見えざる出口
ヒサヒデを先頭に、大森林を進んでいく俺達。
途中で散発的に魔物と遭遇していたが、それらも圧倒的なレベル差によって、大してHPやスキルを消費する事もなく順調に蹴散らす事が出来ていた。
「スライム、触手、マタニティキノコ……本当この森って、そういう奴しかいないの!?」
そんなオボロの言葉に同調する頷きをしながら、キキーモラさんが冷静な分析を行う。
「これまで遭遇した“獣人”や“エルフ”といった異種族は男性相手に特化していましたが、この森林の魔物達は女性を相手にする事に長けている者が多い気がしますね。……攻撃の仕方はともかく、破廉恥という一点においては、一分の隙もないと言っても良いかもしれませんね、ここは」
キキーモラさんの言う通り当初は、異種族の脅威を恐れたスケベな男性プレイヤーに報酬で雇われた女性プレイヤー達も結構いたらしい。
男性プレイヤー達が欲しがる“修正パッチ”を入手するために、森に足を踏み入れた彼女達だったが、異種族には対抗出来たものの、この森にいるエチチッ!な魔物達による奇襲や猛攻を受けた結果、皆あえなく光の粒子となってしまったらしい。
現在、この大森林におけるプレイヤー達の拠点:『ブライラ』に、女性プレイヤーの姿が全く存在せず、残ったプレイヤー達も『女日照りで免疫がない』とか言っている辺り、もはや全滅してしまったとみて間違いないだろう。
それにしても、女慣れしていないという事は、プレイヤー達に協力している他の“転倒者”もやはり男という事だろうか?
それと同じように、自分で色々考えているうちに脳裏に浮かんだもう一つの疑問を呟く。
「他のプレイヤー達の話によると、ここが単なるゲームだった頃は魔物にせよ異種族にせよ、ただ単に奴等の攻撃は性別ごとの特効があるってだけの扱いだったらしいけど……あぁいうのも、空腹機能と同じように、プレイヤー側にまだ何らかの補正がされていたって事なのかな?」
まぁ、これも今考えたところでどうしようもないんだろうけど……。
そう結論付けながら、俺はヒサヒデの後をついていく――。
散発的な戦闘を繰り広げながらも、特に問題なく道を進み続けた俺達。
その結果――。
「――え?本当に、こんなやり方で良かったの?」
喜び、とも違う呆気に取られた表情でオボロが呟く。
オボロの言う通り、俺達の眼前にはこの大森林に来たばかりの頃の光景が広がっていた。
「ここに来るまでに大して時間もかかってないし……まさか、『“プレイヤー”や“転倒者”を迷わせる術式』だからって、“魔物”なら問題なくあっさり行ける、とは普通誰も思わないだろ……!!」
あぁ、でもそれほど意外でもないのか。
なんせ、現在分かっている限り、野生のモンスターを仲間に出来るのは、俺の“山賊”という職業だけなのだ。
この術式を構築したのが何者なのかは知らないが、プレイヤー側にそんな職業があるとは全く想定していなかったに違いない。
そう結論づけていた俺に対して、オボロがテンション上がりまくった満面の笑顔で俺達に語り掛けてくる。
「そんなことはどうだって良いわよ!――今は、このアイディアを思いついて成功させたヒサヒデの活躍を祝福する場面よ!!ばんざーい!!」
……出発する当初は、
『ヒサヒデなんて名前をつけるくらいに、すっかり仲良しになったのね~アンタ達!……一つ屋根の下で男二人っきりの夜に、一体何があったのかしら?プププッ!』
みたいな感じで小馬鹿にしてきたくせに!!
あのミミズとのグダグダ戦闘がよほど堪えたのか、迅速かつ無事に到着出来た喜びで、オボロは物凄い速度の掌返しでヒサヒデの事を褒めたたえていた。
まったく、調子が良いというか、とにかく現金なヤツだぜ。
とはいえ、無駄に反発する必要がないのもまた事実。
俺も今回の功労者であるヒサヒデに対して、山賊団の長として労いの言葉をかける。
「うん、良くやったぞヒサヒデ!!今回は、紛れもなくお前がナンバーワンだ!!」
「……私も同じ魔物でありながら、このような柔軟な発想にいたることが出来ていませんでした。……流石でございます、ヒサヒデ様」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス!!」
オボロの続いて、俺やキキーモラさんからの言葉を受けて、嬉しそうの喜ぶヒサヒデ。
ヒサヒデを称賛してテンションが上がる俺達だったが、すぐさま現実に直面する事となる。
「――って、目的の場所には着いたんだろうけど、肝心の出口がなくなってやがるんだズェ……!!」
これが、プレイヤーに出口を認識阻害させる術式とやらに違いない。
案の定眉をしかめる俺とオボロの前で、キキーモラさんが
「出口はこちらにございますが……試しに、私が一度出てみますね?」
と口にしたキキーモラさんが、ひょいっと何もない空間に向かっていったかと思うと、突然姿が掻き消えた。
どうやら、道案内をしたヒサヒデと同じ理論で、“魔物”であるキキーモラさんならば、問題なく出口を認識し、そこから出る事が出来るようだ。
今は見えなくなっているキキーモラさんの方に向かって、オボロが力強く頷く。
「ありがとう、キキーモラさん!!――それじゃ、今キキーモラさんが消えたあの地点まで急いでいくわよ、リューキ!!」
「おぅ!分かってる!」
そう言いながら、俺達は勢いよく出口のある場所へと駆け出す――!!
結論から言うと、俺とオボロは勢いをつけすぎた結果、盛大にズザザッ……!!という音とともに滑って、地面に突っ込むことになった。
マジか……どうやら、この大森林のかけられた出口への術式とやらは、認識阻害だけでなく“プレイヤー”や“転倒者”をすり抜ける仕様になっているらしい。
俺達が振り返ると、再び何もない空間から慌てた表情をしたキキーモラさんが姿を現す。
「大丈夫ですか!?リューキ様、オボロ様!!……私の眼前まで来ていたはずのお二人の姿が突如見えなくなってしまい、大変心配したのですよ!」
ぬかるんだ地面に突っ込んでしまった影響で泥だらけになった俺達に向かって、キキーモラさんが両手をかざす。
「“結婚生活三年目。団地妻の理のもとに、昼下がりの情事の痕跡をも漂白する洗浄力で、穢れし者を清めたまえ”――!!」
お隣の大学生の青年との行為の痕跡を綺麗さっぱり消し去り、帰宅した旦那さんを温かく出迎える団地妻を彷彿とさせるほどの高潔な光が、俺達を照らしていく――!!
これが、キキーモラさんが新しく覚えたばかりの生活魔術:【ヒルドラ・クリーニング】。
この呪文によって、俺達はさっきついたばかりの汚れが嘘のように消え去り、地面に突っ込んだとき以上に小奇麗になっていた。
「ありがとう、キキーモラさん!……でも、気持ちは嬉しいけど、こんなことでわざわざ魔術とか使わなくても大丈夫だよ」
「申し訳ありません、リューキ様。心配するあまり、つい先走ってしまって……」
「もぅ、余計な事言う必要ないでしょ、リューキ!キキーモラさんも本当にありがとうね♡」
まぁ、確かに汚いままでいるよりかは綺麗にしてもらった方が良いに決まっている。
それにオボロだって、なんだかんだ女子っちゃ女子だから、そういうところ気にもするか。
そんな風に苦笑しながら俺は、先程のキキーモラさんが出てきた空間を見つめる。
「――さて、アレをどうしたもんかな……?」
まぁ、俺がやれることなんて決まってるんだし、とりあえず試してみるしかないよな?




