山賊領域の展開
ハルタが率いている『肝っ玉バイプス』やNPC達に見つかることなく『ヒヨコタウン』から脱出した俺は、暗くなった夜道を恐る恐る進んでいく。
”山賊領域”という謎のスキルを獲得したとはいえ、それをどう使いこなしたら良いのかも分からず、単純な能力やスキルもない俺は見つかれば今度こそ即始末されるしかなかったが、今回は何とか一世一代の賭けに勝つ事が出来たようだ。
自身の幸運を噛みしめながら、俺は町の入口を出てすぐさま茂みに隠れる。
誰も追手がいない事を確認してから、そのまま闇に紛れる形で更に慎重を期して目的地へと進む。
向かう先は、ここから離れたところにある『ホッタテ山』。
野生のモンスターは出るものの比較的低いレベルであるため、俺でも生き残れるかもしれない……という判断である。
こうして、俺は自身のアイテムボックスに残された七つ道具の内の一つ"懐中電灯"を使い、ホッタテ山へと目指していく……。
何とか山に辿りつけた俺だったが、早速困難に見舞われる事となった。
俺のアイテムボックスに残っていた僅かなアイテム、"懐中電灯"を使いながら進んでいると、早速一匹の小悪鬼に遭遇した。
今の俺には逃げ切るための素早さがなかったため、必然的に戦う羽目になったのだが、ロクな能力値やスキルがないためマトモに戦う事など出来るはずがない。
そのため俺は、七つ道具の一つである"薬草"を全て使いきりながら頻繁に回復し、戦闘用に使えない他のアイテムを投擲してぶつけながらダメージを蓄積させて、何発か素手で殴り合いながらようやく小悪鬼を倒すことに成功した。
敵は何もドロップする事なく、対する俺は七つ道具の内の五つを早くも失う羽目になっていた。
今の俺に残っているのは、現在使用している"懐中電灯"と、自身の身を犠牲にして守り抜いた"過激な性描写のライトノベル"のみ……。
必要なモノと大切なモノとはいえ、戦闘や回復に使用出来ないこれらの武器しかないような状態で、これからどころかこの夜を越える事が出来るのか……?と、考えていたそのときだった。
ヌチャア……ニチャアッ♡
何か、粘液らしき悪寒がする音が背後から聞こえてくる。
小悪鬼の仲間だろうか?
それにしては、鳴き声にしろ足音にしろそういったモノが聞こえてこない。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは――大きな甲羅を背負い二本の触覚をウネウネと伸ばしながら近づいてくる大きなカタツムリ型の魔物だった。
(クッ……流石に、派手に戦闘を長引かせ過ぎたか!?)
コイツは低レベルモンスターにしては結構堅めな防御力をしており、今の何ら武器も装備出来ていない俺ではダメージを与える事すら出来はしない。
そう判断した俺は無我夢中で、この場から駆け出した……。
のだが、当然の如く俺はカタツムリに追いつかれる形となっていた。
何の感情も覗かせないカタツムリが、こちらにのしかかろうとジリジリ……とにじり寄ってくる。
(クソッ……こうなったら、やるしかないのか!?)
ゴブリンからのカタツムリという度重なる死闘によって、今の俺は目に見えるHPとは別に疲労を色濃いモノにしていた。
だが、そうも言ってられないと判断した俺は、ゴブリン戦でも使用しなかった奥の手――未知なるスキル:"山賊領域"を展開する事を決意する!!
そうと決まれば、後はもう何も怖れることはない。
俺は勝ち誇るかのように、カタツムリに向かって指を突きつけ、高らかに宣言する――!!
「……これで終わりだ!!喰らえ、"山賊領域"――!!」
刹那、力強い詠唱と共に――!!
……何も起こらなかった。
「……?」
軽く困惑する俺。
正確には、俺の周囲の景色が微妙に歪んでいる気がしないでもないが、ただそれだけである。
このスキルの発動とともに、カタツムリが何かダメージを受けて苦しんでいる、という事も全く起きていない。
現に"山賊領域"が不発で終わったという事実は、他ならぬ俺自身が分かっている事だった。
(馬鹿な……俺は"山賊領域"でコイツを焼きつくすような業火をイメージしたのに!?なのに、何で何も発動していないんだ!!)
この揺らぎが最初は陽炎か何かだと思ったが、そういう訳でもないらしい。
いつまでも揺らぎは揺らぎのままだった。
何か発動出来るだけの力が足りなかったのか、属性が間違っていたのかと、慌ててボヤ騒ぎ程度の火や打ち寄せる波などを連想してみるモノの、揺らぎから先に進む事なくスキルに必要な"BE-POP"のみが急激な減少を俺に知らせていた。
スキル発動時、カタツムリは揺らぎに戸惑いを見せていたモノの、慣れてきたのか再びジリジリ……と、こちらに向かってくる。
頼みの"山賊領域"すら無駄に終われば、俺は今度こそ終わりを迎える――。
そんな絶望が胸を覆い尽くしそうになっていた――まさに、そのときだった。
――パリィィィ……ンと、何かの破砕音らしきモノとともに。
俺の眼前に、一人の少女が突如姿を現していた――。