"輝きとともに、道を指し示す者"
ヘンゼルさんが【輝きとともに、道を指し示す者】という“固有転技”を使用してすぐのこと。
なんと、ヘンゼルさんの元まで迫っていたはずのライカが、右足を強く踏みしめたかと思うと、あろうことかいきなり宙へと力強く跳躍したのだッ!!
こちらに向けたときの困惑しきった表情からして、これが彼女自身にとって不本意な動きであったことは間違いない。
だがそれも一瞬のことで、ライカがそのままヘンゼルさんの天高く飛ばした光る石を追うようにのけぞっていく。
「クッ……!!身体が勝手に!?アタシに一体何をしたのさ、ヘンゼル!?」
そう声を上げるライカに対して、ヘンゼルさんが勝ち誇るでもなくありのままの事実を告げる。
「僕の“固有転技”:【輝きとともに、道を指し示す者】は、かつて幼かった頃の僕が家に帰るための目印として用意した、小石をもとにしたとっておきの奥義。……僕を暗く深い森から救い出した小石は、投擲することによって、相手を行くべき場所へと導く光となる――!!」
ヘンゼルさんの【輝きとともに、道を指し示す者】。
すなわち、その効果は――。
「ッ!?つまり、対象の、強制的な目標誘導ってことさね!?」
そう言っている間にも、自身の背後へと落ちた小石を目指すかのようにライカがのけぞっていき、勢いはそのままに頭から地面へと激突した。
【鉄風雷火】で業火や暴風を全身に纏った状態での攻撃の不発だっただけに、バク転とは思えない衝撃と破砕音を響かせながら、ライカを中心に地面が盛大に抉れることとなった。
“転倒者”がどんな存在なのかはまだ十分に理解しきれていないけれど、流石にあれだけの目に遭ったら無事では済まない……というか、普通に死ぬのでは?
そう思っていた俺だったが、対するライカがゆっくりと両腕をつきながらも自身の身体を起こしていく……。
“獣人”という種族特有の頑丈な身体の構造、とかだろうか?
その生命力の強さというか身体能力の強さには確かに戦慄させられるが、とはいえ、流石に無傷とはいかなかったらしい。
ライカは鼻血を出しているだけでなく、敵に向ける【鉄風雷火】の不発によって、全身がズタボロになっていた。
そんなライカに対して、ヘンゼルさんがこれまでとは異なる冷徹な声音で告げる。
「君は、あの“魔女”とやらに与する“転倒者”の一人であり、彼女に近しいポジションにいる者として本来なら色々と情報を聞き出したいところだが……こちらも奥の手を出す事になった以上、二度も同じ手は君に通じないだろう。他の仲間に情報を共有されたりする前に、申し訳ないが危険な君という存在は、ここで始末させてもらう……!!」
ヘンゼルさんの非情ともいえる宣言を受けて、ライカが満身創痍ながらも、覚悟を決めたかのように獰猛な笑みを浮かべる。
「ク、ハッ……!そう、やすやすとアタシの首を取らせてたまるかってんだ。……こうなったら、こっちも奥の手を使うさね……!!」
そんなライカに対して、ヘンゼルさんが怪訝な眼差しを向ける。
「既に君は肉体的なダメージだけでなく、“固有転技”を使用するだけの存在力も無駄に消費する形になって余裕がないはずだ。……抵抗するのは構わないが、僕に何かするよりも先に、自滅するだけの結果になるぞ」
確かに、“転倒者”という存在が唯一敵に有効な攻撃を与える事が出来る“固有転技”が使用できないなら、ライカがどれだけ強かったとしても、投石攻撃を持ったヘンゼルさんに逆転する事も、まだ残っている俺やこの場にいるプレイヤー達から逃げ切ることなど不可能に思える。
それを理解しているからか、ライカ側も苦笑交じりに答える。
「なに、これはアタシの力なんかじゃないさね。どちらかと言うと、お姫さんから渡されたとはいえ、これを使うのはアタシとしても不本意なんだが……流石に、そうも言ってられないさね!!」
そういうや否や、目を見開いて高らかにライカが叫ぶ――!!
「という訳で出てきな――!!お菓子好きの魔女から、生み出された“闇”どもッ!!」
ライカが告げるのと同時に、彼女の影から3体ほどの墨で全身染まり切ったかのような、獣の形をした漆黒の闇とでもいえるべき存在が姿を現す。
“シャドウ・ビースト”というまんまながらも、名前やレベル表記が正常に表記されている辺り、“転倒者”ではない普通の魔物のようだ。
「レベルは30くらいあるし、どんな攻撃をしてくるかも分からない未知の敵だが……ここはまだ余力を残している俺が戦うしかねぇッ!!」
ライカほどではないが、ヘンゼルさんは傷を負い、存在力とやらも消費している。
俺の仲間であるオボロやキキーモラさん、3ピース・ホロウは無傷だが、勝負を決めるために気力を使って疲弊しているかもしれない。
ならば、ここは俺が真打と言わんばかりにド派手に決めるしかない――!!
そう判断して、【凌辱に見せかけた純愛劇】を発動しようとしたそのときだった。
「――これ以上、ヘンゼルさんに無茶をさせるわけにはいかないだろ、お前らッ!!俺達で奴等を一掃するぞッ!!」
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
そんな呼び声と呼応する野太いいくつもの応答が聞こえたかと思うと、怒涛の勢いで俺達の横をプレイヤー達が追い越していく。
彼らはダメージなどを負いつつも、相手がムチプリ♡としたエチチッ!なお姉さんでなければ恐れることなどないと言わんばかりに、果敢に闇で出来た魔物に斬り込んでいく。
……まぁ、考えたら最初にレベル38のプレイヤーとかいたわけだし、20人で一斉にかかれば普通に対処出来る相手か……。
そう思っている間にも、ヘンゼルさんを慕うプレイヤー達によって、なんか、普通に闇の魔物たちは退治されていた。
スケベな男達が野太い声で勝鬨をあげている中、ヘンゼルさんが苦笑交じりに俺達に語りかけてくる。
「どうやら、闇の魔物とプレイヤーのみんなが派手に戦っている隙に、ライカは異種族達を連れてこの場から離脱してしまったようだ。……取り逃がしてしまってすまないね、リューキ君」
……いや、謝られるようなことは何もしていないというか。
というか、今回本当に何も出来てない俺が、一番の功労者に頭下げせるとか、本当にこっちが申し訳なくなるくらいです。
そう言いたかったのだが、そんな想いを上手く口にする事も出来ず、俺はただいたたまれない気持ちのまま、口をモゴモゴさせるのみだった……。