ヘンゼルの決断
エルフお姉さんからもたらされた三つの選択肢。
それに対して、ヘンゼルさんは――。
「君の防御障壁とやらがどの程度の代物かは知らないが、君達を相手にするなら“固有転技”どころか、小石を使うことすらもったいないくらいだよ。――ゆえに、僕が今すべきことはただ一つ!!」
そう言うや否や、ヘンゼルさんは俺達の前で勢いよく服を脱ぎ始める――!!
「ここは僕が君達をまとめて、お菓子よりも甘い魅惑のひとときに誘うのみだ……!!」
臨戦態勢となった相手を見て、ゴクリと喉を鳴らす異種族のお姉さん達。
そんな眼前の敵を前にして、ヘンゼルさんは不敵な笑みを浮かべていた。
「――って、ヘンゼルさん!アンタやっぱり単なる変態じゃないか!?」
思わずそのような叫び声を上げる俺だが、それも無理はない事だろう。
なんだかんだ格好つけた事を口にしているけど、ヘンゼルさんはマトモに戦う事を放棄して綺麗なムチプリ♡お姉さん達とShippori and the Cityな行為にふけりたいだけなんだ……。
そんな俺の気持ちに同調したかのように、味方の女性陣であるオボロからも、非難の声が上がる。
「い、いきなり、女の子の前で脱ぎ始めるなんて信じらんない!……でも、改めて見るとヘンゼルさんって、凄い均整取れた身体つきしてるかも……♡」
……非難の声を、高らかに上げろッ!!
相手がイケメンだったら、何をしても許されると思っているのか!?
そんな風に憤りを感じていた俺や恥ずかしがりながらチラ見しているオボロとは対照的に、冷静な眼差しで状況を観察していたキキーモラさんがポツリと呟く。
「……かつて、私達を爆弾で脅迫していたマリオという狼藉者は、『自分達は、“プレイヤー”だからそういう事は出来ない』と言っていましたが……“転倒者”という存在であるヘンゼル氏は、そのような行為をしても無事で済むのでしょうか?」
その言葉を聞いてハッ、と気づかされる俺とオボロ。
当のヘンゼルさんは自身に群がる獣人やエルフの女の子を相手に、果敢に“異種族交戦”とで言うべき闘争劇を始めようとしていた。
「ステータスが見るからに普通じゃないっぽいし、“転倒者”ならプレイヤーが死ぬようなことをしてもある程度は大丈夫、なのか……?」
そんな風に楽観的な判断を口にする俺だったが、突如「馬鹿野郎ッ!!」という怒声を浴びせられる!!
驚いてそちらに顔を向けると、泣きはらしたような目で俺を睨んでいた声の主は、俺達をここまで案内してきたロクローだった。
いや、ロクローだけじゃない。
その周囲の男性プレイヤー達も皆、奴と同じような悲痛な表情で迂闊な事を口走った俺や、ヘンゼルさんを見つめていた。
仲間達の声を代弁するかのように、ロクローは残酷な事実を告げる。
「確かに、ヘンゼルさんはShippori and the Cityな行為をしても、俺達のような“プレイヤー”とは違うから、簡単に光の粒子になって消えたりはしねぇ。……だけど、そういうこのゲーム本来のシステムで許されない行為や、敵にダメージを与えるために“固有転技”を使用するたびに、“転倒者”は代償にこの世界での存在が、どんどん稀薄になってしまうんだ……!!」
「ッ!?な、なんだって!!」
あまりにも衝撃的な事実を前に、驚愕の声を上げる俺。
周囲のプレイヤー達は、ロクロ―の説明に続くかのように、さらに言葉を重ねていく。
「レ、レベル差とか単純なステータスなんて話じゃねぇ!……異種族の女どもはムチプリ♡し過ぎていて、どれだけ頑なに警戒していても、アイツ等にイヤらしく媚びるような上目遣いや、男心をくすぐるような声音で誘惑されちまうと、女日照りな俺達は戦う事も忘れてアイツ等に飛びついちまうんだ~~~ッ!!」
「ヘンゼルさんは、そんな俺達“プレイヤー”が奴等の色香にはまって昇天しないように、アイツ等を性的に返り討ちにしようと、自らの存在力を犠牲にしてでも、俺達の分までアイツ等と戦ってくれているんだ!!」
「オォ~!!漢だよ〜!ヘンゼルさん、アンタは漢だよ~~~ッ!!」
ヘンゼルさんへの感謝と申し訳なさで、むせび泣く男性プレイヤー達。
そんな彼らに対して、
「なに、みんなを守るためなら容易いものさ……!!」
と、全裸とは思えない――いや、ある意味だからこそなのか、清々しいまでの口調で何でもない事のように返事するヘンゼルさん。
だが、言うほど事態は容易ではないはずだ。
ヘンゼルさんが、これまでどのような状況でShippori and the Cityな行為をしてきたのかは知らないが、いくら何でも四人ものムチプリ♡お姉さん達から一斉に女の本音を見せつけられては、流石に苦戦する事は間違いない。
俺には、確かに“BE-POP”という道理を無視した事が出来る能力値があるが――『過激な性描写のライトノベル』を開くだけで、あれほどの消費とダメージまで負ったのに、それより遙かにハードルが高いそういう全年齢を飛び越えた行為なんかに挑んで、命が無事に済むとは思えない。
そう判断した俺は自身の願いを託すつもりで、力強く言葉を口にする――!!
