謎の少女
”山賊領域”を不発で終わらせたはずの俺の前に出現したのは、小柄な一人の少女だった。
両サイドの髪をお団子のように結び、全体的に幼さを感じさせる愛くるしい顔立ちは、現在ギュっと閉じられている。
青色をベースとした配色に、裾だけがミニ丈という見ているこちら側がドギマギしそうな着物が印象的だったが、俺はすぐにその興味を頭部の方に移すこととなる。
彼女の頭の上からはちょこんと小ぶりの耳、お尻の付け根あたりから尻尾が生えており、さながら”獣人”とでも言うべき容姿をしていた。
(プレイヤー、じゃないよな?……自由度は比較的高いゲームだったけど、この≪PANGAEA≫は人間のキャラクターしか選べないはずだし……)
エルフや獣人といった種族もいないわけではないらしいのだが、プレイヤーがそれらの種族になることは出来ないらしく、人間でしかプレイ出来ない事と”山賊”の絶望的な弱さなどは、この≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲームの数少ない不満点として真っ先に挙げられていた。
何より俺の前に出現したこの少女が異質だったのは、彼女の頭上にHPバーはおろかキャラクター名すら出ていなかった事である。
彼女が戦闘に関わらないNPC、もしくは特別なイベント用のキャラクターだとしても、何も名前すら表記されないのはまさに異様としか言いようがなかった。
そのように困惑する俺の前で、獣人(?)ミニ着物少女がパチリ、と目蓋を開いていく――。
涼やか、ともいえる瞳がゆっくりと開かれていき、そして――。
「……え、えぇっ!?何で、いきなり目の前に変なデカいカタツムリがいるのよッ!?……ッ!?ちょっと、そこの冴えないアンタ!どういう事なのか、説明しなさいよ!!」
全体的に青い色をしているからと、クールな性格だと判断したのは俺の勝手な偏見だったらしい。
もう少し、頭部ばかりではなくミニ丈の着物部分に目を向けるべきだったと内心で深く反省する俺。
そんな俺の視線にも気づかず、彼女はカタツムリを目にして盛大に驚いてから、すぐに慌てて俺の方へと詰め寄ってくる。
正体不明の相手とはいえ、俺も男子である以上女の子に頼られて悪い気はしない。
少し、ほんの少しドギマギしながらも、俺もこの状況を整理するために少女へと訊ねる。
「落ち着けよ。君こそ、一体誰なんだ?これは何かのイベントが発生している状況なのか!?」
訊ねてから、彼女が俺の思っている通りイベント用のキャラクターだったとしたらあまり意味のない質問だった事に気づく。
何故なら彼女がNPCなら、無駄なやり取りは無視してそのイベントを進めるための状況説明を感情たっぷりに話しながら、自身に与えられた役割をこなそうとするだけだろうからだ。
だが、そんな俺の質問に対して、
「ハァ!?アンタ、この状況で何ワケの分かんない事言ってんのよ!てゆうか、これって結局どういう状況なのか私が知りたいって言ってんのよ!!」
と、凄い剣幕でまくしたてる。
……えっ、何なんだ本当に?
しっかりとしたやり取りらしきモノが出来ている事に驚くモノの、突然の出現の仕方とか名前やHPバーの非表示という異常、さらに訳の分からない言動の数々を前に、俺の処理能力は限界を迎えようとしていた。
そんな俺に対して、獣耳少女は睨みつけるような視線のままグイッと、こちらに詰め寄ってくる。
……殊更大きいわけではないが、確かな存在感を主張する感触が俺の胸に押し付けられる。
ニヤケそうになるのを必死に堪える俺と、激しい怒気を溢れさせる少女。
彼女が話を切り出す前から、俺達の在り方が平行線である事は既に決定づけられた事象なのかもしれないかった――。
「ちょっと、ちゃんと人の話聞いてる!?大分消耗しているみたいだけど”BE-POP”の痕跡が感じられる辺り、アンタも”山賊”なんでしょ!!だったら、あんな奴くらいチャチャッと倒して、ついでにアタシをもとの場所に戻しなさいよね!」
彼女の言葉を聞いて、強制的に意識を現実に引き戻される俺。
……そうだ、俺はどんな能力やスキルを得たとしても、この世界で最も非力な”山賊”に過ぎなかったんだ。
そんな惨めな現実を見知らぬ少女から突きつけられる形になった俺は、力なく首を振る。
「……なら、君も分かっているだろう。俺は最弱の”山賊”なんだ。今だって、たかだかゴブリン一匹の後にあのカタツムリと遭遇しただけで生きるか死ぬかの状況に追い込まれているどうしようもない雑魚なんだよ……!!」
眼前の獣耳少女は俺の返答を聞いて、酷く驚いているようだった。
当然の如く失望や侮蔑の類かと思ったが……どうやら彼女はただ単に、困惑した表情を浮かべている。
「は?”山賊”が弱い、とか何言ってんのアンタ……よく分かんないけど、アンタは”山賊”としてまだ半人前とかそんな感じって事で良いワケ?」
「半人前……確かに君の言う通りかもしれない。俺は……」
悔しさと共に言葉を続けようとした俺を、彼女が自身の前に手を翳して話を遮る。
「オーケー、何となく察した。……でも、”山賊”が弱いって認識はやっぱり改めてもらわないとね!……いや、別にアタシも山賊なんかじゃないし、どうでも良いみたいな扱いしてきたかもしんないけど……」
何やらブツブツ呟き始める獣耳少女。
最後らへんは小声だったため聞き取りづらかったが、彼女は意を決したかのように俺に背を向け、カタツムリへと対峙する――!!
「良いわ!全くの無関係って訳でもないし、こうなったらアタシがアンタに”BE-POP”を使った戦いの真髄ってヤツを特別に教えてあげる!!」
そんな力強い宣言と共に、謎の少女は一気に眼前の敵へと駆けだしていく……!!