キキーモラの決断
キキーモラさんが、俺達から離れて外に出る……?
突然のキキーモラさんからの申し出を前に、困惑しながらも慌てて俺はその真意を問いただす。
「い、いや!確かに俺やオボロではこの術式を突破できない以上、理屈で言うならそうなるのも自然っちゃ自然かもしんないけど……でも、キキーモラさんは外に出て何をするつもりなんだよ?」
俺達が脱出出来ていない以上、貴重な回復役であるキキーモラさんが離脱してまで外に調査しに行く必要があるとは思えない。
そう考えている俺に対して、キキーモラさんが神妙な面持ちで答える。
「リューキ様、現在私達は線引きミミズ様との過酷な戦闘で、回復アイテムを全て使い切る形となってしまいました。……リューキ様達がこのシスタイガー大森林という危険な場所にまだ留まることになる以上、私の回復魔法だけをアテになさるのは、非常に危険な状態であると判断いたします」
……確かにキキーモラさんの言う通り、線引きミミズみたいな野生の“魔物”だけではない“異種族”達や“転倒者”、そして彼女達をも従わせる“神獣”といった存在と下手したら対峙する事になるかもしれない……と考えると、回復を全てキキーモラさんに任せっきりにするのは、非常に彼女に負担が増える上に、パーティ全体として見てもリスクが高いに違いない。
『ブライラ』のプレイヤー達も、戦闘で野生の魔物から回復アイテムをドロップさせたり、拾ってきたりしてはいるようだが……それらも常に十全にあるとは言い難い状況だ。
ここにない以上は、ある場所から入手してくるしかない。
それでも納得出来ない、と言わんばかりに今度はオボロが心配そうにキキーモラさんへと反論する。
「だから、ここを出れない私達に代わってキキーモラさんが外で回復アイテムを購入しに行くって?言ってることは分かるけど、キキーモラさんはどこから見ても人間の姿だけど、“魔物”なんだから下手したら町にいるプレイヤー達に攻撃されちゃうかもしれないんだよ!?……そんな危険なことに、簡単に頷いたりなんか出来ないよ……!!」
確かにオボロの言う通り、外部で回復アイテムを確実に入手するためには、プレイヤー達がいる村や町といった拠点で購入するしかないだろう。
だが、キキーモラさんは巨乳メイドに見えても実際は魔物――それも、攻撃向きではない回復に特化している以上、町に入るのはリスクが高すぎる。
それでも、キキーモラさんは意思を曲げようとせずに、まっすぐ俺達を見据えながら答える。
「確かに私が覚えているスキルは、回復や家事に関わるスキルや呪文ばかりですが、リューキ様達から頂いたこの竹箒型の仕込み刀がございます。……正直に申し上げると、誰かを傷つけることは苦手ですが、『ナハバツ』にいたプレイヤーの方々くらいなら、これを使って追い払ったり、逃げるための時間を稼ぐことくらいは出来ると確信しております」
キキーモラさんが言う通り、『ナハバツ』で問答無用で俺達に襲い掛かってきたお姉さんプレイヤー達は、20台がほとんどで、30台のプレイヤーが一人いたくらいだった。
彼女達の発言を思い出す限り、あのプレイヤー達は迎撃専門って訳でもなさそうだったから、確かに今の50レベル近くにまでなっているキキーモラさんなら、倒すのではなく逃げるくらいなら何とか対処できる相手かもしれない。
……まぁ、『ナハバツ』以外の拠点にどのくらいのレベルのプレイヤー達がいるのかは、流石に分からないけども。
オボロもその事が分かってのか、「だったら!」と妥協案を口にする。
「それなら、せめてキキーモラさんだけじゃなくて、他のモンスターも護衛に連れていった方が良いんじゃないの?一人よりかは、まだ安全のはずでしょ?」
俺としては、本気でキキーモラさんを堕とそうとするかもしれないので、絶対にヒサヒデだけは同行させたくなかった。
――だけど、外にはこの大森林とは異なる形でどんな事が起こるか分からない以上、キキーモラさんの安全のために、最善を尽くすべきなのも事実。
そんな風に内心で歯がゆい思いをしている俺だったが、キキーモラさんの方からオボロの提案をやんわりと否定する。
