策謀と野望
あっさりと俺の提案を跳ねのけてくるオボロ。
本来ならここで交渉は途絶えるかと思ったが――俺の目的を読み違えている辺り、コイツの分析力も絶対のものなんかじゃない――ゆえに、そこに付け入る隙があるはず!という事実を噛み締めながら、俺はなおも食い下がる。
「俺達がこの『ナハバツ』という町に辿り着いたのは、たまたま運が良かったからだ。すべて計画してここまで無事に辿り着いたわけでも何でもない。そんな行き当たりばったりなやり方でどこにあるかも分からない他の町とやらに進み始めていたら、連戦連夜野宿続きでロクに休憩も取れていない俺達だと命取りになるぞ?」
「うっ……あ~、そうかも……」
俺の反論を受けて、バツが悪そうにオボロがつぶやく。
……厳密に言えば、この世界はゲームをもとにしているため、ある程度の距離を進めば”プレイヤー”が休める拠点が見つかる可能性は非常に高いはずだと思う。
”プレイヤー”に過剰なストレスを与える上に、休憩もロクに取れずに難易度が高すぎる仕様だと、楽しくプレイ出来なくて誰もゲームをしなくなってしまうだろうし。(俺の移動速度が遅すぎるから、今はこれだけ時間が掛かっているわけだが)
とはいえ、それを今口にする必要はないだろう。
案の定、オボロは「で、でも!」とすぐさま反論してくる。
「だったら、なおさら休めるどころか、戦闘確実な”シスタイガー大森林”とやらに向かう方が危険でしょ!?ましてや、アンタが欲しがっている”修正パッチ”がある森の奥深くにまで行ったら、それこそリスクが倍増するだけじゃない!」
至極正論である。
だが、それも既に織り込み済みだ――!!
「確かにリスクは否めない。だが、俺達は何も”修正パッチ”がある奥深くにまで行く必要はない。――俺達は、”シスタイガー大森林”に住んでいるエルフや獣人達の場所へ向かうんだ!」
俺の提案を前に、訝し気な視線を向けるオボロ。
”修正パッチ”をいらない、という俺の真意を測りかねているのだろう。
ここが勝負時、と判断した俺は、一気にオボロに向かってまくしたてるように話し始める――!!
「魔物であるキキーモラさんはともかく、俺達は同じ”プレイヤー”からすら異種族扱いされて迫害されるような異端の集まりだ!『ナハバツ』で迫害された経緯と、このパーティメンバーの特殊性を説明すれば、”プレイヤー”達と敵対しているエルフや獣人にも受け入れてもらえるかもしれない!そうすれば、野宿するよりもマシな休憩所を貸してもらえるかもしれないし、大森林の探検中で珍しいアイテムとかもゲット出来るかもしれない!大抵の相手ならオボロの”瘴気術”で対処可能のはずだ!!――これはもう、行くっきゃない!」
何より、途中で遭遇する魔物とかを倒せば、オボロのフラストレーションも少しは発散できるかもしれない。
――そして、フラストレーションと言えば、常日頃から(言動はともかく)顔もスタイルもそこそこ良いうえに、ミニ丈着物による挑発的要素で俺をムラムラさせてくるオボロとか、纏っている質素すぎる服はともかく、先ほどのデコツンによる接触にせよ、ダイナマイトボディで無自覚に俺を誘惑してくる色気たっぷりのキキーモラさんに囲まれ、俺の理性もそろそろ限界だった。
このままいけば、俺は仲間である二人を今以上に露骨にそういう目で見るようになった結果、二人から盛大にキモがられてパーティから追放されてしまうかもしれない……。
そうなる前に、ここに来るまでの道で二人の冒険者が話していた『ムチプリ♡ボディをしたエルフや獣人』のお姉さん達に出会ってインスピレーションを受けることで、仲間に向ける劣情を少しでも抑え込む腹積もりだった。
(俺の最弱なステータスじゃ、どうせ”修正パッチ”のある最奥部とやらにまでは到達できないはずだ。――だったら、そんな愚は犯さずに、確実に想像の翼を広げまくれる道を選ぶッ!!)
そんな俺の悲壮な決意が込められた、渾身の”策”。
それに対して、オボロは――。
「『~~かもしれない』とか、『~~はずだ』って言葉が多すぎじゃない?……でも、町に襲撃を仕掛けてゴチャゴチャしたり、目的地も定まっていないところにイラついたまま移動するよりも、まだ色々と可能性があるかもしんないね」
「ッ!?って、ていう事は!?」
「――ン。正直そんなすんなり上手く行くとは思えないし、まだ何か良からぬ事を企んでると睨んでいるけど、今回は素直にリューキの提案に乗ってあげる」
呆れたような表情を作りながらも、一息ついた感じでそのようにオボロが了承の意思を示す。
我ながらロクでもない動機とはいえ、現実でも体験する事のなかった誰かに自身の考えを肯定してもらえる喜び。
気づくと俺は、何の誇張も計算もなく、ただ純粋に歓喜の声を上げていた。
「~~~ッ!!よっしゃあ!これで通ったァァァッ!!」
「フフフッ……良かったですね、リューキ様」
テンションMAXな俺を傍らで微笑ましく見つめてくるキキーモラさん。
そんな感じでひとしきり喜んでいたが、ここはまだ『ナハバツ』近郊の草むらである事を忘れていた。
あまりハシャギ過ぎていると、その内魔物が寄ってきたり、昨日の件もあり警戒している”プレイヤー”が町から出てくるかもしれない。
とりあえず、方針も定まったことだし俺達は迅速にこの場を去ることにしたのだが……。
「方角はここから南に向かって行けば良いんだろうけど……”シスタイガー大森林”って、どこにあるんだ?」
「それに、戦闘が激しくなるなら、やはりキチンとしたお店などで道具を買い揃えた方が賢明かもしれませんね……」
「かと言って、今のアタシ達に町でゆっくり買い物とかさせてもらえるとは思わないしな~……やっぱ、襲撃しに行っとく?」
『それはダメ(です)!!』
期せずして、俺とキキーモラさんのツッコミ被さった。
オボロは「分かってるって!ジョーダン、ジョーダン!」などと言っているが、このまま大した備えもなく進むのはやはり無謀に違いない。
でも、オボロの言う通り道具を購入できる場所なんてないし……このままだと、俺の計画はやはり頓挫するしかないのか?と考えていた――そのときだった。
「おやおや、皆さん。何やらお困りごとで?俺っちで良ければ、いくらでも話に乗りますぜ?」
突如、俺の背後から男の声が聞こえてきた。
今まで、そんな気配もなかったのに……あぁ、いや、”山賊”風情じゃそんなの察知したりは出来ないか。
だが、こちらに視線を向けていたはずのオボロも驚愕の表情を浮かべている辺り、どうやら、彼女にとっても突然の出来事だったらしい。
俺が背後に振り向くよりも早く、声の主に対してオボロが強い口調で問いかける――!!
「貴様!……一体、何奴ッ!?」
それに対して声の主は、オボロの問いに対しても動じることなく明朗快活――かつ、どこか妖しい響きを含ませながら、淀みなく返答する。
「――冷奴、ってね。俺っちはこの混沌とした世界を旅する風来坊・十四代目:旅埜 博徒って者だ……!!」




