オボロの正体
「それで?結局アンタはどこの誰で、一体ここはどこなのよ?」
ミニ丈着物姿が特徴的な獣耳少女――オボロに詰め寄られながら、正座させられている俺。
見た目は俺よりほんの少し年下に見えるだけの少女だが、俺よりも強い事は先程の戦闘で既に分かっている。
なので、返答は嫌でも慎重にならざるを得ないのだが……。
(けど、このオボロっていう子がどういう立ち位置なのか分からない以上、何を言ったら駄目かなんて分からないぞ?)
今までの行動や俺とのやり取りから判断するに、どうやらタダのNPCキャラクターという訳ではなさそうだが……。
いずれにせよ、判断するにはあまりにも材料が少なすぎる。
もともと他人とのそういう駆け引きが得意なわけでもないため、俺は洗いざらい正直にオボロにこれまでの状況を説明する事にした……。
「うぅ……グスッ、何よそれ! どうして大事な友達を失ったばかりのアンタがそこまで、酷い目に遭わされなくちゃいけないのよ……!? ど、同情とかは全くしてないけど、あ~もう! 何かイラつく~~~ッ!!」
俺の話を黙って聞いていたオボロが、理不尽に対する憤慨やら悲哀が入り混じった表情と共に力説する。
……威圧的だった態度とは裏腹に、彼女にとって俺の話は単なる状況確認という意味合いだけでなく、同情を誘う効果があったようだ。
……いや、でも突如デスゲームに巻き込まれたと思ったら、そのまま奴隷同然の扱いを受けて、酷使された挙句に仲間を失って、その事に激昂して反抗して死にかけてからの、再出発……って、確かにこの短期間で自分の事とは思えないくらい劇的な人生を歩んでるよな。
当事者である俺以上に感情的になっているオボロを見ているおかげで、変に客観的というか冷静にそのように思案していた俺だったが、彼女の方は勝手に何やら気分が盛り上がっているようだった。
軽そうな外見と言動に反して、オボロはどこからか取り出した紙で豪快に目鼻を拭うと、瞳に強い意思を宿して高らかに宣言し始める――!!
「よ~し!こうなったら、リューキ! アタシが先達としてアンタに”BE-POP”の極意が何たるかを教えてあげる! そんでもって悪いヤツを見返す、亡くなった友達の分まで生きて成功する、アタシを無事にもとの場所に帰還させる! ……と、アンタも”山賊”だっていうのならこのくらい、欲張って全部やってみせちゃいなさい!!」
そう言いながら、俺に向かってビシッ!と人差し指を突きつけるオボロ。
俺は普段から――現実でもこの世界でも年が近い女子と接する機会が皆無だったため、オボロのこの行為が無礼だとかは特に感じなかったのだが、それとは別に彼女の発言に対してふと疑問があったので、思わず訊ねていた。
「そういえば、君はこの”BE-POP”とかいう訳の分からない能力値の事にしろ色々詳しいみたいだけど……君もひょっとして、”山賊”なのか? てゆうか、結局俺はそっちがどういう事情の持ち主なのか分かってないんだけど、このゲームはプレイヤーが”人間”以外も選択できる仕様だったのか?」
それに対して、オボロが軽く首を傾げながら怪訝な表情でこちらを見つめてきていた。
「それなんだけど、アンタの言う”VRゲーム”とか”プレイヤー”って言うのが何を言ってるのかよく分かんないんだけど? あと、アタシはどうみても人間なんかじゃないって分かるでしょ!」
その返答を聞いて、表情に出さないようにしつつも内心で深く動揺する俺。
有り体に言ってしまえば、俺はオボロに対してドン引きしていた。
(えぇ……自分のことを”人間じゃない”とか、いくらデスゲームに巻き込まれたからって、キャラになりきりすぎだろ……相互認識とか大丈夫な相手かな?)
とはいえ、今の俺は最弱で武器もロクに使えるスキルなども持ち合わせていない以上、(怪しい部分はあるが)この”山賊”という俺自身に関わる情報は僅かでも手に入れなければならない。
そんな俺の心情など露知らず、オボロはなおも語り続けていた。
「アタシは見ての通り人間なんかじゃない、最新系モモンガ”妖怪”よ! ……まぁ、母さんがモモンガ妖怪で父さんが”山賊”をやっている人間だから、正確には”半妖”って事になるんだろうけど」
……”半妖”!?
何か”BE-POP”に続いて、突拍子もない単語に遭遇し過ぎじゃないか俺!?
あるいは、この子がただ単に変なアバターなだけの不思議ちゃんって可能性の方が高いのか……?
この≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲームに属していながら、”VRゲーム”という初歩的な単語すら知らないと口にすることと言い、俺の中でオボロに対する不信感が急激に募り始めていく――。
「……あの~、オボロ、さん? ちょっとステータス画面とか見せてもらって良いかな?」
「? よく分かんないけど、何でちょっと距離感が空いてる感じなのよアンタ。……別に?寂しい?とか、そういう感情はアタシにはよく分かんないけど?」
「良いから、見せてよ」
「……でもって、何でちょっと強気になり始めてんのよムカつく!……で、”すてーたす”ってどうやるの?」
「……それは――」
――そんなやり取りをグダグダやりつつも、俺はようやく彼女のステータスを確認する事に成功した。
「嘘だろ!?……ほ、本当に、”妖怪”だ……!!」
オボロの隣から覗き込む形でステータス表を見ると、彼女のプロフィール項目には、しっかりと”種族:妖怪”と記載されていた。
唖然とする俺に対して、何故かふふんと自慢げに胸を張るオボロ。
大きいというほどではないが、そこに膨らみがあるというだけでドキリとさせられた俺だったが、慌てて視線を逸らす。
そんな俺の様子には幸いにも気づかなかったのか、オボロが一転して不思議そうな表情で画面を見つめる。
「う~ん、母さんの特徴の方が濃いからか、こっちの世界?では私は完全に”妖怪”って事になっちゃうのか……そっか~」
軽そうな口調とは裏腹に、どこか寂しさを感じさせる雰囲気がそこにはあったように思う。
俺は先程までの不信感とは違う自然な好奇心から、オボロに訊ねていた。
「”妖怪”って扱われるのが嫌なのか?」
そんな俺に対して、キョトンとした眼差しで見つめてくるオボロ。
(マズイ……いくら何でも、地雷か何か踏み抜いてしまったか?)
思わず、目に見えて焦り始める俺だったが、オボロからもたらされたのは俺を罵るような怒声――ではなく、吹き出すような笑い声だった。
「アハハッ! 違う、違う! アタシはどっちかっていうと大妖怪の血を引いてるから、そっちらへんむしろステータスなの! 知らない? ”山の大妖怪:百々G”の事。私、その百々Gの曾孫なんだよ~♪」
「……いや、ごめん。本当に知らない。名前聞いても全然何する妖怪なのか、予想もつかない……」
「えっ、嘘ッ!?ウチの曾お爺ちゃんのこと知らないとか、いくら何でも無知過ぎない!?……それで、友達とかの話題についていけてるの? 実は浮いてたりしない?」
……何だ、コイツ。
少し心配してやったら、自分のドマイナー界隈一直線でしか通用しないような血筋?とやらでマウント取ろうとしやがって……!?
そんな俺の内心の苛立ちなど素知らぬ様子で、オボロは何やら自分語りを続けていた。
「……ただ、普段は素っ気ないフリしてたけど、それと同じくらい”山賊”やってる人間の父さんの事も密かに自慢だったからさ。何かそういうのがなかった事にされちゃった気がして、ちょっと寂しくなっちゃったんだよね~」
軽くタハハ……、と取ってつけたような笑みと共に、現在の心境を呟くオボロ。
それに対して、俺は――。
(……そっすか)
直前にオボロにディスられていたため、彼女の独白に対しても特に何も感じず、心を開く事はなかった。
でも、表面上の態度だけは「その気持ち、分かるかもしれない……」と、もっともらしく相槌を打ちながら、傍らで彼女のステータス表を確認していたのだが、能力値の項目でふと止まる事になった。
「……なぁ、オボロ。君の家族の事は分かったけど、君は”山賊”じゃないのか?」
「?うん、よく分かったね~! 本当は父さんが幼いころから山賊らしく”BE-POP”を使いながらの戦い方とかを教えようとしてたんだけど、アタシ面倒臭くてそういう修行とかをサボりがちだったんだよね!……でも、昔から父さんにも母さんにも『素質はしっかりある!!』って言われてきたし、さっきのカタツムリとの戦闘でも使えてたから、この先も”BE-POP”さえあれば余裕、余裕♪」
そんな楽観的な反応を見せる彼女に、俺はステータス表に記された事実を淡々と読み上げる。
「……どう見ても、君のステータスにその"BE-POP"の項目がないんだけど……?」
「……モキュ?」
ここにきて何やら可愛らしい声を上げながら、オボロが目を点にして首を傾げる。
……そんなオボロの表情を見ながら、何故か俺はミニ丈着物とは違う感覚のドキドキを彼女から感じていた。