残酷無残
自身の足元で苦し気な嗚咽を漏らすオボロを満足げに眺めながら、マリオが彼女の身体に馬乗りする。
「へへっ……本当は、色々とその身体を使って楽しませてもらいたかったんだけどよ?この≪PANGAEA・THE・ONLINE≫っていう世界の中でイヤらしい感じの事をしようとすると、その時点で身体が光の粒子になって消えちまう。だから、俺は画期的な別のアイディアを思いついたんだ!」
「……一体、何よそれは」
どのような内容であれ、こんな体勢で組み敷いている以上ロクな考えではないだろう。
そういった確信をしつつも、嫌悪感を露わにして尋ねるオボロ。
そんな彼女にマリオからもたらされたのは、案の定、予想から微塵も変わらない方向性の最低な答えであった。
「Shippori and the Cityを彷彿とさせるような行為を超えた愛情表現、それこそがダイレクト暴力!!……性的な要素は一切排除!それによってこの世界のルールに囚われることなく、一方的に相手を殴りつけることで気持ちよく分かり合う事が出来るッ!!――そんな次世代型の新たなる相互コミュニケーションの形、然とその身に受けてみろ♡」
そのように哄笑を上げながら、マリオは一発、二発とオボロの顔に向けて拳を放っていく。
圧倒的なレベル差がありながらまだ体力が尽きていない辺り、体調が本調子でない事といたぶるのが目的であるため、本気が込められてはいないのだろう。
だがやはり、オボロはくぐもった声を出しながら、表情を苦悶に歪ませていた。
「カ、ハッ……」
「オ、オイ……もうそんくらいで許してやってくれよ……!」
あまりの光景に見かねたのか、縛り上げられているNPCの一人であるコノタスが、恐る恐るマリオに語り掛けて制止しようとする。
だが、当然そのような言葉をマリオが聞き入れるはずがなかった。
振り下ろす拳を一旦中止して、コノタスの方に振り返りながら怒鳴り散らす。
「うるせぇッ!!オボロちゃん同様に鳥顔の化け物ごとまとめてテメェ等もじっくり嬲り殺してやるから、嫉妬せずに心ときめかせながら待っていろ!……堪え性のない男の子は、”恋”という戦場で嫌われちゃうぞ♡」
「う、うぅ……!!」
常軌を逸したマリオの発言を受けて、萎縮するコノタス。
そんな彼を目にして満足げにフン、と鼻を鳴らしながら、再びマリオはオボロの方に視線を下す。
「さぁ~て、そんじゃお待たせしちゃって悪かったねオボロちゃん!それじゃあ、あとはお互いディープに肉体言語を通じて分かり合おうね♡……演技だったとはいえ、俺に頭を下げさせた以上は満足いくまでしっかり楽しませろよ~~~!!」
どろりと濁った瞳に爛々と不気味な光を宿す眼光。
それとともに、彼が身に着けている首輪が怪しく輝いていることにオボロは気がついた。
見れば、それと似たような装飾の指輪やアクセサリーのようなものをいくつもマリオは装備している。
(これがさっきコイツが言っていた、混成毒の効果を抑えている状態異常無効化アイテムってヤツね!……これさえ、何とか出来たら!!)
マリオは完全にではないかもしれないが、これらのアイテムの効果によって、NPC達が作り出したオリジナルの”混成毒”の威力をある程度中和する事が出来ていると見て間違いない。
だが、オボロはマリオよりも遙かにレベルもステータスも劣っているうえに、馬乗りされていて不利な体勢でもある。
この状態では、マリオの装備品のうちの一つも破壊する事は叶わないだろう。――そんな風に諦めかけていたそのときだった。
(いや……壊さなくても、私にしか出来ない事がある!!)
そんな力強い言葉とともに、再びオボロの瞳に力強い意志が宿る。
対してマリオは、これまでから一転して怪訝かつ不機嫌さを色濃くした表情を向けてきた。
「なんだぁ?面白くないツラしやがって!言っておくが、こんだけガッシリ組み敷かれた状態じゃあ、テメェお得意の跳んだり跳ねたりも出来やしねぇからなぁッ!?」
瞬時に凄みながら、自身の真上でパンパン!と両手を叩いて音を鳴らすマリオ。
オボロはそれを見て、いよいよ確信に満ちた勝利の笑みを浮かべる。
「別に大したことじゃないわよ。――ただ、相互理解とか言っていたわりに、アンタは結局最後まで独りよがりで、アタシの事なんか全く理解できていなかった、ってだけの事よ!!」
そう口にするや否や、オボロの身体から黒い瘴気が発生し始める――!!
