ヘンゼルの苦悩
この『ブライラ』を守るために、自分の命を喰らい尽くして欲しい。
そんな冗談では決して済まされないあまりにも重すぎる提案を受けて押し黙るヘンゼルに、ゴチルスが勢いよく思いの丈を叫ぶ――!!
「アンタの固有転技:【罪科を喰らえ、禁忌の暴虐獣】が、副作用含めてとんでもない代物だってことは分かっている。……それでも!今の俺達にはアンタの力が必要なんだ!!この不始末の責任も含めて、俺の命一つで許してくれッ!!」
ヘンゼルの固有転技:【罪科を喰らえ、禁忌の暴虐獣】。
このスキルは、その名の通り相手の存在を喰らいつくす事で、その相手の存在をそのまま自身の力として取り込む凶悪なヘンゼルの最終手段だった。
発動した時点でまさに必殺と呼んでもおかしくない威力を誇る技だが、この【罪科を喰らえ、禁忌の暴虐獣】は固有転技であり、使用する際には当然の如く相応の存在力を消費する。
そのため、存在が上手くこの世界に定着していないライカのような“転倒者”という存在や、この世界で生きているにも関わらず、何故かそういった存在の力が希薄な“魔物”と分類される相手に向けてこの固有転技を使用すると、相手を取り込む量よりも自身が消耗する存在力の方が上回る盛大な自爆技となってしまう危険があった。
……もっとも、このスキルの危険性はそれだけではないのだが。
(……“転倒者”であるライカに、この固有転技を使用する事を躊躇ったが為に、現在僕は救うはずだった“プレイヤー”の仲間の命を奪う決断を強いられている……僕は、どうして、こんなにも間違えてしまうんだ――ッ!!)
いや、それも結果論に過ぎないのだろう。
あそこで仮にヘンゼルがライカを【罪科を喰らえ、禁忌の暴虐獣】で倒せたとしても、存在力を激しく消耗したヘンゼルではそれ以上戦う事も出来ずに、自身の眼前で仲間のプレイヤー達が残った異種族の獣人やエルフによって、光の粒子に変えられる様を見せつけられるだけの結果になっていたかもしれないのだ。
――だとするなら、自分達は最早この状況になる前から既に詰んでいたのだろうか。
そのように苦悩しているヘンゼルに、更なる追い打ちの声が響いてくる。
それは、外から聞こえてくる男達の叫び声だった。
彼らは切迫した声音で、仲間達と声を掛け合っていた。
――大変だッ!!また、この『ブライラ』に新手の異種族達の奇襲部隊が近づいているみたいだぞッ!!
――物見によると、“転倒者”はいないものの今度は獣人とエルフ、それぞれ四人ずつの計八人だ!……クソッ!流石にそんな数のムチプリ♡姉ちゃんがこっちに押し寄せてきたら、どう対処すれば良いってんだ!?
――お前等、うろたえてんじゃねぇッ!!……今は、ヘンゼルさんとゴチルスが命を懸けた大事なやり取りをしてる真っ最中なんだ!!ここは、俺達がなんとしてでも食い止めるぞッ!!
そんなやり取りの後に、『応ッ!!』という野太い声が響き渡る。
そんな彼らの言葉に続くように、ゴチルスが顔を上げて静かにヘンゼルへと語り掛ける。
「――皆へは、既に別れの挨拶を済ませました。……ヘンゼルさん、頼むッ!!俺の、意思を受け継いでくれッ!!」
「……ッ!!」
そんなゴチルスの覚悟を受け止めながら、ヘンゼルが苦悶の表情とともに、絞り出すように言葉を呟く。
「……かつて、両親に二度も親に捨てられ、魔女の隠れ家に迷い込みながらも、僕は妹とともに何とか無事に帰還する事が出来た。……だからこそ、そんな飢えに苦しみ、暗闇に囚われる恐怖を知っている僕だからこそ、この“シスタイガー大森林”から出れなくなった君達“プレイヤー”を、救い出してみせると誓ったんだ――!!」
だけど、とヘンゼルは呟く。
「僕は、君達を導くどころか、自分が本当に正しいのかと今さら迷う羽目になっている。……こうして光る小石を手にしていたとしても、僕の心は、子供の頃からずっとあの森に囚われたままなんだよ……!!」
――あるいは、この現状こそが自身に与えられたかつての罪に対する罰なのか。
そうヘンゼルが口にしようとした――そのときだった。
突如、部屋の扉がバンッ!と、勢いよく開け放たれる――!!
ノックもせずに入ってきたのは、この『ブライラ』の男性プレイヤーの一人である“自転車乗り”の少年であるロクロ―だった。
息を切らせている彼に対して、ゴチルスが「いきなり何の用だッ!?」と怒鳴りつける。
それに対して、「すいません!」と平謝りしながら、ロクロ―が捲し立てるように説明を行う。
「い、今、この『ブライラ』に、新手の異種族達の奇襲部隊が攻め入ってきましたッ!!」
「――それは既に知っているッ!だからこそ、俺がヘンゼルさんに話を……」
そう言いかけたゴチルスの話を遮るかのように、ロクロ―が「それと!」と告げる。
「でもって!その異種族達に向かって、今!ここに戻ってきたばかりのリューキ達と“王”が戦闘を始めましたッ!!」
その知らせに、ヘンゼルとゴチルスが衝撃を受ける――!!




