”転倒者”:ヘンゼル
“転倒者”――。
これまでプレイしてきたこの≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲーム……いや、俺の人生レベルで全く聞いたことのない単語である。
ヘンゼルさんがどういう存在なのか理解していたらしいオボロなら何か分かるかと思ったが、どうやらオボロもこの単語自体は耳にした事がないらしく、怪訝な表情を浮かべている。
そんな俺達の表情から、こちらの心情を察したのか、ヘンゼルさんが
「あぁ、“転倒者”ってのは要は僕が今言った通り、リューキ君達のような“プレイヤー”がもともと暮らしていた”二ホン”という場所とは異なる世界・あるいは別の時代?から、このゲームの中にやってきた異邦人……くらいの意味合いさ」
と、簡単に説明してくれた。
彼は笑顔を浮かべながら、この集落の中心に聳え立つ大きな木造建築に目を向ける。
「まぁ、こんな格好のまま立ち話するのもなんだし、“あの人”に許可も貰っている事だから、とりあえず今はあそこで休憩するとしよう。……ロクロー、君もおいで」
「ウッス!了解です!!」
そう返事したロクローを連れて、ヘンゼルさんは建物に向かって歩き出していく。
今のやり取りからすると、ヘンゼルさんがロクローの言っていた”あの人”じゃないのか?
そんな疑問が脳裏に浮かんだが、今はもう戦闘する空気じゃないし、みんなこれまでの旅路でへとへとに疲弊しているので、俺達は大人しくヘンゼルさん達の後ろについていく事にした……。
俺達が通されたのは、この建物の大広間だった。
そこでまず初めに俺達は、ヘンゼルさんから着いて早々に俺達の実力を試したことに対するお詫びの言葉と回復アイテムによる治療を受けて、ようやく万全の体調になることが出来た。
「ふぅ~、本当に散々だったわよ!……でも、本当にヘンゼルさんって”獣人”じゃなくて、普通の人間なの?」
そんなオボロの質問に対して、ヘンゼルさんが「あの格好は、好きでやってたわけじゃないよ!」と、笑顔で返答する。
ヘンゼルさん曰く、あの格好と鬼のような仮面は、自分が何者なのかを俺達に分からせないようにするための変装であるとのこと。
そのため、現在のヘンゼルさんは当然の如く着替えており、さっきのズボンと白いシャツ、その上にチュニックを着こなしており、先ほどの野性味あふれるワイルドなイメージから一転、まさに非の打ち所がない好青年といった印象だった。
(個人的にはモロ西洋人って感じなのに、室内で靴をキチンと脱いでいるのが意外だったが……まぁ、西洋人っぽい外見だからって、別にみんなが靴を履いて生活しているわけでもないか)
訊ねたオボロとしては、『どうして、自分の”瘴気術”が通用しなかったのか?』という意味の質問だったようだが、あからさまにはぐらかされた返答だったあたり、不満のようだ。
(まぁ、少なくとも今はヘンゼルさんもその答えとやらを俺達に教えるつもりはないんだろうな……)
そう結論づけた俺は、これ以上考えても仕方ないことから思考を切り替えるために、室内を見渡す。
この建物には、集落の偉い人物が住んでいるらしいだけに、室内は割と綺麗に手入れが行き届いている。
室内の装飾品は東南アジア的ともいえる雰囲気であり、壁にはヘンゼルさんがつけていたような感じのお面が何種類か立てかけられていた。
……これが、この家の主の趣味なのだろうか?
