歴史に名を遺す者
仮面を外して俺達の前に素顔を見せた、あの歴史的な有名人物――。
まさに“王”と呼ばれるに相応しい精悍な顔つきと威容を前にして俺が絶句する中、相手が堂々とした威厳とともに名乗りを上げる――!!
「改めて、名乗らせてもらおう。――我こそが、このシスタイガー大森林に囚われた戦士達を束ねる王である“ラプラプ”であるッ!!」
「嘘だろ……まさか、貴方があのラプラプ王だったなんて……!!」
あまりの衝撃を前に、驚愕と興奮で脳の情報が処理しきれず上手く言葉に出来ない俺。
そんな俺とは対照的に、オボロがジト目をしながら小声で語り掛けてくる。
「ちょっと、リューキ……この人が凄そうなのは何となく分かるけど、結局何者なの?」
そんなオボロに対して、俺は興奮冷めやらぬまま早口気味に答える。
「ラプラプ王は、自分の治める島にやってきたマゼラン率いる50人ほどの最新鋭の装備を身に着けた兵士達に対して、それより遙かに劣る装備でありながら、自身の部下である1500人の軍勢と巧みな戦略を駆使してマゼラン達を打ち破った伝説的な戦士なんだ!!」
16世紀初め、当時の列強国であるスペインの世界一周艦隊を率いていたマゼランは、立ち寄ったフィリピンの島々で、現地の有力な首長たちにキリスト教徒の洗礼を受けるように迫っていた。
ほとんどの者達が圧倒的な技術力を持つマゼランの影響下に取り込まれていく中、その要求を跳ねのけたのがラプラプ王だった。
自身が治める領地でマゼランの軍を待ち伏せしていたラプラプ王は、現地の地形を活かしてマゼラン達の船が島に上手く上陸出来ないようにして移動の段階で疲弊させたり、鎧に身を固めたマゼラン兵達の守り切れてない足の部分に向かって重点的に矢を射かけるなどの戦略でマゼラン達を追い詰めながら、激しい戦闘のすえに、最後は30倍もの人海戦術による圧倒的な猛攻&突撃でマゼランを討ち取り、島への侵攻部隊を瓦解させることに成功したのだ。
フィリピンにおいて、今も『フィリピン史上、初めて外敵を打ち破った偉大な英雄』として語り継がれる存在――それが、“ラプラプ王”なのであるッ!!
「……50人に対して、1500人の軍勢……?えっ?」
ラプラプ王の圧倒的な戦略を耳にして、信じられないと言わんばかりに驚愕した表情を浮かべるオボロ。
彼女の言う通り、確かにラプラプ王ほどの確かな戦略性と分析力の持ち主なら、俺達の発言や情報から色々な事を読み取ったり、圧倒的とも思えたオボロのスキルの欠点を戦闘中の情報から見破れたとしても不思議じゃない。
まだ何か言いたげなオボロだったが、一つため息らしきものをついてから、再び俺に向かって質問してくる。
「まぁ、このラプラプ王っていう人が、アンタ達の世界でとにかく凄い有名人だってことは分かったけど……リューキはなんでこの人達が、異種族側じゃなくてヘンゼルさん達の仲間の“転倒者”だって思ったの?ヘンゼルさんは、敵に捕らわれている人を除けば、“転倒者”の味方はあと一人しかいないって言ってたでしょ?」
「あぁ、その事か……いや、最初は大したことのない違和感だったんだけど、ラプラプ王はさっき、部下達に向かってこう言っていただろう?」
『コイツは、自分の事を“プレイヤー”などと言っているが、明らかに異種族にしか見えない女や、フクロウの魔物を引き連れている!!怪しい!――消えたもう一人の女だけでなく、地中にも何らかの魔物を引き連れている可能性が高いから、決して警戒を怠るな!!』
俺に言われてこの呼びかけを思い出したオボロだったが、それがどうしたのか?という疑問の表情でこちらを見つめてくる。
そんな顔に少しだけドキリ、としつつも、俺は持論を続けていく。
「魔物を警戒するだけならともかく、本当にラプラプ王が“お菓子の家の魔女”同様に異種族側の勢力についている“転倒者”なら、異種族だと認識しているオボロまで敵視するのはおかしいし、裏切ったと思っているなら、プレイヤーの俺じゃなくて、オボロの方を非難するのが自然なはずだって思ったんだよな」
