思わぬ提案
今倒したばかりの魔物を治療したいという口にするキキーモラさん。
それに待ったをかけたのは、今回戦闘に参加しなかったオボロだった。
グロッキーな状態から一転して、やや険のある顔つきになったオボロが、キキーモラさんに問い詰める。
「ちょっと、キキーモラさん!……確かにその武器を使用するのは今回が初めてだったかもしれないけど、戦闘なら今までだって一緒にこなしてきたはずでしょ?……仕込み刀を使うことに慣れてないとか、相手を傷つけるのが怖いとか言うのはまだ分からないでもないけど、倒した魔物にまで情けをかけるのは流石にやり過ぎだよ?」
訊ねるというよりも、咎めるようなオボロからの発言。
それに対してキキーモラさんは、困惑するでも苦笑を浮かべるでもなく、自身の正しさを信じているかのような迷いのない瞳でオボロに返答する。
「オボロ様、確かに自分でも分かっているつもりです。これまで、リューキ様やオボロ様が魔物を倒して命を奪う光景を何も言わず見ておきながら、自身で斬りつけた相手に対して、このような情けをかける行為をするのは”甘い”ともいえぬ愚行であると。――ですが、そのような道理とも言えぬ私自身のもっと深い部分で、『他の誰かならいざ知れず、私だけは何があっても彼らを排除するような事があってはならない』と、告げているように思えてならないのです」
「……なにそれ。それは同じ魔物同士だからって意味?でも、普通に野生の魔物同士でも喰うか喰われるかの命がかかった殺し合いとか普通にしてるよね?」
オボロの言う通り、俺達は大型の蟲系の魔物が鳥系の魔物についばまれたりする光景など、そういう光景はもといた『ホッタテ山』含めて割と見慣れている光景のはずだった。
だが、キキーモラさんの様子からすると、どうにもそういう食物連鎖的な話とか(当然の如く)俺が懸念していたような心がNTRたとかそういった話とも異なるらしい。
かと言って、それ以上はキキーモラさんも感覚的な話らしいため、上手く説明できないらしく場が気まずくなりかける。
――このままだと、流石に埒が明かないな。
そう判断した俺は、自分から二人に話を切り出すことにした。
「キキーモラさんのその直感?がどういうものなのか聞いてみても分からんないけどさ、とりあえず今は一番戦闘に貢献したキキーモラさんがそうしたい、って希望していることだし、敵も対処できる程度の魔物だったから、ここはキキーモラさんの言う通り治療させてみても良いんじゃないか?」
「リューキ様……!!」
「ちょっと、リューキ!?アンタ何言ってんのよ!」
感激してくれたらしいキキーモラさんと、これまた当然の如く憤慨するオボロ。
両極端な二人の反応を見ながら、俺はまず初めにオボロに語り掛ける。
「オボロが心配する気持ちも分かるけど、今回の戦闘はキキーモラさんと俺で何とか敵を倒したんだ。それなら、相手をどうするかは俺達で判断しても良いはずだろ?――これで、魔物が手につかないくらいに暴れるようなら、そのときはオボロの言った通り対処する形で構わないからさ?」
「……ん~!間違ってないかもしれないけど、リューキにそういう事言われるとなんか腹立つ~~~!!」
「痛ッ!変な八つ当たりしてくんのはヤメロッ!……キキーモラさんも!これは今回の事だけじゃなくて、今後も……あぁいや、そういう方針とかの話もちゃんとした場で話すとして、とりあえず今はそいつの治療を早くしてやりなよ」
「ありがとうございます、リューキ様!……オボロ様も、それでよろしいでしょうか?」
これまでとは一転して、おずおずとした表情でオボロに訊ねるキキーモラさん。
対するオボロはふくれっ面をしてはいるものの、さっきとは違ってただ単にバツが悪くてこういう表情を作っているだけなのは、はたから見ても丸わかりだ。
またも照れ隠しなのか、俺に「何ちょっとニヤついてんのよ!」とか言って小突きながら、オボロがわざとらしくため息をついてキキーモラさんに返答する。
「これで反対していたら、アタシだけが悪者決定じゃない……まぁ、今回はサボったアタシも偉そうな事言えないし、特別だからね?」
「――ッ!?ハイッ!オボロ様も、本当にありがとうございます!」
魔物への治療行為を許されたのがそんなに嬉しかったのか、顔を綻ばせながら倒れている”3ピース・ホロウ”に近づいていくキキーモラさん。
自身がつけた胴体の切り傷に向けて両手をかざすと、すぐさまに治療呪文を開始する。
「”藤っ子、良い子、元気な子。万象の理のもとに、わんぱく感溢れるこの者を癒したまえ”――!!」
刹那、キキーモラさんの口から紡がれる荘厳な響きの聖句とともに、みるみるうちに”3ピース・ホロウ”の傷がふさがっていく――!!
