”鬼”の正体
咄嗟の叫びを耳にして振り返ると、そこには、息を切らしながらも何とか拘束を解いたロクローの姿があった。
ロクローが見つめる先にいたのは、当然の如く鬼仮面の男。
この態度からして、どうやら知り合いのようだが……。
ヘンゼル――それが、このプレイヤーの名前なのか?
もしくは、この集落のプレイヤー達に味方する変わり者の獣人か何かだろうか?
若干バツが悪そうにしているようにも見える”ヘンゼル”という男に向けて、なおもロクローが言葉を重ねる。
「確かに、コイツ等は異種族のプレイヤーやら魔物連れて妖しさMAXだけどさ、コイツ等は紛れもなく俺の命を助けてくれた恩人なんだ!!獣人達やそいつらを率いている”あの女”が、そんなまどろっこしい手段を使ってまで、スパイを送り込むような真似をするはずないって、アンタなら分かるだろ!?」
それに対して、鬼仮面がこれまでに見せなかった涼やかな声――こちらが素の部分なのか、自然なイケボでロクローに答える。
「君の恩人を試すような真似をして悪かったね、ロクロー。……だが、君の主観だけを鵜呑みにするわけにはいかないほどに、追い込まれているのが僕達の現状だという事は、君も理解しているはずだ。……とはいえ、見極める必要性があったとはいえ、手荒なことをしたのは事実。そこは本当にすまなかったね。みんなもこれ以上、ロクローを拘束する必要はないよ」
どうやら、この鬼仮面に指示されていたらしい他のプレイヤー達が、ロクローの手足の拘束を解き始めていく。
なるほど……自分の正体を部外者である俺達にネタ晴らしされたくなかったから、この集落のプレイヤーであるロクローに喋らせないようにしようとしていたんだな。
とにかく、そんな鬼仮面の発言を聞いて、今度はロクローの方がバツが悪そうに押し黙る。
……それにしても、なんだ?ロクローの態度やヘンゼルとかいう奴の発言からして、この大森林には何かあるのか?
エチチッ!な感じのお姉さん達が男の子プレイヤーに襲い掛かってくるだけの危険スポットだと思っていたんだが……。
そんな事を考えている間に、ヘンゼルはこれ以上戦闘を続ける気はないという意思表示か、ゆっくりと鬼の仮面を外していく。
仮面の向こうから素顔を見せたのは、ヨーロッパ風の顔立ちをしたイケメンだった。
年齢で言ったら、俺よりも一つか二つくらい上な感じ、か……?
少なくとも、外見では獣人らしさは全くなく、どこからどう見ても完全に上半身裸で裸足なだけのイケメンだった。
……実質、単なる変質者じゃん。
でも、こんな奴でも顔が良いからって無罪になるんでしょ?ハイハイ、ヤダヤダ。
おおかたオボロが予想していた”正体”とやらも、こういう仮面をしていたから同じ”妖怪”の鬼っぽい誰かと勘違いしちゃったんだろうな。
現に、鬼の正体は漂流した外国人って説もあるみたいだし。
だが、オボロは拘束を解いて、ヘンゼルの顔などをまじまじと見てから「やっぱり……」などと呟く。
「えっ?どういう事だよオボロ?……このヘンゼル?さんっていう人のそっくりさんが、オボロの知り合いにいるのか?」
それに対して、オボロが”否”の意味合いを込めて首を横に振るう。
「ううん、アタシはこの人の事なんか微塵も知らないし、多分この人は私の故郷とは何の接点もない人だと思う。……ただ、直感めいたものだけど、一目みたときから、この人はアタシと同じようにこの”ゲーム”とは違う別の世界からやってきたんだって事だけは、なんとなく分かってた……!!」
「別の世界から来た……?な、なんだよそれ!俺達のような”プレイヤー”みたいな存在の事じゃないのか!?」
そう言ってからすぐにヘンゼルという男の方へと視線を向ける俺。
戦闘中は眼前の危機に必死で気づかなかったが、見れば確かに頭上のヘンゼルの名前表記が、ノイズが走ったかのように文字化けしている。
それは、まるでこの世界のバグだとでも言わんばかりに、システムに拒絶された証であるかのような印象を見る者に与えている……。
既に外している辺り、これが鬼の仮面による効果……という訳ではないんだろう。
困惑する俺やオボロに対して、ヘンゼルと名乗る青年が、これまで死闘を演じたとは思えない爽やかな笑顔で話しかけてくる。
「君達にも大変失礼な事をしてしまったね。許して欲しい……とは言わないが、僕の事なら煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないよ。まぁ、そういうのが通じるかは疑問だけど」
……ん?
いや、謝ったようには見えるが、これって挑発されてる……のか?
いや、でも自然にサラリと口にしてるし、表情とかからして毒気がないというか、ただ単に本当の事を言っただけでこちらへの悪意とか敵意というものは全く感じられなかったし、こんな発言のはずなのに何故か申し訳なさとか俺達と真剣に向きあおうとしている感情があるように感じられた。
現にオボロも、どうしたら良いのか測りかねているかのように、頭の上にクエスチェン・マークを浮かべているようだ。
軽く困惑している俺達に頷きながら、笑顔でヘンゼルが言葉を続ける。
「君達の事は、ロクローがこの『集落』の門番に話した報告から、既に聞き及んでいるよ。君達がリューキとオボロ、そして後ろにいるのがキキーモラとこの大森林でも見かける3ピース・ホロウという魔物だね?」
見ようによっては、禍々しいともいえる名前表示の印象とは裏腹に、爽やかともいえるヘンゼルからの呼び捨ては不思議と不愉快にはならなかった。
オボロも同じような感じだったのか、素直にヘンゼルの言葉にうなずく。
そんな俺達の反応に満足そうな表情を浮かべてから、すぐにヘンゼルは真剣な表情へと切り替える。
「僕達のように本来招かれざる客人でありながら、この世界に認められた”妖怪”という存在のオボロ、そして、そんな彼女をこの世界へと導いた”山賊”としての力を持つプレイヤーのリューキ。……君達のようなイレギュラーな存在なら、この膠着しきった現状を打破して、この大森林を――いや、この≪PANGAEA≫という世界の、新時代を切り開くことが出来るかもしれない……!!」
膠着しきった現状の打破……?
見渡してみれば、周囲のプレイヤー達の男達も険しい表情をしている辺り、ここは見かけほどただ単にスケベなクオリティに満ちただけのスポットという訳ではないことは明らかだ。
なんだ……この場所で一体何が起きているんだ!?
そんな俺に対して、これまで以上にすまなさそうな苦笑を浮かべながら、ヘンゼルが自身の名を告げる。
「改めて、名乗らせてもらうとしよう。――僕の名前は”ヘンゼル”。君達プレイヤーとは異なる形でこの世界へと転がり落ちてきた”転倒者”と呼ばれる者達の一人だ」




