山賊無双
「自分になら何とか出来る……って、一体どうする気なの、リューキ!?」
オボロの問いかけに対して、俺は前を見据えたままの状態で答える。
「とりあえず、俺が合図をしたらオボロは【瘴気術】を放ってくれ!!上手くいけばそれで一気に倒せるはずだ!!」
そう言いながら、返事も待たずにミミズ達に疾走していく俺。
スキル:【凌辱に見せかけた純愛劇】を発動してステータスを強化した俺は、大元ともいえる最初の一匹目を対象に決定。
だが、奴と俺との間には生み出された四体の“線引きミミズ”がウネウネと襲い掛かってくるが――その内の一体に向けて、俺は両手の掌を揃えた状態で胴体に手をあてる。
「――"火"とはすなわち、身体の奥底からムラムラとエッチな気分にさせる在り方なり。……燃やし尽くせ!天空流奥義:"パリピ発勁"ッ!!」
相手の体内に自身のエッチな気を送り込むことで、催淫効果を引き起こすと言われる天空流奥義:"パリピ発勁"。
……なのだが、どうにも今回も俺の天空流奥義は不発に終わってしまったらしい。
相手には全くダメージが通っておらず、俺は四方から囲まれたミミズ達から袋叩きにされる事態になっていた。
「リューキッ!?」
「リューキ様!!」
「ピ、ピ、ピ~~~ス!?」
ミミズに叩かれながらも、俺を心配する仲間達の声が聞こえてくる。
……だが、これも俺の想定の範囲内だ!!
袋叩きにしている間もミミズ達はこれ以上分裂しようとしていない辺り、コイツ等は俺の事を不愉快な対象ではなく、適当に嬲って遊べる雑魚と判断したらしい。
そんな慢心しきった状態で、手痛い反撃を受けたらどうなるのか――。
その答えを確信しながら、俺は力強く腹の底から声を絞り出す――!!
「今だ、オボロッ!!コイツ等に向かってやってくれッ!!」
「ッ!?……うん、分かった!!」
そう聞こえるや否や、巻き添えを喰らわないようにすぐさま【凌辱に見せかけた純愛劇】で強化された身体能力でその場から辛くも逃げ出す俺。
ミミズ達が俺に逃げられた事に気づいて、不快感を表明するよりも先に、オボロの【瘴気術】が四体のミミズを蝕んでいく――!!
『――ッ!!』
鳴き声こそ出さないものの、突然自分達に起きた出来事を前に、盛大に混乱するミミズ達。
こうなってしまえばさっきの個体と同じく、毒で徐々に体力を落としながら、混乱した状態で自傷や同士討ちを行った結果、四体の分裂体は全滅した。
その有り様を見ながら、俺は自身の考えが正しかったのだと確信を深めていた。
「俺は、このゲームをする前から、陰キャ街道まっしぐらで生きてきたんだ!!――そんな俺相手になら、クレーマーにしろ内弁慶にしろ、キョロ充な手合いなら確実に調子に乗ってくると睨んでいたんだズェ……!!」
本来なら、全くこの≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲームのシステムとは何の関係もない事柄であるかもしれないが、俺は現実でもこの世界に転倒してもロクに変わらない自身の境遇・扱いから、この予測は必ず成功する、と確信していた。
自身の読みが当たった喜びのあまり、ついつい語尾が訛ってしまったが、それすらも気にならない。
俺はそんな躍動感を抱えたまま、線引きミミズのもとへと駆け出していく――!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
雄叫びを上げながら、最後の一匹に突撃していく俺。
だが、そんな俺に対して『陰キャ風情が、調子に乗ってんじゃねー!!』と言わんばかりに、ミミズが不快感MAXで一気に九匹にまで分裂する――!!
……そういや俺って、今までの人生で他者を調子づかせるのと同じくらいに、結構相手を怒らせてきてるんだよな。
その事を思い出した俺は、このままではマズイ!とひとまず仲間達のもとへと引き返す――!!
