命の選択
~~シスタイガー大森林内拠点:『ブライラ』~~
現在この地では、これまでの戦闘で生き残ってきた数十人の男性プレイヤー達と、この中では唯一異種族達に対抗できる“転倒者”のヘンゼルが待機していた。
ヘンゼルは敵側についた“転倒者”のライカから受けた傷がまだ癒えておらず、現在はラプラプ王からあてがわれた自室で静かに安静していた。
今は痛くて眠れずとも、瞳を閉じて体力の消耗を少しでも減らし、僅かでも存在力の回復に努めるべき。
そう考えていた矢先だった。
コンコン、と部屋をノックする音が聞こえる。
……恐らくは、仲間であるプレイヤーの誰かだろうが、一体何の用事だろうか。
普段は温厚ながらも、現在は深手を負っているだけに、理性では制御できない部分で黒い感情が沸き上がりそうになる。
「……いけない、事だな。今は、僕がこの『ブライラ』にいる皆を守ることが出来る存在なんだ。そんな僕が、弱気や八つ当たりをする姿を見せてどうする……!!」
そう呟きながら、深呼吸をして気持ちを落ち着かせるヘンゼル。
そうしてから彼は、努めて穏やかな声を意識して自身の部屋に入ってくるように促す。
「失礼します、ヘンゼルさん。……お身体の調子はどうですか?」
ヘンゼルを訪ねてきたのは、最初に彼とリューキ達が話をしていた最中に、異種族達による奇襲を知らせて室内に駆け込んで来た男性プレイヤーだった。
男の名はゴチルス。
堅固な防御能力を誇る大盾使いのプレイヤーであり、戦闘麺以外でも面倒見が良い男として仲間達からの信頼も篤い人物であった。
そんな相手への配慮も出来るゴチルスが、真剣な表情をしてこちらに訊ねてくる用件とは一体何なのだろうか?
良くない気配を感じつつも、ヘンゼルはおくびに出すことなくゴチルスの問いかけに答える。
「あぁ、待たせてしまってすまなかったね。今は気分が良くて、うっかり外の景色に見惚れていたくらいなんだ。――それで、ゴチルスはどんな用があったんだい?」
ハッ、と返事をしてから、ゴチルスが本題を切り出す。
「ヘンゼルさん……今の俺達には、アンタの力が必要なんだ。だから、頼む!アンタの“固有転技”を、俺に使ってくれッ!!」
そう言いながら、ヘンゼルに向かって勢いよく土下座するゴチルス。
対するヘンゼルは、そんなゴチルスの姿を無表情……いや、瞳の奥に強い感情の炎を揺らしながら、半ば睨むように見つめる。
だが、その感情すらも恥であると言わんばかりに、首を横に振りながらとってつけたように穏やかな笑みを浮かべて屈みながら、ヘンゼルはゴチルスへと問いかける。
「僕の、“固有転技”と言うと……【輝きとともに、道を指し示す者】かい?でも、突然この大森林に出現した僕では、あのスキルを使ったところで君達をこの森の外へ導くことは出来ないんだ」
――だから、この話はここでおしまいにしよう。
そんな意味を言外に含んだヘンゼルの発言。
それは、提案というよりも命令、そして、その更には懇願という意図が込められた言葉だったが……ゴチルスはそれを一顧だにしないと言わんばかりに、真剣な表情で顔を上げて真正面からヘンゼルに“否”を告げる。
「下手な誤魔化しはやめてください、ヘンゼルさん。俺達は、【輝きとともに、道を指し示す者】なんて技は、あのとき初めて目にしただけで、ロクに性能なんて知りもしなかったんだ」
「……」
「……ヘンゼルさん、アンタにはもう一つ、俺達もその凄まじさを知っているあのもう一つの“固有転技”があるはずだ。……アレさえ俺に使えば、アンタの傷だけじゃなくて、失った分の存在力とやらをも取り込むことが出来るはずだろう……!?」
「――ッ!?ゴチルス、君は、自分が何を言っているのか分かっているのか!!」
今度こそ感情を取り繕う暇などなく、ヘンゼルがゴチルスに向かって目を見開きながら声を荒げて叫ぶ。
だが、そんなヘンゼルに対して、ゴチルスがこれしかないと告げる。
「あぁ、十分に分かっているさ、ヘンゼルさん。……だけどな、アイツは現在敵の異種族側に囚われ、俺達をまとめ上げる“ラプラプ王”はまだこっちに帰還出来ていない。……今の『ブライラ』には、異種族に対抗できるのはヘンゼルさんしかいないのに、そのアンタが俺達が不甲斐ないばかりに戦えない状態になっている……!!」
「そんな、ことは……」
ない、と言おうとしながらも、そんな嘘は通じないと理解し口をつぐむヘンゼル。
そんな彼に対して、ゴチルスはなにより、と告げる。
「ヘンゼルさんが『実は凄い存在だ!!』って言っていた“山賊”のリューキ達も、俺達の戦いに巻き込まないように、探索っていう名目でどこぞに逃がしてやったんでしょ?……正直言うと、この大森林で安全な場があるとは思えないが、この場に留まったままよりかはまだ、アイツ等も何とかしぶとく生きられるかもしんねぇよな……」
間違いなく、彼らのレベルは弱かったが……それでも、異種族のプレイヤーやら魔物を引き連れるような変なパーティーが、そう簡単に全滅するとは、ゴチルスは全く思わなかった。
だが、そんなものは、異種族にロクに対抗できない自分達のようなプレイヤーが、少しイレギュラーな存在である“山賊”のリューキ達に押し付けた、罪悪感をかき消すための身勝手な根拠なき期待とやらかもしれないが……。
それでも、ゴチルスはそんな考えに最期まで縋りたかった。
(そうだよな……これで、俺は最期なんだ……)
そう内心で呟きながら、ゴチルスはヘンゼルへと話を切り出す。
「これで分かっただろう?今のこの『ブライラ』に、また異種族達が奇襲をしにくるような事になれば、今度こそ俺達は全滅する事は免れないんだ。――ヘンゼルさん。俺達は、どんな手段を使ってでもアンタの力をアテにするしかないんだ……!!」
そして、「だから」と言葉を続けるゴチルス。
「――ヘンゼルさん。ここまで俺は何とか生きてこれたんだ。これ以上流石に思い残すことはねぇよ。……だから、アンタに完全に戦ってもらえるようにするために、どうか、俺の命を喰らい尽くしてくれ……ッ!!」