これは無論、【野衾】以外に”妖仙術師”たるオボロが使用できるもう一つのスキル:【障気術】であった。
黒き靄のようなものが、マリオのもとへと纏わりついていく。
「ッ!?フン、何をするつもりかは知らねぇが、単なる毒にするだけの攻撃なんざ、俺には通用しねぇよ!!――ギャハハッ!無駄骨折ってお疲れ様でッス!!そんじゃあ、自分の無力さをじっくり噛み締めてね♡」
それじゃあ、と再び拳を振り下ろそうとした――その瞬間である。
「ッ!?グッ……ガハッ!!」
突如顔を青ざめたかと思うと、オボロを殴ろうとしていた右腕を自身の口元に持っていくマリオ。
見れば、その手のひらは自身の吐血によって、盛大に赤く染まっていた。
(な、何故だ……?俺の状態無効化装備は、何一つ欠けることなく、いまだ全て健在のはず!!)
何が起きているのか分からぬままに、目を白黒させながらドウ……ッ!と地面に倒れ込むマリオ。
そんな彼を、息を切らしながら立ち上がったオボロが、今度は自身が見下ろす形で睨みながらその答えを口にする。
「アタシの【障気術】は、大妖である”百々G”由来のもの。――その妖力は、遭遇した相手を確実に病魔で侵す災厄の権能。ゆえに、この瘴気に触れたものは、自身がこれまでに引き起こした状態異常を呼び起こすこととなる――!!」
「ッ!!な、なんだとッ!?」
オボロの発言を受けて、瞠目するマリオ。
オボロのスキル:【障気術】。
それは、自身のステータスに応じたダメージを相手に与え、相手を毒状態にする――だけではない。
オボロの読み通り、彼女の【障気術】というスキルは相手がこれまでに引き起こしてきた事のある状態異常をすべて呼び起こす、という強力な効果を秘めていた。
それは、相手が多くの戦闘をこなしてきた強者であるほど、脅威が跳ね上がるという事である。
おまけに、マリオの身を蝕む特製の混成毒は完全に無力化出来ているわけでもなく、現在何とか抑え込んでいるだけの状態であり、それらの混成毒が再び活性化しながら、調合された素材にはなかった他の状態異常要素と結びつき、さらなる”混成猛毒”とでも言うべきものになりながら、マリオの身体中を駆け巡っていた。
「グガ、ガハァァァァァァァァァァァァァッ!?」
あまりの激痛に絶叫を上げながら、のたうち回るマリオ。
この凄まじい妖術の効果はもともと彼女の曾祖父である”百々G”縁の能力であり、それがこのゲームをもとにした世界でも上手く発動・再現出来るとは限らなかったのだが――彼女がいた故郷ではもともとこのような”ゲーム”とは無縁の地であったため、変に固定観念に縛られることなく勝負に出る事が出来ていた。
そして、その賭けに勝利したからこそ、逆転を果たすことが出来たオボロを自身の慢心から劣勢に追いやられたマリオが憎々し気に睨みつける。
「ガ、グッ……!!クソッ……何しやがったのかは知らねぇが、こうなりゃここら一帯テメェ等ごと消し飛ばしてやらぁッ!!」
そう言って、瞬時にアイテムボックスから収納していた”ボムっと ラブでハジけたい♡”を取りだすマリオ。
だが、その決断をするには、あまりにも遅すぎた。
「――上等よ!だったらそんなモノ、アタシが蹴り飛ばしてあげるわ!!」
刹那、オボロが放った渾身の蹴りが、爆弾をつかんでいたマリオの腕に放たれ、勢いよく吹き飛ばしていく――!!
マリオの失策は、自身が圧倒的に有利だからであると慢心し、オボロをいたぶる事に専念するために、現在の自身の命綱ともいえた”ボムっと ラブでハジけたい♡”をしまった事であった。
これまで以上に毒で弱り切ったうえに、オボロはいつでも攻撃を放てる体勢でマリオを警戒している。
ここまでくれば、アイテムボックスの中にどれだけ爆弾が残っていようとも、両者の間でどれだけのレベルやステータスの差があろうとも関係ない。
この状況を何とか打開する策はあったかもしれないが――今まで以上に苦痛に苛まれている思考回路では、考えどころか言葉をまとめる事すら出来そうにない。
今度こそマリオは助かりようのない絶望的な表情を浮かべながら――何かを言い残すことなく、ただ短い呻き声を上げて絶命した。
それが体力が尽きたことによるものなのか、混成猛毒の中に含まれている”即死”が発動したのかは分からない。
ただ、地面に落とされた爆弾から少し遅れる形で、マリオの身体も光の粒子となって消えていく――。
「こ、これで……本当にあとはリューキを待つだけ……!!」
そう口にしてから、気力が尽きたのか、オボロがどう……ッ!と豪快に前から地面に倒れ込む。
オボロは倒れる寸前、コノタスやヒサモの驚愕した表情と、心配そうにこちらを見ながら、瞳に淡い紅の輝きを宿したキキーモラの姿を視界に捉えていた。
(キキーモラさんまで手遅れになる前に……何とか戻ってきて、リューキ……!!)
そう願いながら、オボロは静かに意識を手放した……。