「いえ、それは絶対にしない方が良い選択かと思われます、オボロ様。人間と同じ姿の私ですら、それだけのリスクがあるのに、そこへ更に明らかに魔物と分かるヒサヒデ様達を引き連れていけば、拠点にいるプレイヤー側にいらぬ警戒心を抱かせてしまうかもしれません。……何より、ヒサヒデ様はこの地にいる異種族との戦闘に特化した能力を持っており、線引きミミズ様も使いどころは難しそうですが、強力な味方であることは間違いないため、回復不在である私がいない間も、このパーティや『ブライラ』の防衛になくてはならない人員に違いありません」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス♡」
「……(モゾモゾッ!)」
キキーモラさんの発言を受けて、嬉しそうにはしゃぐヒサヒデと地中の線引きミミズ、
……キキーモラさんは口にしなかったけど、確かにあの『ナハバツ』という町に限らず、このシスタイガー大森林近辺の男性プレイヤーは、ほとんどがこの地に集まってきており、女性の比率が多いそんな場所に、ヒサヒデや線引きミミズみたいな魔物を連れていけば、警戒どころかパニックになる事は間違いないだろうしな……。
無論本当にそこまで考えているかは分からないけれど、俺は内心で『キキーモラさんは、本当に出来る女性なんだな……!!』と判断していた。
まぁ、何もかも予定通りに進むとは限らないけど、少なくともこの出口からブライラまでは一度通った事もあるし、そのうえで道を覚えているヒサヒデやヘンゼルさんからもらった導きの小石があるから、帰る分には問題ないだろう。
そう考えていた俺だったが、キキーモラさんは自分が抜ける事を申し訳なく思うと謝ったうえで、自身の意思を言葉にする。
「一番良いのは、この大森林を出て早々に再び旅埜 博徒様に出会って商品を売って頂くことなのですが……あの方は旅人であるようなので、流石にそれは難しいでしょうね」
そこまで言ってから、「とにかく」と言葉を続けるキキーモラさん。
「私は外の町で回復アイテムを購入する傍ら、この大森林に術式を施した悪意ある“第三勢力”についてても、何か分かる事がないかを調べて参ります。――私も、皆様のお役に立ちたいんです……!!」
……?
なんだろう、キキーモラさんは俺達の仲間として既になくてはならない存在のはずなのに。
決意表明と言ってしまえばそれまでだが、どうにも、引っ掛かりを覚える。
何かに、焦っているのか……?
いや、人生の大半を斜に構えた振りしながら、その実、周囲に対して劣等感まみれだった俺みたいな奴とキキーモラさんが一緒のわけがないか。
そんな感じで一人結論づけているうちに、オボロがキャイキャイ、とキキーモラさんを相手に
「え~ん、キキーモラさんと離れることになって寂しいよ~~~!!」
的な女子女子した感じのトークをし始めていく――。
結局、キキーモラさんに訊ねるタイミングを逃したことと度胸がなかった俺は、(一時的とはいえ)この大森林から去っていくキキーモラさんを仲間達とともに見送った。
後は、スゴスゴと謗らぬ顔をして『ブライラ』に引き返すだけのはずだが……どうにも、様子がおかしい。
見れば、オボロがこれまでとは打って変わって警戒した面持ちで周囲を見回していた。
「オボロ……?一体、どうしたってんだ?」
困惑しながら、オボロへと訪ねる俺。
そんな俺の方に視線を向けることなく、オボロが小声で俺へと返事する。
「静かに!……今、アタシの【獣性探知】っていうスキルは発動してるんだけど、どうやら今こっちに凄い勢いで大勢の何者かが近づいているみたい……!!」
オボロによると、レベルアップで獲得したスキルの一つ、【獣性探知】は自動で敵が近づいているのを知らせてくれるスキルであるらしい。
MPやSPを全く消費しないものの、魔物に遭遇するたびにこの機能が発動するのは煩わしいとのことで、オボロは今の自身が余裕で対処できる『40レベル以下の魔物』には、反応しないように設定していたのだ。
そのスキルが、現在発動している……それはすなわち、
「40レベル以上の魔物か、魔物ですらない“何か”が大勢でこっちに来ている、って事なのか!?」
驚愕する俺に、オボロがゆっくりと頷く。
「この【獣性探知】は、敵意とかまで分別するわけじゃないから、プレイヤーって可能性もないかもしれないけど……マズい!もう囲まれた!?」
見れば、いつの間にか俺達の周囲には謎の仮面を被った20人ほどの男達が、手に槍や短刀、弓矢を携えながら、こちらに顔を向けていた。
こっちは使える“BE-POP”が残り僅かなうえに、回復役のキキーモラさんが抜けたばかり。
『何事も予定通りには進まない』などと考えていた矢先の想定外な事態を前に、俺は早くも窮地に立たされる事となっていた……。




