断ってくれて良いんだが……」
えっ!?なんで、ヘンゼルさんの方がそんな自信なさげなんだよ!?
……いや、確かに状況だけで見たら、ヘンゼルさんの方が大変かもしれないけど……。
でも、そんな事なんか関係ないと言わんばかりに、俺は慌ててヘンゼルさんへと答える。
「断るわけなんかないですって!――ヘンゼルさん。是非とも、俺の“山賊団”に入ってください!!」
「――ッ!……リューキ、ありがとう……!!」
驚愕からすぐに、満面の笑みを浮かべるヘンゼルさん。
そうして、すぐに凛々しい顔つきになって俺へと答える。
「――あぁ。“山賊団”の仲間として、これからはよろしく頼むよ。リューキ……!!」
そんな俺達のやり取りを見て、それまで様子を黙って見守っていた周囲のプレイヤー達が盛大に沸き立つ――!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!異種族達を相手に浮き名を流してきたヘンゼルさんが、まさかのベーコンレタス展開!!このままだと、ヘンゼルさんだけじゃなくてリューキまでもが俺達を置き去りにして、女性人気を掻っ攫っていく事間違いなし!悔しい~~~ッ!!」
「これぞ、忍法:“公開プロポーズの儀”の巻!ニンニン♪」
「二人とも、お幸せにー♡」
外野うっさい。
これで下手に、今後俺がヘンゼルさんを意識するようになっちまったら一体どうするつもりだ。
でもって、ヘンゼルさんも恥ずかしそうに「アハハ……」とか苦笑してるんじゃない!
そんなしょうもない騒ぎ方をする連中やら、心の中でツッコミをしながらも。
――こうして、“転倒者”のヘンゼルさんが、新たに俺の山賊団へと加わった!