「キキーモラさーん!とりあえず、治療お願いしまーす!!」
「え、あっ、ハイ!!かしこまりました、リューキ様!!」
「ちょっと、リューキ!!それよりもこの事態をどうすんのよ!?さっきよりも悪化してんじゃない!」
憤慨、というよりも純粋に困惑した表情でオボロが俺へと言葉をぶつけてくる。
それに対して、俺も半ば自棄になりながら売り言葉に買い言葉の要領でオボロへと乱雑に返事する。
「うるせー!!ここまで来ちまったんなら、もう徹底的にアイツ相手に白黒つけるしかないだろ!!相手はミミズだぞ、ミミズ!!そんな奴相手に、陰キャであることを暴露させられた俺の気持ちがお前に分かるのか!?」
「それこそ知るか!そんなのアンタが勝手に自分で言っただけじゃない!それに言われなくても、誰もアンタの事を人気者だと思ってなんかいないわよ!!」
「オ、オボロ様……!!リューキ様は心身ともに限界を迎え始めているようなので、もう、そのくらいで……!!」
「ピ、ピ、ピース……」
ッ!?クッ……やめろッ!!
オボロの罵倒もだけど、それ以上にキキーモラさんやヒサヒデの同情的な視線や態度が、それ以上に俺の心を瘴気術並に蝕む。
そんなやり取りをしながらも、帰還した俺はキキーモラさんの治療によって、回復していく……。
そこからはもう、ひたすらに地獄だった。
と言っても、やる事自体は当初とそんなに変わらない。
問題があるとするなら、ただ単に対象となる数が膨大である事だけだ。
俺が囮になってミミズ達を惹きつけ、奴等がリンチをしてきたら、オボロが【瘴気術】を放つ。
脱出した俺をキキーモラさんが「リューキ様……これまで、本当にお可哀そうに……!!」などと涙ぐみながら、自身の豊かな胸元に俺の手を置いたり、頭から抱きしめたりしながら【ミラクル☆ヒーリング】で治療してくれる。
ヒサヒデは、少しでも消化を早める運動をすることと、その間にミミズ達を少しでもなだめるつもりなのか、ぬるぬるしたミミズ達のもとに無抵抗で自身の身を差し出し、奴等に好き放題疑似的なShippori and the City行為をさせることで、大人しくさせる事に成功していた。
「ンググッ!!♡」
巨大なミミズを嘴で咥えこみながら、全身に巻き付かれているヒサヒデ。
屈辱以外の何物でもない格好だが、ヒサヒデは俺達のために、反撃することなく目に♡マークを浮かべながら敵の攻撃を耐え忍んでいるようだった。
「クッ……すまねぇ、ヒサヒデッ!コイツ等は絶対……俺達が倒すッ!!」
仲間の献身に心打たれながら、その思いに報いれるように俺は奴等のもとへと盛大にボコられに行く――!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
十体、二十体……五十に行くか行かないか、の段階からは既に覚えてない。
それでも俺達は、
『もしもここで逃げ出せたとしても、これまでコイツ等相手にやってきた事がすべて無駄になる』
と、半ば意地やら執念と言える感情だけで、ただひたすらにこのやり方で、敵と戦っていた。
この作戦の要であるオボロの【瘴気術】や、キキーモラさんの【ミラクル☆ヒーリング】を使うためのMPが何度も枯渇しそうになるほどであり、俺達はそのたびに旅埜 博徒さんから購入した回復アイテムをとにかく使用した。
だが、それよりも敵の増える速度の方が尋常じゃないくらいに早い。
それでも、【瘴気術】に蝕まれて混乱した個体達が、まだ健康な分裂体達に誤って同士討ちを仕掛けたりする状況が時間が経つごとに増え始めていたため、俺達は何とか戦う事が出来ていた。
無心なのか高揚し過ぎているのか分からない境地のまま俺は、膨大なミミズで出来た眼前の光景をかき分けていく――!!
