死闘を制する者
ウサ子の剛腕が迫るかと思ったその瞬間、
「――ならば、プレイヤーではない“転倒者”の我が貴様の相手をしてやろう!」
そう言いながら、短剣を持ったラプラプ王がウサ子へと迫る――!!
「……ッ!?なるほど、ラプラプ王は【痺れフェロモン】が聞かないように、風上側に回って奇襲しようとしていたのか。フフッ、興味深いね……!!」
接近を察知したウサ子が、俺への攻撃を中断して回避するためにラプラプ王から距離を取る。
ウサ子が言う通り、俺はラプラプ王の奇襲を悟らせないように、意識を逸らす目的で"パリピ発勁"を相手に仕掛けていたのだ。
誰が命のかかった状況下で、天空流なんてものに頼るものか。
とはいえ、ゆるふわエルフお姉さんに叫ばれたときは流石にマズイ!と思ったが、彼女の方に視線を向けると、どうやら弓エルフを制圧し終えたオボロによって、既に口ごと動きを取り押さえられていた。
これで、実質的に残りはこのウサ子一名。
俺は状態異常でありながら、無理に抗う動きをしたせいなのか、仰向けの格好のまま背中から地面にドウ……ッ!!と、倒れ込む形となっていた。
自身のステータスを開いて確認してみると、どうやらあの【痺れフェロモン】は名前の通り、“魅了”だけじゃなく、“麻痺”という状態異常まで相手側に併発させる脅威的なスキルだったらしい。
どうりで、結構予想よりも“BE-POP”の消費量が激しかったわけだ……。
こうなってしまうと、一番身近にいる俺は本格的に動けないため、あとは、ラプラプ王とウサ子の一騎打ち。
短剣を手にしたラプラプ王に対して、ウサ子が静かに告げる。
「フフッ。まさか名高き“転倒者”のラプラプ王が、私のようなしがない獣人に倒されるなんて、実に哀れ、だよなぁ……君は私の攻撃を前にロクに近づくことも出来ず、さらに、“転倒者”である君が私に攻撃を与えるためには、“固有転技”を使うにせよ、自身の存在力を消費しながら自滅覚悟で挑まなくちゃならない……」
にも関わらず、と彼女は告げる。
「君はここに戻ってくるまでに、エルフと獣人の混成軍を迎え撃つために強大な自身の“固有転技”を使っており、既に存在力が枯渇寸前のはず。まさに、消滅への片道切符という言葉が相応しい状況を前に、確かに儚さは感じるけれど、ここまでくると……フフッ。哀れを通り越して滑稽、だよなぁ……」
そのように楽し気に告げるウサ子。
確かに、彼女が言う通りラプラプ王の存在力は残り僅か。
そんな状態で、ウサ子に攻撃をすれば例えダメージを与えたとしても、その次の瞬間に自身が消滅する事は確定済みであった――そう、これまでなら。
絶望的な事実を突きつけたはずなのに、なおも自信満々に構えるラプラプ王の態度に違和感を覚えたらしいウサ子。
対するラプラプ王は、敗北どころか勝利への道筋を確信した意思を瞳に宿しながら、彼女へと答える。
「――感傷は済んだかね?それでは、分析も済んだことだし、我の方から行かせてもらうとしよう!!」
刹那、ラプラプ王がウサ子のもとへと駆け出す――!!
「……ッ!?蛮勇に走るか!まさに愚か、だよなぁ……!!」
そう言いながら、剛腕を勢いよく振るうウサ子。
だが、ラプラプ王はそれらを華麗に躱しながら、相手へと肉薄する。
「何ッ!?」
「――驚くことではない、な。我は、お前に近づけなかったのではなく、これまで攻撃の軌道を見切れるように分析していただけだ。……動作が単調なおかげで、助かったぞ?」
ラプラプ王の言葉を受けて、悔しそうな表情とともに叫ぶウサ子。
「グッ……!!だが、私に存在力による攻撃を使った時点で、君の消滅は不可逆のものとなる!!単なる一兵に過ぎぬ私と相打ちになるが良い、哀れなるラプラプ王――!!」
そんなウサ子の叫びに対して、ラプラプ王は“否”を告げる。
「この時点になっても、やぶれかぶれの蛮勇と勝利への道筋を確信した我の攻撃の区別がつかなかった事が貴様の敗因だ、獣人族の戦士――!!」
そう言いながら、ラプラプ王が鋭い斬撃をウサ子に向けて放つ――!!