これこそが、鳥顔の魔物時代の頃からキキーモラさんが使用していた回復呪文スキル:”ミラクル☆ヒーリング”。
……それにしても、鳥顔の時と違ってしっかり言葉で詠唱しているからか、やはり回復量が段違いに増えてる気がするな。
そんな事を考えている間に意識を取り戻した”3ピース・ホロウ”が、パッチリとした瞳でキキーモラさんを見つけると、斬られた因縁も忘れたかのように彼女に向けて歓喜のダブルピースを向けまくっていた。
「ピース、ピース☆」
「フフッ、喜んでいただけたようで何よりです。……ですが、お礼は私ではなく、治療の許可を出してくださったリューキ様とオボロ様になさってくださいませ」
「ピ、ピ、ピ~~~ス!!」
そうキキーモラさんに答え?ながら、”3ピース・ホロウ”が俺とオボロに近づいてきたかと思うと、さっきと同じように笑顔でピースサインをしまくってくる。
……うん、まぁこれで感謝されて一件落着かな、と思っていたそのときだった。
『3ピース・ホロウが、貴方の山賊団に入りたがっています。受け入れますか?
→はい
いいえ 』
キキーモラさんの時と同じく、俺の眼前にメッセージウィンドウが出現する。
まぁ、これまでにも何度か衣服を溶かすスライムとか、女性の体液をすする触手などを仲間にする機会があったのだが、それらはオボロの猛反対によって泣く泣く断念させられていたのだ。
だが、今回の奴はノリはともかく、悪さをするような奴ではなさそうなので、俺は素直に『→はい』の項目を押すことにした。
『3ピース・ホロウが、貴方の山賊団に加入しました!』
「ピ、ピ……ウェ~~~イ!!」
いくら何でも安直すぎだろ!という感じの鳴き声を上げながら、3ピース・ホロウが俺とオボロの方に手を回した状態で、キキーモラさんに見せつけるようにダブルピースを行う。
命の恩人(襲った相手でもあるが)であるキキーモラさんに、心配させないように仲良しアピールをしているつもりだろうか。
とりあえず、俺もつられてピースをしようとしていたそのとき、またも茂みからガサゴソ、と物音がしてくる。
瞬時に慌てて警戒する俺達。
そして、次の瞬間に飛び出してきたのは――魔物ではない明確な一つの人影だった。
そいつは、「うわぁっ!?」と声を上げながら、盛大に尻もちをつく。
年は多分、俺と同じくらいだと思う。
恰好は軽装……であるのだが、この見かけだけではコイツが何の職業なのかが判別つかない。
突然の事態に困惑する俺達以上に、怯えた表情をしながら、俺達を見上げてそいつが口を開く。
「ア、アンタ等一体何なんだよ!?魔物を治療しただけならともかく、そいつを仲間にしちまう職業なんて見たことも聞いた事もないぞ!!……一体、何者なんだよ!?あの人達の仲間なのか、”アイツ等”の手下なのか!はっきりしてくれッ!!」
いや、お前こそ出合い頭に一体何を言ってるのかはっきりさせてくれ。
そんな事を考えながら、俺はこのプレイヤーらしき相手にどう話を切り出したら良いのか、頭を悩ませていた……。