「他人が決めた線引きなんざ関係ねー!!……時代は、この俺が切り開くんじゃいッ!!コノヤロー!」
それから、どのくらい時間が経っただろうか。
朝早くに『ブライラ』を出発したにも関わず、空はすっかり日が暮れかかっている。
俺達の眼前で、目が眩むほどの膨大な光の粒子が天に昇っていったかと思うと、眼前にはあれほどいた“線引きミミズ”達が根こそぎ消滅していた。
俺達の方は、全員まさに満身創痍。
旅埜 博徒さんからもらった回復アイテムの類は、既に全て使い尽くしたほどの死闘であった。
今こうして生き残っているのが不思議なほど、みんなズタボロな状態かつ顔には色濃く疲労が浮かんでいたが、それでもまだ俺は、立ち止まるわけにはいかなかった。
何故なら、俺のスキル:【凌辱に見せかけた純愛劇】がまだ作用し続けているあたり、最初に設定したあの個体は無事だという事なのだ。
このスキルの持続時間の事を考えると、少なくとも相手はまだ生き残っていて、この戦闘から離脱する気はないという事である。
焦点が定まらぬ視線のまま前を進んでいくと、一匹だけ生き残った“線引きミミズ”を見つけた。
あれほどの数をほぼ全滅にまで追いやった俺達に怯えているのか、ブルブルと全身を震えさせている。
……こんな状態ではあるが、まだ戦うつもりなら今度こそ確実に仕留めなければならない。
これ以上、一体でも分裂されたら今度こそ俺達は敗北する……!!と思ったのとほぼ同時だった。
突然、俺の眼前に――これまでにも何度か見た事のあるメッセージウィンドウが出現する。
そこには、こう記されていた。
『線引きミミズが、貴方の山賊団に入りたがっています。受け入れますか?
→はい
いいえ 』
命乞い、のつもりなのか?
ここまで俺達を苦戦させておいて、何をぬけぬけと……!!という当然の感情が俺の中に湧き上がってくる。
「……!!」
そんな俺の怒りを感じ取ったのか、より一層身体を震えさせながらも、何をするでもなくその場にとどまり続ける線引きミミズ。
それを見て、俺はハッ、と気づかされていた。
「……考えたら、お前は俺達にとどめを刺されるかもしれなかったのに、逃げ出しもせずに、俺達の仲間になるために、ここに留まってたんだよな……」
その判断が、自分より強い存在にはひたすらに媚びるというクレーマー特有の性質からくるものなのかは分からない。
だがそれでも、例えミミズだろうと、ここまで自身の命を張って俺達の仲間になろうとしているコイツの意思をないがしろにしてしまったら、俺はこれから“BE-POP”とやらから遠ざかってしまう気がしていた。
……まぁ、それにそういう感情面を抜きにしても、こんだけ強い奴を仲間に出来たら心強いし、ここで下手に戦闘になったら、今度こそ俺の方が死ぬしな。
「うん。だから、これで間違いないはずだ……!!」
後でオボロが何か言ってくるかもしれないが、今は気にしてられない。
そう判断した俺は、迷わず『→はい』の項目を押す。
そこからすぐに出現する『線引きミミズが、貴方の山賊団に加入しました!』のメッセージウィンドウ。
新たな仲間であるコイツも先ほどの怯えぶりから一転、嬉しそうに体をくねらせている。
「~~~~~~~~ッ♡」
その姿を尻目にしながら、俺は苦笑を浮かべる。
「あれだけの死闘の果てに、回復アイテムもすべて失って得たのがミミズ一匹、か……」
まぁ、命があるだけマシかな?と判断していたそのときだった。
「エ、ウエェェッ!?な、なにこれっ!!なんか、凄いことになってる!!」
これまでに聞いたことのない、あまりにもレディらしさからかけ離れたオボロの素っ頓狂な驚愕の声。
それはすぐにキキーモラさんやヒサヒデ……いや、俺自身も体感することになる!!
「な、なんだこれ……!!物凄い勢いで、俺のレベルが跳ね上がっていく――!?」
いや、考えるまでもなくこれは当然のことかもしれない。
なんせ、俺達はこの線引きミミズが生み出した数えるのも億劫になるほどの膨大な分身体を倒してきたのだ。
その経験値が入ってきた結果、俺達は一気に急激なレベルアップをすることになったのだ!!
その結果、俺は――。
「レ、レベル36!?スゲェ!!10レベル代だったのが、まさか一気にここまでになるなんて!オボロ達は――」
そう声をかけようとしてすぐに、俺の耳元にオボロ達の歓声が聞こえてくる。
「ヤッター!!キキーモラさん!アタシ、レベル50代を突破したよ~~~!!」
「フフッ、大変おめとうございます、オボロ様。……私もあと2レベルで到達しますので、オボロ様に追いつけるように精進いたしますね」
「ピ、ピ、ピ~~~~~~~~ッス♡」
嬉しそうに談笑する仲間達。
……あぁ、レベルが上がりにくい“山賊”職である以上、こうなるだろうなってことは大体わかっていたけどさぁ!
それでも、納得できない俺の感情は、早くも“BE-POP”からかけ離れた色に染まっている気がしないでもなかった……。




