竜騎士退治
住人達からターゲットを変更して、紅蓮のバイクでこちらへと突撃してくる”竜騎士”のハルタ。
脳裏に浮かんだフラッシュバックとともに、動悸が激しくなっていく中、俺は意を決して声を上げる――!!
♪始まりのあの場所
みんな違う景色を見てた
認められたい
守り抜きたい
壊したい
働きたくない
歩幅もスピードも
何もかもが違う私達
何度もぶつかって
同じ理想を追えなくても
この場所で
みんなと出逢えた!!
四人それぞれの笑顔が広がる
「勝ち負けや」
「真剣さや」
「人としての何かや」
「住む場所を」
失ってもなくしちゃいけない絆がある!
――例え、どれだけの季節が過ぎ去っても
あのときの風が憶えてる
私達の夏の思い出――♪
俺が歌ったのは、美少女アニメのEDとして使用されていた『終わらない私達の夏』というバラード調の曲だった。
『東京 Shippori and the City』と比べるまでもなく、明らかにネタ具合も皆無に等しく、しっとりした曲であるため、爆発的なインパクトに欠ける。
そのうえ、本来なら四人の女性声優が歌うべきところを俺が何の抑揚もない低温ボイスで歌っているのだ。
これで盛り上がるはずがない。
――にも関わらず、俺の歌を聴いている聴衆達からは、次々とすすり泣くような声が聞こえ始めていた……。
「大して上手くもない、それどころか普通に音痴で特に凄くもない歌詞のはずなのに!……チクショウ!涙が止まらないぜ~~~!!」
「なんで、彼の歌がここまで胸に響くの!?――この物悲しい旋律は、一体どこから……!!」
見れば、彼らはついさっき俺を見捨てて逃げ出した事が嘘であるかのように足を止め、目頭を熱くした状態で口元を抑えたり傍らにいる相手の肩に寄り添いながら、俺の方を見つめていた。
そんな彼らの反応を目にしながら、俺はこの歌を選んだ理由を静かに思い出す――。
――アレは、俺が高校に入って、ヨースケという友人が出来てすぐの事だった。
高校で初めての友人が割とすぐに出来たことによって浮かれていた俺は、この調子でいけばすぐにあっという間に友人が増えて、そのうち合コンとかにも参加できるようになるかも……♡と、考えたりしていた。
今の俺からは考えられない事かもしれないが、その時は高揚感からさらに生じた”万能感”とでもいうべきモノに心が満たされていた。
そのため、俺は来たるべき楽しい放課後スクールライフに向けて、準備をすることにした――。
とある休日、俺は自転車をこいで近所のある場所へと向かっていた。
その場所こそが――そう、カラオケ店である。
俺はここで『ヒトカラ』と呼ばれる行為で歌を練習し、そういう集まりの本番で華麗に自分の歌唱力を見せつけるつもりだった。
その日は休日ということもあって混んでいたため、店員に『ご利用時間は二時間まで、延長は認められません』という説明を受けて、俺は二時間コースのドリンクありでリハーサルに臨むこととなった。
最初の30分はテンションが上がるような最新のアニソンなどをとにかく熱唱していた。
だが、それだとすぐに尽きるのは当然の結果だった。
そのため俺は、スマホで自分が歌えそうな曲や知っている歌を検索して、それを片っ端から入れていった。
けれどもそういう歌は、最初の30分間のときに入れた歌ほど個人的な思い入れはないため、テンションが上がらず、歌詞をなぞっただけ・棒読みそのもののような形になってしまう。
――このままでは時間が無駄になってしまう。
レパートリーを少しでも多く取り入れ、『こういう曲も歌えるんだ!』と思われるような抜群の歌唱力を手に入れるためにも、俺は気持ちを乗せてテンションを上げようと、目を閉じて身体を揺らすほどに熱唱していた――まさにそのときだった。
ガチャリ……と、自分の背後から何かの音がする。
何かと思い薄目を開けてそっちに振り返ると、開いた扉とどう見てもカラオケ店の店員とは異なるラフな格好をした男性らしき姿があった。
俺がビックリして目をはっきりと開くのと同時に、俺など『何の脅威でもない』と言わんばかりに扉が無言で再びゆっくり閉められていく……。
そのときに、抑揚のない低音ソプラノボイスで熱唱していたバラード曲が、この『終わらない私達の夏』という曲だったのだ。
結局俺は、その出来事による羞恥心に耐えられなくなり、使用が許される2時間どころか、1時間も経たない内に逃げるようにその部屋から途中退出していた。
――それ以来、現在に至るまで俺は、全くカラオケルームに足を踏み入れてはいない……。
歌唱力も皆無に等しく、特に思い入れすらないリューキの熱唱。
なんのテクニックもなく、歌い方は曲のジャンルにすら合っていない。
にも関わらず、リューキとこの歌との悲しき経緯が感じ取れたのか……。
彼の歌声は、現在多くの者達の心を揺り動かすことに成功していた。
(――あのとき、俺の部屋の扉を開けた奴が誰なのか、その真実を暴くまで!……俺は、絶対にこんなところでくたばったりなんかしねぇぞッ!!)
