“転倒者”:ライカ
俺達の前に現れた狼の獣人女性、“転倒者”のライカ。
エルフ達とのやり取りや、ヘンゼルさんの反応を見る限り、このライカという女性はどうやら異種族側に与する存在であるらしい。
案の定ライカは、ヘンゼルさんに対して好戦的な笑みを浮かべながら「んな訳ないだろ」と告げる。
「この森林の獣人やエルフ達で大規模攻勢を仕掛ける、って名目でようやくアンタ等のところの王様を引きずりだす事に成功したんだ。……こちらの動きがバレにくい少数による奇襲とはいえ、流石にこの子達だけに“転倒者”であるアンタの相手を全部任せっきりにするほど、ウチらは人手不足でもなけりゃ薄情でもないんでね……!!」
そう告げるライカに対して、この場から逃亡しようとしていた魔術師エルフのお姉さんがおずおずと切り出す。
「あ、あの~……情に厚いライカ様なら、逃げようとした私達をむやみに処罰しようとしたりしないですよね?」
そのように縋りついてくるエルフの二人組に苦虫を噛み潰したような顔をしたライカだったが、すぐに投げやりともいえる表情で答える。
「さっきも言った通り、敵前逃亡なんてのは種族を問わず論外に違いないが……今のアタシはヘンゼルの相手で忙しいから、アンタ等二人はあのフクロウに手間取っているあの子らをさっさと助けてあげな。それで今回は特別にチャラにしておくさね」
「ハ、ハイ!喜んで!!」
「それじゃあ、気合いを入れて私達で、エロフクロウ絶滅週間ですー!!」
それぞれの返事をしながら、エルフの二人組が獣人と乱戦中の3ピース・ホロウに狙いを定めて迫ろうとしていた。
「あのライカっていう“転倒者”がどのくらい強いのかは分からないけど……このまま3ピース・ホロウが四人ものムチプリ♡お姉さん達の相手をすることになったら流石に戦況が崩れることになる!!――オボロ、キキーモラさん、行くぞッ!!」
「改めて見たらろくでもない構図だけど……アタシは異議ナシッ!!」
「了承です。リューキ様……!!」
そう口にしながら、俺達はエルフの二人組に向かって駆け出していく――!!
リューキ達三人がエルフを、3ピース・ホロウが単身で獣人とそれぞれの相手と死闘を繰り広げる。
微塵も予断が許されない状況下において、“転倒者”であるヘンゼルとライカは静かに対峙していた。
リューキ達と違ってまだ戦闘が始まっていないにも関わらず、どこよりも濃密な闘気が二人の間に充満する。
そんな中、先に口を開いたのはやはりと言うべきか、ヘンゼルの方であった。
敵対する相手に向けるとは思えない、親しい友人に挨拶するかのような気軽さでヘンゼルは人狼の女戦士へと問いかける。
「いくら人材が豊富だとはいえ、作戦を放り出すような部下を許していては他の者達に対して示しがつかないんじゃないかな?君の決断の甘さは、お菓子好きの僕からしても少しいただけないと思うよ?」
それに対して、ライカがバツの悪そうな顔で苦笑しながら言葉を返す。
「アンタの言う通り、かつてたったの四人で敵の大軍を食い止めたアタシからすりゃ、持ち場離れて逃げ出すなんざ、到底許せるはずがないさね」
「……けどまぁ」とライカは続ける。
「この大森林に住んでいる連中は、アタシには出来ないやり方で“プレイヤー”っていう連中と戦っているわけだからね。自分が出来ない事をやってる子らに、あんまり無理強いし過ぎるのは気が引けるってだけの話さね」
「……甘い、と断じるよりかは君自身の流儀の話だったか。これは大変失礼した。――でも、だからこそ、君のように部下の事も案じられる優れた戦士こそが、こんな奇襲作戦に参加するよりも、異種族の軍勢を指揮して僕達の“王”と相対する方が適切だったんじゃないかな?」
そんなヘンゼルの言葉を聞いて、何がおかしかったのか、ライカが盛大に噴き出してから鼻で笑う。
「それこそあり得ないだろう!アタシは見ての通り私情を挟みすぎて『自分に出来る・出来ない事』を勝手に選り好みするし、他人に対しても到底キッチリ公平の判断なんて出来やしないんだ。――それに、なんだかんだ言ってるが、ウチんとこの“アイツ“もあぁ見えて統率力っていう意味ではなかなか良い線行ってるし、アタシはこうして好きなように直接やり合うほうが向いているってもんさね!!」
それで話は終わったと言わんばかりに、爪を立ててライカが構える。
「さぁ、そんじゃおしゃべりも済んだことだし、いっちょド派手に決めるとするよ……!!」




