仲間に迫る危機
リューキが、”竜騎士”のバイクに乗って仲間達と今回の事態の元凶であるマリオが待つ『ホッタテ山』へと向かっているのと同時刻。
オボロは懸命にキキーモラと、渋々ながら爆弾を握りしめているマリオの介抱を行っていた。
毒消し草や麻痺の治療薬、回復アイテムも既に使い切ってしまったため、オボロは不審な真似をしない事を条件にマリオの視界に映る範囲で体力回復に効果がある薬草を集め、それらをすべて彼に使用するよう強要されていた。
本当は、縛りつけているヒサモとコノタスにも治療や薬草採取に参加させれば効率よく進むだろうが、自身に敵対的な人物が結託して反撃するのを警戒したマリオが、それを許さなかった。
そのため、現在オボロがキキーモラに出来ることは、苦しそうな彼女に向けてしゃがんで手を握りながら、意識が途切れないように声をかける事のみだった。
「キキーモラさん、もうすぐきっとリューキが薬を持って帰ってくるから大丈夫だよ……!!」
「……キキッ」
そんなやり取りをしていると、ふと急に自身の身体に影が差しているのを感じていた。
咄嗟に振り返ると、そこにはまだ顔色が悪いものの、ニコニコと笑みを浮かべたマリオが立っていた。
警戒心が顔に出るのを隠そうともせぬままに、それでも努めて冷静さを心がけながら、オボロはマリオへと訊ねる。
「……何よ。アタシは貴方に言われた通りの事をやったうえで、キキーモラさんの治療をしてるんだから、それで良いでしょ?何も、逆らうような行為なんかしてないんだし……」
そんなオボロの返答に対しても、特に気を悪くした様子も見せずに、マリオはにこやかな笑みのまま答える。
「あぁ、もちろんだともオボロちゃん!むしろ、ここまで俺のいう事を嫌がらずにキチンと聞いて治療してくれたことに対して、礼を言い足りないくらいだよ。……本当にありがとう」
そう言ってオボロに向けて、深々と頭を下げるマリオ。
あれほど横柄な態度を繰り返していた人物だったが、動けるほどに回復したことで余裕が出来たのだろうか。
マリオの手元を見てみれば、どちらの手にも爆弾は握られておらず、どうやらアイテムボックスにでも収納したらしい。
考えてみれば、毒に身体が蝕まれていたら誰しも心の余裕がなくなるものかもしれない……と、オボロは判断し、警戒心を解いてにこやかに頷く。
「フフン!そうでしょ、そうでしょ!!本当アタシがどれだけ気を使っていたことか……!!まぁ、とにかく分かってくれたらそれで良いのよ♪」
リューキに対しての確執もあるようだが、今はとりあえず最大の脅威が去って事態が穏便に済みそうなことに安堵するオボロ。
まだ到底楽観視出来る状態ではないが、あとはキキーモラ達の容態が悪化する前に、”アキヤラボパの雫”を入手したリューキが無事に帰還するのを祈るのみ……。
そのように考えていたオボロだったが、マリオの「そうだ!」という言葉で意識を現実へと引き戻される。
「熱心に看病してくれたオボロちゃんのために、お礼と言ってはなんだけど俺がとっておきのプレゼントをあげるよ!」
「え~、プレゼントって何かな?あ、でもあの爆弾とかだったらいらないから!」
とオボロが、冗談めかして答えたそのときだった。
刹那ズドン、と鈍い音が聞こえる。
オボロは一瞬何が起きたのか分からなかったが、すぐにそれが自身の腹に打ち込まれた拳によるものだと気づく。
カハッ、と苦しそうな嗚咽を漏らす中、オボロを殴打したマリオがこれまでとは違うニンマリとした醜悪な笑みを浮かべながら、下卑た眼差しでうずくまる彼女を見つめていた。
「フフッ、安心しなよオボロちゃん!プレゼントするのは、無粋な爆弾なんかよりも数百倍ハジけられる俺のとっておきの”拳”だからさ!……さ~て、オボロちゃんは一体何発まで耐えられるのかな?かな?」
嗜虐的な輝きを宿しながら、マリオがいたぶるつもり満々の言葉をオボロへと放つ。
そんなマリオを睨みながら、オボロは疑問の声を上げずにはいられなかった。
「ど、どうして……?アタシは、アンタに言われた通りにやったはずなのに……!!」
それに対してのマリオの答えは、至極分かりやすいものだった。
「ん?だから、ある程度動けるくらいに回復した事だし、もうお前如きに頼る必要もないだろ?――まだ体調は万全とは言えないが、リハビリとこれまでのストレス発散を兼ねて、お前等の命を丸ごと使って楽しませてもらおう!って思ったわけなんですなこれが!」
そう口にしながら、「あぁ、大丈夫!」と大仰なリアクションでマリオがオボロへと語りかける。
「心配しなくても、リューキがどんなスキルを持っているか知らねぇが、低レベルかつ帰ってきたばかりで油断しているアイツから”アキヤラボパの雫”を奪い取るくらいなら、今の俺でもたやすく出来るはずだから、何の問題もないよ!……だからオボロちゃんとお前等はアイツが帰還するまでの間、俺を退屈せないように、その命を丸々使って精々俺を楽しませてね♡」
「……サイッテーね、アンタ……!!」
そう口にしたオボロの頬を、強く平手ではたくマリオ。
それを受けてオボロが地面に倒れこむ中、その光景を目にしながら、他の者達が三者三様の反応を見せていた。
「そ、そんな……俺達、どうなっちまうんだ!?」
「……フンッ」
「――キキッ!!」
だが、縛り上げられた彼らと弱った状態のキキーモラでは、現状を打破する事は出来そうにない。
――かくして、マリオという暴君による絶望的な時間が幕を開こうとしていた……。