両者が交差した瞬間、右腕を押さえるウサ子。
痛そうにしながらも、口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「フ、フフッ……だが、これで君は存在力を行使した事で消滅を免れ得ないはずだ。これで君達『ブライラ』側は更なる窮地に陥ることになるとは……」
そう口にしながら、振り返るウサ子。
そんな彼女のもとに、再度瞬時に接近してきたラプラプ王が刃を振るおうとしていた。
消滅どころか、今だ闘志を衰えさせることなきラプラプ王の勇姿。
それを前にして、ウサ子が初めて驚愕の表情を浮かべていた。
「バ、バカな!?どうして、平然としていられる!!君は、存在力を使い果たしているはず……!?」
「おや?我の分析では、貴様は『哀れ』と口にすると思っていたが……どうやら、我の読みもまだまだらしい」
謙遜とは裏腹に、ラプラプ王の斬撃が何度も相手の身体を斬りつけていく。
にも関わらず、ラプラプ王は微塵も弱ることなく、それどころか相手を確実に追い詰めていた。
ここに来て、ウサ子がようやく気付いたと言わんばかりに声を上げる。
「ま、まさか……これはスキルとも呼べない純粋なただの物理攻撃なのか!?」
彼女の発言通り、ラプラプ王はただ手にした武器で斬りつけるだけというスキルとも言えない単純な攻撃をしていただけだった。
恐るべきは、そんな動作で的確に相手の反撃を躱しながら、自身の攻撃のみを当てていくラプラプ王の優れた分析力と実行力に違いない。
これが、自分達より優れた技術力を持ったマゼランの部隊を、綿密な策と人海戦術で倒したと言われるラプラプ王の能力の一端なのかもしれないが――ウサ子にしてみれば、そんなラプラプ王個人の能力などではないレベルで信じられないと言わんばかりに驚愕の叫びを上げていた。
「――いや、そんなはずがないッ!!“転倒者”である君が、存在力も犠牲にすることなく他者にダメージを与えることなど、不可能なはずだろうッ!?」
だが、現にラプラプ王の攻撃は、何の問題もなくウサ子を斬りつけていく。
困惑する彼女に向けて、ラプラプ王が告げる。
「確かに、存在が希薄でこの世界に定着していないただの“転倒者”ならば、貴様の言う通りの結末になったであろうな」
そこからすぐに「だが」とラプラプ王は、言葉を続ける。
「――今の我は“山賊”であるプレイヤー:リューキの山賊団に加入した事で、この世界に存在を定着させることに成功した王たる威光に相応しい特別な“転倒者”!!……ゆえに、貴様に負ける道理なしッ!!」
「何っ!……山賊団、だと……!?」
山賊団の一員になることが、王族に相応しいのかは疑問だが、ラプラプ王は宣言通りウサ子を巧みな読みと斬撃で翻弄していく。
これが、“転倒者”であるラプラプ王が俺の“山賊団”に加入した事で得られるようになった効果。
“山賊団”というシステムは、ヒサヒデ達のような“魔物”を仲間に出来るだけでなく、仲間となった“転倒者”を『山賊団のメンバーの一人』として、存在をこの世界に固定化する事が出来るようになるようだった。
現に、今のラプラプ王の名前やステータス表記には何のバグもなく、正常に表示されている。
そして、効果はそういった外側の事だけでなく、当然の如く実際の性能にも影響をもたらす。
それが、現在の戦闘でも発揮されている通り、ラプラプ王のように山賊団に加入することで存在を固定化する事が出来た“転倒者”は、他の“プレイヤー”や“魔物”といった存在同様に、存在力を消費することなく相手に攻撃といった影響を及ぼせるようになっていた。
ラプラプ王の攻撃を受けて、ウサ子が苦悶とともに諦めの言葉を叫ぶ。
「二つの状態異常に苛まれながらも動く“プレイヤー”に、存在力を消費することなく相手に攻撃出来る“転倒者”……ハハッ、こんなの反則にも程がある!こんなの、勝てっこないじゃないか!!」
だが、嘆いているはずなのに、彼女は喜色を隠し切れない表情を満面に浮かべていた。
そうして、そのまま俺達の方を見やりながら、今度こそ楽しそうな笑みを向けてきた。
「――『あぁ、こんな連中を相手にした自分は、なんて哀れなんだろう』。いつもならそう言っているはずなのに……だけど、フフッ。君ら、存外に面白いよなぁ……!!」
そう言いながら、気力が尽きたのかウサ子が先ほどの俺と同様にドゥ……ッ!!と後ろから仰向きになる形で地面に倒れ込む。
まさに、誰が見ても文句なしの決着。
ラプラプ王が、短剣を掲げて勝利の雄叫びを上げ、周囲のプレイヤー達も王や俺達の勝利を祝福する意思を込めて盛大に歓声で応えていく――!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!流石俺達のラプラプ王!!そして、ありがとうリューキ達!!フォーエバー、バンデッド!」
「オボロちゃん、俺だーーーッ!!結婚してくれー!」
「そんな事よりも、オイ、これ見ろよ!この状況にあっても、獣人とエルフの異種族同性カップルはまだイチャついてやがるぜ!?……コ、コイツ等の絆は本物だ~~~~!!」
『ス、スゲ~~~ッ!!』
「ちょっと!今アタシに向かって勝手な事言ったのどいつよ!?でもって、最後まで真面目にアタシ等の事を称賛しなさいよ!!労えッ!」
異種族達を戦闘不能にした事で連結スキル:【暴れ忘八大車輪】の効果も切れたのか、解放されたような清々しい表情でオボロの声に、ドッ!と沸き立つ『ブライラ』のプレイヤー達。
オボロはまだ何やらプリプリ怒った表情をしていたが、そんな皆の様子を見て俺やラプラプ王は、ようやくこの戦いが終わったのだと、互いに笑みを浮かべながら無言で頷き合う。
こうして、再度の『ブライラ』侵攻迎撃作戦は、誰一人欠けることなく、俺達の完全勝利という形で終わりを迎える事に成功した――!!




