生存の意味
~~『ヒヨコタウン』はずれの草むら~~
ヒヨコタウンから離れた草原の中。
ズリ、ズリ……と、何やら鈍重な音が響き渡る。
それとともに辺りに聞こえてくるのは、荒い呼吸。
この音の発生源は、両腕を使って何とか地面を這いつくばる”竜騎士”のハルタだった。
盛大にバイクから放り出されて地面に墜落する形になった彼だったが、【竜装転身】で身体能力が強化されていたためか、特殊装備が崩壊したもののギリギリで一命をとりとめる事が出来ていた。
とはいえ、【竜装転身】というスキルを使用した代償で既に普通の装備はすべて粉砕しており、今のハルタは全裸そのもの。
残りのHPは首の皮一枚で繋がっている有様、おまけに全身には未だに混成毒が回り続けている。
アイテムボックスは拷問を受け始めた時点でNPC達に取り上げられているため、一時しのぎの治療すら出来やしない。
それでも、ハルタはとにかく前へ進んでいた。
拠点からは遠ざかり、目的すらもロクにない。
自身をこのような状態に追いやった人物や運命に怒りや嘆きをぶつけるでもなく、ただひたすらに、自身の命を燃やし尽くすかのように前へ向かって這いつくばる。
(どこでも良い……どこかへ辿り着きさえすれば、そうすれば……!!)
その先は?
一体、どうなると言うのだろうか。
自身の中で、全く未来の展望が描けない。
それでも、とにかく進むしかない。
そのように、半ば機械的ともいえる思考で自身に言い聞かせていた――そのときだった。
自身の身を、大きな人影が覆い尽くす。
地を這っているためまだ相手の顔は見れていないが、それでも、眼前の爬虫類を思わせる両足を見た瞬間に、それが自身を救いに来た存在などではない事だけは理解できた。
毒が回った首を何とか上に動かし、何とか視線を上へと向ける。
それは、一匹の異様な蜥蜴人だった。
その蜥蜴人が他の個体と違って特徴的だったのは、全身を固める装備だった。
単なる長槍程度とは異なる主槍も、敏捷さをある程度捨ててでも防御力を上げることを優先した鎧の装備にせよ、とても一介の蜥蜴人と呼べる相手ではなかった。
それは、まるで自分達のような”プレイヤー”から装備を奪ったかのような姿であった。
「もしかして……コイツが、あの雑魚の”山賊”が言っていた死体漁りをしていた魔物、とやらか!?」
だが、その話を思い出したところで現状の打開策が見つかるはずなどない。
厳密にいえば、本来の自分の実力であれば、多少の装備を身に着けていたところで、野生の蜥蜴人など何の策もなく一撃で倒すことが出来たはずだった。
だが今の自分は、這いつくばるのがやっとの有り様。
何かを後悔する場面はとうの昔に過ぎ去っており、今度こそ完全に手詰まりなのだと――ハルタは理解させられた。
「嫌だ、嫌だ……だからって、こんな結末が認められるかよぉッ!!俺はただ、自分の平穏を守ろうとしていただけだッ!そんな決断すらも間違っていたというのなら、何故あそこで俺を死なせてくれなかったんだッ!!全力の死闘の果てに、力及ばずに命尽きるわけでもなく!罪人として裁かれるわけでもない!!……こんな誰にも見られない場所で、ロクに知性も名前もないような魔物に殺されながら死んでいくなんて、ここまで惨めな最期があってたまるかッ!!」
それでも、頭で理解は出来ても認めることなど出来はしない、とハルタはここに来て必死に慟哭の声を上げる。
だが、これまでこの≪PANGAEA・THE・ONLINE≫という世界で傍若無人に振る舞い、数多の他者の願いを踏みにじってきた彼の叫びを聞き入れる者はいない。
そしてさらに、ハルタの悪夢はまだ終わることなく続く。
何を思ったのか、眼前の蜥蜴人が朱槍を脇に置くと、鎧まで脱ぎ始めたのだ。
何が始まるのか……あるいは、既に自分はその答えを導き出してしまっているのか?
そんなハルタの眼前ですべての装備を外した武骨ながらも雌であることを想起させる身体つきをした蜥蜴人が、ノシノシと足音を立てながら彼のもとへと近づいたかと思うと、うつ伏せになっているハルタの身体を勢いよくひっくり返す。
「や、やめッ……!?」
声を上げようとするハルタの上に、蜥蜴人が重くのしかかる。
何が始まるのか、今度こそ確信したハルタは、ここから脱出するために毒で動かぬ身体に鞭打ち必死にもがく――!!
「……ふざけるな、ふざけるな!!どこまで俺を侮辱するつもりだッ!?何故、俺がここまでされなきゃならん!こんな形で終わるなど、許されるはずがないだろッ!!――離せ、俺をさっさと……離せェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」
必死の形相を浮かべながら、喉が張り裂けんばかりの声を上げて叫び続けるハルタ。
だが、彼の身体は毒に侵されているうえに、ガッツリ固定されていることもあり、微塵も束縛から逃れることは出来ていなかった。
どのくらいの時間が経っただろうか。
そうして、パチュン、パチュン、と何かがぶつかり合うような音が幾度かした後、ノシノシとスッキリした表情の蜥蜴人が茂みから立ち上がり、自身の装備を回収してどこぞへなりと去っていく。
蜥蜴人が後にした場所からは、一つの命の軌跡を示すかのように、光の粒子がゆっくりと天に向かって立ち昇っていた……。