「ここまで運んでくれたうえに、さらに働かせる事になってすまないな。――だが、今の俺じゃ届かない領域を切り開くため、お前の力を貸してくれ!……“3ピース・ホロウ”ッ!!」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス!!」
俺の意思に呼応するかのように、勇ましく声を上げながらダブルビースをした3ピース・ホロウが駆け出していく。
「な、なんなのコイツ!?魔物のくせに、アタシ等に歯向かうなんて!!」
「うろたえないで!こういう筋肉を見せつけてくるような奴って大抵ドМに違いないから、踏んづけたりしながらイジメちゃお♡」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス♡」
3ピース・ホロウはそんな台詞を聞くや否や、自分から獣人お姉さん達の足元に向けて、踏まれやすいように仰向けの状態で滑り込ませていく。
「キャハハッ!コイツ、自分から志願してくるとか、本当にウケる!」とか「簡単に、アタシ等からご褒美貰えると思ってんじゃねぇぞ、オラァッ!!」などと言われながら、獣人の二人組に踏まれてイジメられているが、あの様子ならとりあえず当分は二人を相手に善戦できることは間違いない。
そんな3ピース・ホロウの活躍を見たヘンゼルさんが、先程とは違う心からの笑みを浮かべる。
「ありがとう!これで、僕が相手をする分が大分楽になったよ!!」
「クッ……!!流石に、私達か弱いエルフ系女子二人では、技巧をこなしたおもてなしをしたところで、ヘンゼル相手には分が悪い!ここは逃げるわよ!」
「ハ、ハイー!!腰砕けになってメソメソしてるところを、イケメンとはいえ人間なんかに『大丈夫だったかい……?』とか、甘い言葉を囁かれて心配とかされちゃうの、とってもとってもイヤです~~~!!」
先ほどまでの妖艶な態度から一転して、決死の表情を浮かべた魔術師エルフのお姉さんが、もう一人のエルフを引き連れて逃走を図る。
これで、あとはフクロウが相手をしている獣人達を何とかすれば良いだけ……と思っていたその矢先だった。
「オイオイ、敵前逃亡は流石にマズイだろ。アンタ等さぁ……!!」
「ア、アナタは……ッ!?」
「ヒェ~!です~~~!!」
エルフの二人の前に姿を現したのは、一人の獣人の女性だった。
年齢は大体二十歳くらいだろうか。
日焼けした健康的な肌と、グラマラスな身体つき、研ぎ澄まされた爪と狼を彷彿とさせる耳は、まさに人狼の女戦士といった様相だった。
だが、これまでと同じようなムチプリ♡な獣人お姉さん達とは比べ物にならない、迫力のようなものを俺は感じ取っていた。
それが単なる気のせいなんかじゃない事を証明するかのように、この人狼の女戦士の名前やレベル表記もヘンゼルさん動揺にバグに浸食されていた。
「これって、まさか……!!」
聞いていたが、まさかこんなところで出会うなんて……!!
そんな意味を含んだ俺の呟きに対して答え合わせをするかのように、ヘンゼルさんが相手へと問いかける。
「まさか、君がこんな程度の低い奇襲作戦に加わっているとはね。次は君が相手をしてくれるのかな?――“転倒者”のライカ」
静かながらも、これまでになかった闘気が含まれたヘンゼルさんの言葉。
到底友好的といえない事は誰から見ても明らかであり、場が一斉に緊張感に包まれる。
かくして、異なる陣営の“転倒者”による新たな戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた――。