そんな風に室内を見渡していた俺達に、ヘンゼルさんが語りかけてきた。
「僕達の仲間で本来のこの家の主がいるのだけれど、現在所用でここを離れていてね。その間のある程度の交渉などは、僕に一任されているんだ。――とまぁ、そんな訳だから早速話を始めようか」
ヘンゼルさんに促されるまま、俺達は木製の椅子に座り、同じように正面に座ったヘンゼルさんと向き合う形となっていた。
ヘンゼルさんから許可をもらってキッチンで準備をしてくれたキキーモラさんとロクロー。
二人が持ってきた甘い味のするお茶と、ドライ・フルーツなどをつまみながら俺達は雑談のようにこれまでのこの世界での自分達の旅路をヘンゼルさんに語っていく。
ヘンゼルさんは盛大に笑ったり、真剣に感心したり、ときには俺達以上に悲しんだりしながら、親身に話を聞いてくれた。
「君達の話を聞いていると、不謹慎かもしれないけど……かつて妹とともに”お菓子の家の魔女”のもとで過ごした日々や、あのとき感じた一言では言い表せない様々な感情を思い出すよ。――本当に、今となっては全てが懐かしい……」
「えっ!?ヘンゼルさんて、本当にあの”ヘンゼルとグレーテル”のヘンゼル本人なんですか!?」
オボロやキキーモラさんは全くピンと来てない……というか、存在自体を知らないらしく、俺が何に驚いているのか分からないとでも言いたげに、頭に疑問符をつけるかのように首を傾げていた。
一方で、そんな俺のリアクションが面白かったのか、ヘンゼルさんが声を上げて愉快そうに笑う。
「道理を無視した力を行使するはずの“山賊”の君でも、他のプレイヤーと同様の反応をしてくれるんだね!……僕にとっては、それがどの話なのかは知らないが、君達の世界では僕と妹の幼かった頃の冒険が非常に有名のようだ。僕らの世界と君達の世界を行き来する誰かさんがいたりしたのかな?」
ヘンゼルさん曰く、彼にとってはあの有名な”お菓子の魔女”との遭遇などもほんの十年前くらいの話なのだという。
もしもこの話が本当だとしたら、俺達がいた世界とヘンゼルさんが暮らしていた世界の時間の流れ方が違うとかそういったところだろうか。
(……いや、今はそんな互いの世界の事よりも、現在この“シスタイガー大森林”という場所で何が起きているのかを確かめないと、だな……!!)
そんな俺が内心の想いを言葉にまとめるよりも先に、キキーモラさんはヘンゼルさんに向けて問いかける。
「ヘンゼル様、異なる世界で生きているはずの”転倒者”と呼ばれる方々が、何故何の関係もないはずのこの世界に現れるのでしょうか?そして、ヘンゼル様はこの”シスタイガー大森林”という場所でプレイヤーの皆様を集めて何をなさろうとしておられるのですか?」
……?なんだろう。
単に怒っている、というのも違う『確かめねばならない』とでも言いたげな”圧”とでもいうべきものを、キキーモラさんの言葉から俺は感じた。
さっきまで物腰柔らかくお茶とドライフルーツを用意してくれた親切なキキーモラさんと、同一人物とは思えない静かなる気迫だが……。
まぁ、俺の仲間になったとはいえ、“魔物”であるキキーモラさんからすれば、自分達のような存在を討伐する“プレイヤー”達を束ねるヘンゼルさんの事は、あまり好意的には受け取れないのかもしれない。
(てゆうか、よくよく考えなくても俺達はヘンゼルさんに不意打ちされたようなもんだし……謝罪や治療をされても、仲間であるキキーモラさんとしては感情的に割り切れない部分もあるのかもな)
普段のキキーモラさんらしくない厳しい態度をそのように判断する俺。
諫めるにせよ、同調するにせよ、とりあえずここはヘンゼルさんの反応を見てからにすることにした。
キキーモラさんの問いかけに対して、苦笑を浮かべてから、すぐに彼女同様に真剣な顔つきになってヘンゼルさんが答える。
「僕達のような”転倒者”という存在が、何故この世界に来たのかは分からない。……ただ、誰かに呼ばれたのか、それとも自身の何らかの原因でこの世界への入り口を開いてしまったのかは分からないけれど、僕達のような“転移者”はそれがどこであろうと、相手が誰であろうと、自分の在り方を貫き通すだけ――それしか出来ない、と言っても過言ではない」
そう言いながら、ヘンゼルさんは自身の意思を込めて、力強く宣言する――!!
「僕のやるべき事。――それは、この誰も抜け出すことが出来なくなった“シスタイガー大森林”に囚われたプレイヤー達を、ここから無事に帰還させることだ……!!」




