"鉄風雷火"
血が噴き出している腹部を、左手で押さえながら前を見据えるヘンゼルさん。
対するライカは、勝ち誇ったような表情とともに自身の優位性を声高に主張する。
「ハッ!ヘンゼル、お前さんの防御力は確かにとんでもない代物だが、それに頼りすぎてんのが仇になったな!!……投げてくる石にさえ気をつけていれば、アンタに攻撃を当てる事なんて容易いもんさね!」
ライカの発言を聞いて、密かに内心で驚く俺。
ヘンゼルさんが俺達との戦闘で攻撃を受けても全く動じなかったのは、“転倒者”としての特性か何かかと思っていたのだが、純粋に防御力が高かったからなのか。
……でも、『ヘンゼルとグレーテル』の話でヘンゼルさんが無茶苦茶頑丈だった、なんて要素は聞いた事がないぞ?
眼前のヘンゼルさんには、俺達の世界には伝わっていないまだ別の逸話があったりするのだろうか……?
そんな事を考えている間にも、ライカは自身の両手の爪をこちらに見せつけるようにして掲げる。
「……とはいえ、アタシ以外は全員やられちまったみたいだし、このままちまちまとアンタの力を削るという訳にはいかないみたいさね。……こうなったら、今度は全力で行かせてもらうよ!!」
そういうや否や、ライカの全身からバチバチ、と火花が迸っていく。
やがて風が勢いよく吹きすさび、雷や炎が発生したかと思うと、それらすべてを掲げた両爪を中心に纏わせながら、ライカがヘンゼルさんのもとへと疾走する――!!
「これがアタシの“固有転技”:【鉄風雷火】!!……さっきとは比べ物にならない本気の一撃さね!どれだけ防御に自信があろうとも、すべてを粉砕するこの一撃は耐えられるもんじゃないよッ!!」
暴風、雷鳴、業火――。
これらの三つの強烈な属性攻撃を纏ったライカの爪による斬撃など受けてしまえば、確かにひとたまりもないだろう。
それは、威力を抑えたこの技を受けたヘンゼルさんが、腹部に深刻なダメージを負っていることからも明らかだろう。
さりとて、今から逃げたところで、あの凄まじい猛攻から逃れられるとは到底思えない。
そんな俺の感情に合わせるかのように、ライカが急速に迫りながらヘンゼルさんに向けて盛大に叫ぶ。
「さぁ、ヘンゼル!!アタシがこれだけ本気を出したんだ、アンタもここでくだらない出し惜しみなんかしていたら、すぐにくたばっちまうよ!――それが嫌なら、あの“固有転技”を今すぐに使うんだね!そんで、さっさと“獣”にでもなっちまいなッ!!」
ライカが口にするヘンゼルさんの“固有転技”とやらが、どんなものかは俺には分からない。
だけど今確実に分かっていることは、このままだとヘンゼルさんの命が危ないという事は間違いない――!!
そう思っていた、矢先のことだった。
何を思ったのか、ヘンゼルさんは自身の腹部を押さえていた左手を離して、眼前に迫った光景に対してもなんら臆することなく、これまで俺達に見せてきたのと同じように気負いもなくライカへと語りかける。
「……君が、こうして全力を出してくれるのを本当に待っていたよ。――そんな君への感謝を込めて、僕も君に……いや誰にも見せてこなかったもう一つの“固有転技”を使うとしよう……!!」
そう言いながら、ヘンゼルさんが静かに――けれど、厳格さを込めて告げる。
「“固有転技”、発動!――【輝きとともに、道を指し示す者】ッ!!」
そう言葉にするのと同時に、ヘンゼルさんは左手で右腕をしっかりと押さえつけたかと思うと、何を思ったのか宙に向かって白い小石を勢いよく射出する――!!
石は輝きを放ちながら、グングンと空に吸い込まれるかのように上昇していく……。
天を突き破る流星があるとしたら、こんな感じかもしれない……などと、俺は柄にもなくそんな事を感じたりしていた。
「――なッ!?……もう一つの“固有転技”、だって!?」
このヘンゼルさんの"固有転技"の事を知らなかったらしいライカは、当然の如く驚愕の声を上げていた。
だが、今さら何をしたところで自分を止める事など出来やしない、と言わんばかりにそのままヘンゼルさんへと突撃してくる。
……敵がすぐそこまで迫っているのに、この人空に石なんか投げてどうするんだ!?
そんな風に急いで思考を現実に切り替えた俺は、気がつくと、無我夢中でヘンゼルさんに向けて叫んでいた。
「……どこ狙ってんだよ、ヘンゼルさん!!そのスキルがどんな効果か知らないけど、せめて相手にぶつけなきゃ意味がないだろ!?――ヘンゼルさんッ!!」
他のプレイヤー達も、ヘンゼルさんのこの“固有転技”とやらは初めて見るのか、異口同音に俺と同じような言葉をヘンゼルさんに向けて叫ぶ。
そんな俺達の動揺を前にしても、ヘンゼルさんは動じることなく静かに告げる。
「大丈夫。……決着は、既についている」
そういうや否や、彼の言葉通り俺達の眼前で信じられない光景が起きていた……!!




