神獣の加護
ヒサヒデとともに、ヘンゼルさんが手配してくれた家に泊まった翌日。
昨日言っていた通り、オボロとキキーモラさんが朝から家の前にまで迎えに来ていた。
「リューキ、それとフクロウ!準備終わってるなら、早く行くわよ!」
「へぃへぃ、了解~……んじゃ、ヒサヒデ。朝食も終わった事だし、忘れ物なさそうならもう出発しようぜ?」
「ピ、ピ、ピ~ス!!」
寝起きだった事もあり、まだ意識が覚醒しきってない俺とは対照的に、朝からテンション高めな妖怪の血を引くオボロとフクロウ型の魔物であるヒサヒデ。
……君ら、そういう出自やら見かけのくせして夜行性じゃないのか?
そう心でツッコミながら、俺は思考を切り替えて手早く出発のための準備をまとめる。
「……」
家を出る間際、キキーモラさんの視線が厳しかった気がしたけど、一体どうしたんだろうか?
オボロと喧嘩した、とかそういう訳でもなさそうだし……。
とりあえず俺達は、ヘンゼルさん達のもとへと向かう事にした。
途中で出会った何人かのプレイヤー達にヘンゼルさんの居場所を尋ねながら、その場所へと向かう。
ヘンゼルさんは昨日と同じく、集落の中心にある大きな家の庭で、日向ぼっこのように身体を休めていた。
ライカとの戦闘の傷を癒しているんだろうか?
なら、話しかけて良いのか判断に迷うな……。
そんな風に俺達がまごついている間に、こちら側に気づいたヘンゼルさんがにこやかな笑顔とともに語り掛けてくる。
「おはよう、みんな!……今日は一体、どうしたんだい?」
笑顔の裏に、弱った印象を感じた俺は思わず罪悪感に苛まれる。
だが、オボロはそんな俺に対して先を口にするように肘で小突いてくる。
(……あぁ、俺だって言わなきゃいけない事くらい分かってるっての!)
そう意を決した俺は、ヘンゼルさんに対して話を切り出していく。
「ヘンゼルさん、実は――」
俺はヘンゼルさんに、
・現在このシスタイガー大森林で起きている事態に、俺達のパーティ戦力で対処するのは難しい事。
・まだこの場所にかけられた第三勢力とやらによる術式の効果を、自分達の目で確認していない事。
・そして、この大森林を出れない術式があったとしても、それを“BE-POP”で何とか出来るかもしれない事。
といった情報と、そういった理由からもし脱出に成功出来そうだった時は、ここを離れるつもりだという事を伝えた。
ヘンゼルさんは怒るでもなく、俺の話に相槌を打ちながら真面目に聞いてくれた。
「そうか……いや、非常に残念ではあるが、僕達の事情を君達に押しつけるわけにもいかないからね。反対はしないよ。……こういう現状だから、全面的に賛同するわけにもいかないけれど」
そう苦笑してから、ヘンゼルさんは言葉を続ける。
「ただ、みんなには僕から、『リューキ君達は、この大森林の調査に向かっている』と説明しておくから、もしも君の方法で外に出る事が難しそうだった場合でも、ここでのやり取りなんて気にせずに、無事にここに戻ってきて欲しい。……成功するにせよ、失敗するにせよ、無理だけは禁物だよ。良いね?」
ヘンゼルさんの真摯な言葉を受けて、『何も言わずにここから逃げたりせずに、この人に相談して良かった……!!』と思う反面、戦線離脱しようとしている俺達にここまでしてもらう事に、申し訳なさが湧き上がってくる。
そんなヘンゼルさんに平謝りする俺だったが、逆にヘンゼルさんから
「ここを出る前に、何か分からない事や困ったことはないかな?」
と、さらに気を遣われてしまった。
ヘンゼルさんに訊ねたい事……?
かなり情報は聞かされたし、分からない事だらけではあるんだろうけど、今何を聞くべきなのかとなると咄嗟には出てこないもんだな……。
そう考えこむ俺とは別に、オボロが「ハイッ!」と手を上げて、ヘンゼルさんへと質問する。
「ヘンゼルさん!アタシ、ここで戦った最初の獣人に、全く“瘴気術”が通用しなかったんだけど、アレってなんで?ここの獣人は、みんなあれくらい身体が丈夫に出来てるの!?」
あぁ、猿みたいな感じのムチプリ♡お姉さん達に使ったけど、効果がなかった時の事だな。
確かに、ここから入り口まで戻るまでの間に、また獣人と遭遇するような事があったときに、俺達のパーティの最強戦力であるオボロの“瘴気術”が通用しないのは、死活問題だからな……。
せめて、その原理さえわかれば何とか出来るかもしれない。
そんな俺達の懸念に、ヘンゼルさんが答える。
「“瘴気術”……あぁ、確かオボロちゃんが僕との戦闘で使用していたあのスキルだね。アレは相手を状態異常にする効果のようだけど……“獣人”に限らず、“エルフ”も含めたこのシスタイガーの異種族達は、状態異常に全くかからないと思っていた方が良いかもしれないね」
“獣人”だけじゃなくて、それほど身体が頑丈そうに思えない“エルフ”にまで、状態異常に対しての耐性があるのか。
一体、どういう原理なんだろうか?
そんな俺や困惑したオボロの疑問に対して、ヘンゼルさんがどういう事なのかを説明する。
「なんでも、今でこそこのシスタイガー大森林に生息する異種族達というのは、大まかに“獣人”と“エルフ”に分かれているが、彼女達異種族の先祖というのが、知性がない代わりに彼女達に強大かつ多様な能力と強さを持ち、今の異種族達とは比べ物にならないくらいに性に奔放で男性の精気を絞りつくす恐ろしい存在だったそうなんだ……」
ヘンゼルさんが勝利した異種族から聞き出した話曰く、彼女達のかつての先祖は女性しか生まれず、繁殖は人間などの別の種族の男性を相手に見境なくShippori and the Cityな行為を繰り返していたらしい。
だが、代を経る事に彼女達はかつての強大な力や異能を失う代わりに、知性などを獲得したり、割合で言うと少ないながらも男も生まれるようになった結果、今の“獣人”や“エルフ”といった異種族になっていったのだという。
「だが、知性を獲得しても、脈々と先祖から受け継いできた淫蕩を好む性分は変わらない。にも拘わらず、彼女達はかつての先祖と比べると身体の機能や生命力が低下しているため、そういう行為をヤリ過ぎて病気になる者達も出始めていたんだ」
このままでは、全滅とは言わないまでも、このシスタイガーで生きる者達全てにとって深刻な被害が出ることになる。
そう判断したこのシスタイガー大森林の“神獣”:マヤウェルは、自身の眷属である彼女達異種族に対して、性病にならないようにするために、どんな状態異常にもなることのない“加護”を授けた――。
それが、獣人とエルフ、両種族に語り継がれる伝承なのだそうだ。
あまりにも徹頭徹尾、荒唐無稽な内容だが、俺は話を聞いているうちに、ある違和感を抱えていた。
(“性病”……?そんな状態異常があるなんて聞いたことないぞ?)
考えてみたら、そういう行為をした時点でアウトな全年齢向けVRMMOなんだから、そんな必要性のない状態異常なんてゲームにあるはずがないし、用意する意味も全くない。
まぁ、そのエチチッ!過ぎる異種族達の先祖の話も含めて、単なるゲームとしての設定だと割り切ってしまえば良いのかもしれないが……。
それでも、俺はヘンゼルさんの話から、単なる与太話として切り捨てられないリアリティのようなものがあるように思えてならなかった――。