静かな曲調と裏腹に、熱き想いが込められたリューキの熱唱。
その影響は、周囲のNPC達だけでなく、現在真正面から彼に激突しようとしているこの男も例外ではなかった。
リューキに向かって、業炎を纏ったバイクを駆り、轢殺しようとする”竜騎士”ハルタ。
高レベルかつ圧倒的な上級職としての力、何より、逃げようともせずに真正面にいる雑魚プレイヤーなど、何をしたところで自分に微塵もダメージを与える事も出来ぬまま無様に瞬殺されるだけ――のはずだった。
(なんだ……なぜ、バイクの駆動音よりも遙かに耳障りな奴の雑音が、俺の心をこうまでかき乱す!?――この心臓をえぐるような痛みはなんだ!?)
本来なら、先ほどの駄曲同様に”くだらないもの”と嘲笑しながら吐き捨てて終わるはずの存在。
だが、この歌だけは――音程やリズム、歌詞などというチャチな領域ではない、真正面から己自身を曝け出した者のみが出せるような、熱唱から逃げる事を許さない”迫力”というものをハルタは感じ取っていた。
それはまるで、”竜騎士”という強大な力を持ちながら、前を進むためでもなく、同じプレイヤーを蹂躙した後に町に引きこもるという道を踏み外した自身の選択を責めるようであり――。
そんな考えを振り払うように、ハルタが目を閉じて首を盛大に横に振る。
「ッ!?違う、違う――俺は、何も間違っちゃいねぇッ!!……俺は正しい選択を」
その瞬間だった。
あの耳障りな雑音が聞こえなくなった気がした。
その理由に気づいたときには既に遅く、ドンッ!!という凄まじい衝撃と音が全身に響いたかと思うと、ハルタの身体は宙に浮かび上がっていた。
――あれだけ高速でバイクを運転していたときに、目を閉じて首を激しく振るう真似をしたことによって、ハルタは運転を誤ってしまった。
その結果、ハルタはこれまでと違って警戒していない無防備な状態のまま壁に激突する有り様となったのである。
壁はぶち壊したものの、衝撃でハンドルを離してしまったハルタの身体は宙へと舞い上がる。
普段とは180℃異なる自身の視界に映ったのは、演奏を中断してこちら側を仰天した表情で見つめるリューキの姿だった。
それを目にしたハルタは、無念や怒りよりも――安堵のような表情を浮かべていた。
「――あぁ、これでもう、あの歌を聴かされずに済む……」
そう呟くのが先だっただろうか。
ハルタは、真っ逆さまから地面へと落ちていった――。
あの瞬間にハルタに何が起きたのかは分からない。
俺の新スキル:【魂ごと焼き討ちする略奪劇】が成功して、ダメージを受けたのか他の状態異常を発動したのか。
それとも――俺の悲壮な過去が込められたあの歌を聴いて、あんな奴でも何か感じるものがあったのか。
いずれにせよ、あの弱り切った状態から地面に墜落した以上、今度こそアイツはもう助からないだろう。
お互いに最後まで憎み、蔑むだけの関係だったはずだが――俺は何故か、最後に見たアイツの表情が、俺に感謝しているように思えてならなかった。
人によっては馬鹿げた妄想に思われるかもしれないが、もしもこんな負の感情の連鎖からアイツが本当に離脱していたとするなら、俺は先に越された――という事になるのだろうか。
……だが、それでも良いと、今の俺は思う。
この先も、このアイツに抱いていた憎しみや屈辱が消えなかったとしても、それは生き残ったのが俺であるという証に他ならないはずだからだ。
そんな風に考えながら、俺はふぅ、と一息つく。
「なんにせよ、これで今度こそ終わりだな……!!」
こうして、この『ヒヨコタウン』を舞台にした闘争劇は、終わりを迎えた――。




