探索という名の逃亡
ヘンゼルさんとの話を終えた俺達は、それから他のプレイヤー達に挨拶回りをしたり、使わないアイテムを融通してもらったりしてから、二時間くらいしてこの『ブライラ』という集落から出発する事になった。
ヘンゼルさんは俺達に言った通り、他のプレイヤー達には俺達のパーティで『この大森林を脱出する出口の調査を依頼した』という事にしてくれたらしい。
その結果、ただでさえ暑苦しい男プレイヤー達が、ほぼ全員で押しかけてきて俺達を盛大に見送ってくれる事になった。
プレイヤー達が、次々と探索(と言う名の逃走行為)に挑む俺達に向けてしきりに話しかけてくる。
「オゥ、リューキ!ヘンゼルさんが『リューキの職業は実は凄い!』みたいな事言ってるみたいだけど、オメェの“山賊”職ってのは滅茶苦茶弱いんだから、何か危険を感じたらすぐここに戻ってこい!そうすりゃ、大抵の相手なら俺達で何とかしてやっからよ!!」
「まぁ、その相手が異種族のムチプリ♡女達だったら、俺達じゃ手も足も出ねぇんだけどな!……そういう訳で、やっぱりオボロちゃんとキキーモラちゃんだけでも、ここに残ってくんねぇかな!?」
「オイ、二人の前で何情けない事言ってんだ!!こういうのは、カッコよく見える言動を繰り返すことによって、俺達のイメージをじっくり植え付けていってだな……」
そんな風に激励(?)の言葉を受けていたはずが、いつの間にか、話題の中心がオボロとキキーモラさんの二人へと移っていた。
放っておかれた形になった俺に、ヘンゼルさんが苦笑を浮かべながら、
「みんなも悪気はないんだろうけど、引き留めるような形になってしまって申し訳ないね」
と謝罪の言葉を口にする。
俺としては、俺達の探索は別に厳格に予定が決まっているわけでもないため、特に問題はない。
ないのだが……俺個人として、こういう知り合いとの一対一でのやり取りというか、雑談の時間って何を話せば良いんだろ……。
困った俺は何とか会話の糸口がないかとこれまでのヘンゼルさんとのやり取りを思い出していたのだが、ふと、ある疑問を思いついたため、何の気なしに訊ねてみた。
「そういえば……“お菓子の家の魔女”もマヤウェルから、何らかの“加護”の力をもらってるんですかね?」
それは、ほんのちょっとした疑問ともいえぬ呟き程度のはずだった。
だが、ヘンゼルさんはこれまでに見せたのとは違う、明らかな虚を突かれたような表情をしていた。
真剣、とも違う困ったような笑みを浮かべながら俺へと訪ね返してくるヘンゼルさん。
「君は……どうして、そう思うんだい?」
「あ、いや、大したことじゃないんですけど……ライカはあのとき、お菓子好きの魔女から生み出された“シャドウ・ビースト”っていう魔物を呼び出していたけど、俺達の世界の“ヘンゼルとグレーテル”っていう物語では、『お菓子の家の魔女がそういう魔術を使った』って話は聞いたことないんですよね。だから俺はてっきり、あの魔物を生み出した力も“神獣”から与えられたりしたのかな?って思ったんですけど……」
けれど、考えてみたらヘンゼルさんだって、なんでか身体がやたらと頑丈だったりするわけだし、こっちで聞いている伝承が全部真実ってわけでもないだろうな。
魔女だって言うなら、そういう事が出来る魔術?とやらを会得していたとしてもおかしくはないだろうし。
「ヘンゼルさん達が出会った魔女って、もしかして、普通にあぁいう魔術とか使っていたんですか?」
「……いや、あの魔女は少なくとも僕達の前ではそんな魔術を使ったりしていなかったよ。けれど、なんとなくだが、あの魔獣達からは“神獣”と畏怖される者が関与したと思えるほどの圧倒的な力というモノを僕は感じなかった。恐らくは、ライカの言う通りあの魔獣達は“魔女”が自力で生み出したんだと思う」
まぁ、確かに普通に苦戦するでもなく、プレイヤー達が協力して倒せた相手だったもんな。
ヘンゼルさんの言葉に頷く俺に、ヘンゼルさんが言葉を続ける。
「――何より、本物の“お菓子の家の魔女”は、窯の中で業火に焼かれながら死んだことは間違いないんだ。そして、現在僕達と敵対している“お菓子の家の魔女”という人物は、僕の記憶にある彼女とは、何もかもがかけ離れている。……だから僕は、異種族側についている“魔女”は彼女の名を騙っているだけの別人じゃないかと睨んでいる……!!」
確証はないけどね、とウインクをして告げるヘンゼルさん。
……いや、やっぱそうだよな!
俺達とヘンゼルさんの世界の時間の流れが違うように、異種族側のお菓子の家の魔女とやらも、焼け死ぬ前の過去からこの≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲームの中の世界に転倒してきたのだと思っていた。
でも、魔女と関わりのあったヘンゼルさん曰く、異種族側の“魔女”が偽物であることはほぼ間違いないらしい。
(最初の話のときに、魔女の名前を口にしていても冷めた反応だったのは、本物じゃないと判断していたからか……でも、それなら、じゃあ異種族達を率いて“お菓子の家の魔女”を名乗っている“転倒者”ってのは、一体何者なんだ……?)
疑問が解決したと思ったら、また新たな謎が浮かび上がってくる。
ヘンゼルさんはどう考えているのか聞こうとした俺だったが、
「オイ、リューキ!いつまでも可愛らしいお嬢様達を待たせてんじゃねぇぞ!!」
と、プレイヤーから呼び出される。
……待たせるも何も、テメェ等がオボロ達と話したがっていたからじゃねぇか!
そんな抗議の意思をグッと飲み込んで、俺は急ぎ足でオボロ達のもとへと向かっていく……。
「そんじゃ、四人とも!本当に事故とか戦闘にだけは気をつけて、無理だけはすんなよ?」
そう言いながら、他のプレイヤー達とともにロクロ―が俺達の無事を祈る言葉をくれる。
気持ちとしては、ロクローも俺達の探索に誘おうかと思ったけど……。
ヘンゼルさんが何も伝えてないみたいだし、俺達も成功するかも分からない無謀なチャレンジに、ロクローを巻き込むわけにはいかないな、と判断し、とりあえず(どうなるかは分からないが)ここで一旦別れる事にした。
探索という名目ながらも、本当にこれが別れになるんじゃないか、と言わんばかりの男達の野太い声援による見送りを受けながら、俺達はこの大森林を脱出するために、もと来た出口の方に向かって出発していく――。