まぁそれも、異種族側から見ても俺達のパーティは異色なので、これだけ理論を思いついても本当にそうなのだという確信を持つことが俺には出来なかった。
ただ、ラプラプ王達が身に着けていた仮面を見て、俺はほぼそれが正解であると確信を得たのだ。
「ヘンゼルさんが身に着けていた鬼仮面だけでなく、彼と話をするために招かれた家の室内の壁にも、アンタ等が身に着けているのとは違うけど、似たような印象の東南アジアの雰囲気溢れるデザインの仮面がいくつもあった。……だから、ヘンゼルさんが言っていたあの家の主である“王”って言うのが、この人なんじゃないか、って思ったんだ……!!」
そう言ってから、俺はラプラプ王に視線を移す。
「味方の“転倒者”はあと一人だけのはずなのに、これだけの大人数がいるのはよく分からないけど……それも何かタネがあるんですよね?」
そんな俺の問いかけに対して、ラプラプ王もウム、と頷く。
「リューキよ、どうやら君もなかなかの慧眼ぶりであるらしい。“山賊”は皆刹那的衝動に駆りたてられる存在だと思っていたが、君のように状況を俯瞰的に見る事の出来る者もいるのだな……!!」
……状況を俯瞰的に見る、というか。
休み時間になると、教室の隅っこで誰とも関わらずに、『人間観察が趣味』とか言いながら周囲のクラスメイト達の様子を寝たふりしながら見ていたような人間だからこそ、ラプラプ王が言うように一歩退いたところから物事を見る事が出来るようになったのかもしれない。
この戦闘で生き残れたというのに、そんな現実世界での自身の過去を思い出し、早くも脳内のフラッシュバックで精神的に死にかける俺。
そんな状態の俺を現実に引き戻してくれたのは、ラプラプ王の声だった。
「――リューキよ、これが君の疑問に対する私の答えだ……!!」
そう言いいながら、ラプラプ王が右手をバッ!と広げた先。
俺達がその先に顔を向けると、なんと、オボロの【野衾・極】によって、倒されたラプラプ王の部下達の姿が、次々と掻き消えていく――!!
「え……嘘ッ!?アレって全部アタシが殺しちゃった事になるの!?せっかく、ヘンゼルさんの仲間だと分かったのに、アタシのせいでコレ、一気に今まであった皆と敵対関係になる感じのヤツ!?」
眼前の光景に慌てふためくオボロ。
そうしている間にも、彼らの姿は薄くなっていくのだが……その姿は、これまでの魔物やプレイヤー達のように、光の粒子になることないまま、とうとう完全に消失してしまった。
「え、なに……これ、どういう事なの?」
動揺し過ぎたのか、珍しく半泣き状態になりながらも、状況が分からずに俺達に訊ねてくるオボロ。
そんなオボロの疑問を晴らすべく――俺は、ラプラプ王に答えを告げる。
「――これが、貴方の“固有転技”なんですね?ラプラプ王」
そんな俺の問いかけに対して、またも嬉しそうに頷くラプラプ王。
「その通りだ、リューキよ。我が“固有転技”は、マクタン島でマゼランを倒すために集った勇士達の姿を、我が存在の力を用いて一時的に生み出す最大規模の奥義であるッ!!」
正直言うと、ラプラプ王の“固有転技”がどんな代物なのかまでは分かっていなかったが、一人しかいない“転倒者”を20人以上に増やすような芸当なんて、“固有転技”という並のスキルの枠から外れた能力でしか出来ないはずだと、俺は判断していた。
それが……まさか、『かつての部下達の現身を作り出す』なんていう、とてつもない効果だったなんて……!!
英雄に相応しい予想を超えたとてつもない“固有転技”の内容を聞かされて絶句する俺に、ラプラプ王が厳かに言葉を続ける。
「……と言っても、先の戦闘の影響で存在力を大幅に摩耗した我では、20人の兵士の影を呼び出すだけで限界だったのだがね。リューキよ、お前の話が本当なら、我が同胞たるヘンゼルに危機が迫っているだけでなく、お前達も『ブライラ』へと引き返すつもりのはず。ゆえにお前達は我とともに行動する、という事で構わないか?」
あの英雄たるラプラプ王にこう誘われて、断る理由なんかどこにもない。
俺はオボロやヒサヒデに確認するよりも早く、王の提案に対して「ハイ!行きますッ!!」と答えていた――。




