大森林を統べる者
「誰も抜け出すことが出来なくなった……だって!?なにを言ってるんだ、ヘンゼルさん?俺達が3ピース・ホロウと戦い、ロクローと出会ったのは、この大森林に入ってすぐの場所だったんだけど……?」
突拍子もないヘンゼルさんの言葉に困惑する俺。
だが、俺の発言を否定したのは、当のヘンゼルさんではなくロクローだった。
「それこそ、そんなはずはないだろう!!……俺は、いや、俺達はみんなここから抜け出すために、命の危機に曝されながらも日夜この大森林の中を探し回っているんだぞ!?」
「ロクロー、その言い方だと君には彼らの周囲に出口らしきものは、全く見えなかった……という事で良いのかな?」
ヘンゼルさんの問いかけに対して、ロクローが泣きそうな顔になりながら縋るような表情で答える。
「信じてください、ヘンゼルさん!俺、絶対に嘘なんかついてないです!!……本当に、俺がコイツ等と会ったときには、そんな入り口なんて何もなかったッス!!」
「分かってるさ、ロクロー。僕は君の言う事を疑ったりなんかしていない。……それにしても、道に迷わせるだけでなく、認識阻害まで行われているのか。ここに閉じ込めることに関しては、まさに筋金入りだな……!!」
ロクローの発言を受けて、何やら一人分析をするヘンゼルさん。
そんなヘンゼルさんに対して、まだ緊張を解ききってはないらしいキキーモラさんが真剣な顔つきで再び疑問を投げかける。
「ヘンゼル様、私共には未だに全容が分かっていない部分が多々あるのですが、この“シスタイガー大森林”にいるプレイヤーの方々は、“獣人”といった異種族から単なる戦闘だけではない何らかの攻撃を受けている、という事でしょうか?」
そんなキキーモラさんからの問いかけに対して、ヘンゼルさんが険しい表情で答える。
「……それは、ほんの一部といったところかな。“獣人”や“エルフ”といったこの大森林に住んでいる異種族達は、現在ある人物によって率いられているんだ」
「ある人物、ですか……?それは、一体……?」
“獣人”も“エルフ”も種族が大分違うように思えるが、実際は結構仲が良いんだろうか?
エルフとはあった事がないけれど、ゲームやラノベに慣れ切った人間だから、そんな聞くだけで色々と生態系やら能力が違う両種族をまとめ上げるとか、何がしらの能力が優れた人物なんだろう。
戦闘能力が優れた獣人が腕っぷしで、全員を従わせているのか?
それとも、知恵に優れたエルフの指導者なんかが、優れた統治方法とやらで巧みにまとめ上げているのか?
だが、結論から言うと、そんな俺の予想はどちらも外れていた。
ヘンゼルさんが、おもむろに“正解”を俺達に告げる。
「この“シスタイガー大森林”の異種族達を束ねているのは、“お菓子の家の魔女”と呼ばれる女性。――つまり、僕と同じようにこことは異なる世界からやってきた“転倒者”と呼ばれる存在なんだ」
「――!?ヘンゼルさんと同じ“転倒者”が、プレイヤー達を襲っている異種族達の首領だって!?……“転倒者”ってのは、俺達の味方じゃないのか!?」
椅子を倒す勢いで立ち上がってしまったが、そんなことに構っている場合じゃない。
なんせ俺は、オボロやヘンゼルさんのように俺達“プレイヤー”に協力的・もしくは好意的なのが、“転倒者”なのだと思っていたからだ。
それが、まさかプレイヤー達と敵対している異種族側につく“転倒者”もいるなんて……。
俺の認識が間違っているのが当然と言わんばかりに、あるいはそんな“転倒者”への期待を裏切られた者達を見慣れているかのように、動じることなくヘンゼルさんが俺の発言を否定する。
「違うよ、リューキ君。僕は先ほど君にこう述べたはずだ。――『僕達のような“転移者”はそれがどこであろうと、相手が誰であろうと、自分の在り方を貫き通すだけ』とね。ゆえに、彼女にとっては、プレイヤー達よりも、異種族側につくことの方が自身に適している……と、思えたんだろうな」
「そんな……」
ヘンゼルさんのような俺達四人がかりでも敵わないうえに、この集落のプレイヤー達が黙っていう事を聞くくらいに強い“転倒者”という存在が、向こう側にもいる。
理屈では理解出来ても、到底心情的に納得できるものではなかった。
そんな俺に対して、ヘンゼルさんはさらに絶望的な事実を突きつける。
「“お菓子の家の魔女”の下には、異種族達以外にも、数名の“転倒者”達がいる事が確認されている。……こちらの陣営にも、僕以外に二名の“転倒者”がいるんだけど、現在一人は敵の拠点に囚われている。状況は、日増しにこの森林にいる“プレイヤー”にとって厳しいものになっているんだ……」
そう言ってから、ヘンゼルさんは立ち上がると、俺達全員を見渡してから、ゆっくりと意思を込めるかのように言葉を紡ぐ。
「本来なら、まだこの場所に来たばかりの君達にこんな事を頼むのは、はた迷惑以外の何物でもないかもしれない。だが、今のこの状況を打破するために、そして君達自身がこの“シスタイガー大森林”を抜け出すためにも、君達の力が必要なんだ!……頼む、“転倒者”である僕から見ても稀有な君達の力を貸してはくれないか?」
「きょ、協力って、いきなり言われてもそんな……!?」
ヘンゼルさんの申し出を前に、顔を見合わせて迷う俺とオボロ。
立て続けに色々な情報を聞かされて、理解が追いついてない状態でそんな事を聞かされても……いきなり、そんなのを決断できるわけがない。
とりあえず、何とか結論を先延ばしにしようと、とにかく何か言わなきゃと思っていた――そのときである。
突如、この建物の入り口が勢いよくバン!と開けられたのだ。
あまりにも大きな音に驚きながらそちらを見ると、ヘンゼルさんの指示で先ほどロクローを拘束していたプレイヤーの一人が、息を切らせながら切羽詰まった表情で俺達に視線を向けていた。
そして、ヘンゼルさんが口を開くよりも早く、力強く声を張り上げる――!!
「た、大変です!!この村の中にまで、異種族の連中が襲撃してきやがりました!!」
そこまで口にしてから、男は盛大に泣き崩れる。
「……情けない話だが、俺達じゃアイツ等には到底太刀打ち出来ねぇ!ヘンゼルさんッ!!無理を承知で、どうか頼みます!」
見れば男のレベルは38で、武器も装備もなかなか上質のものを身に着けている。
なのに、そんなプレイヤーでも歯が立たないほど、この集落に侵入した異種族達は強いのか……!?
表情には出さないようにしたつもりだが、密かに内心で戦慄する俺。
だが、そんな俺とは対照的に、ヘンゼルさんは涼やかともいえる声音でプレイヤーに了承の意思を伝えてから、何の気負いもなく俺達へと告げる。
「話の途中にも関わらず、慌ただしくなってしまってすまないね。……お詫びと言ってはなんだが、ここから先に君達がどんな決断をすることになるにせよ、この大森林の異種族を相手にどのように対処すれば良いのかを僕の戦闘をもとに、参考にしてみると良いんじゃないかな」
余裕ともいえる発言をしながら、入り口へと向かって進んでいくヘンゼルさん。
異種族の奇襲という非常事態と、ヘンゼルさんの実力を確かめるために、俺達も急いで彼の後についていく事にした――。




