憤怒に燃える暴虐の化身
――どうして、自分がこんな目に遭わなければならないのか。
自身の中にうずく熱の正体は現在進行形で体に巡っている毒などではなく、そんな理不尽に対する”怒り”としか言いようがない感情だった。
――自分は、ただこの場所で平穏に過ごしたかっただけのはずだ。
――なのに、何故こんな目に遭わなければならない?
――それほどまでに、苦しまなければならないような事を自分はしたというのだろうか?
ロクに首すらも振れない状態だったが、そんな自身内側から生じた疑問に、強く”否”と告げる。
自分の願いは、闘争や混乱しか呼び込まぬような『事態究明のための探索』などという愚行からは程遠い正しい選択だったからこそ、これまで生き残ることが出来たのではなかったのか!?
なのに、どうして……。
どれだけ理不尽を嘆き世界のすべてを憎もうとも、既に身体を動かすことすらままならぬ以上、自身は最早助からないのだという気持ちの方が一秒ごとに強くなり、自身の中から思考や抵抗する気力を確実にそぎ落としていく。
そんな状況下で浮かんでくるのは、自分の眼前で死に絶えた者達の凄惨な死に顔の数々。
……あぁ、もはやこんな酷い有様では助かる道などどこにもない。
このような状況に追いやった者達に切り刻まれ、突き刺され、穿たれていながらも、呻き声の一つも上げようとは思わないほどに、心が肉体よりも先に死を迎えようとしていた。
晒されるような形で地面に投げ捨てられたときも、大して何も感じはしなかった。
ただ、今度こそこれで終わりが近いのだという漠然とした感覚があり、最後の記念に何か言ってみようかと軽く口を開いてみたのだが、出てくるのは「る……る、る……」という間の抜けた音だったので、特にやる意味もないと判断してやめてからは、ただ目につく光景をじっと眺めることにした。
そこで繰り広げられていたのは、本来の自分からすれば実に陳腐としか言いようがない見世物だった。
最初はその相手が誰なのか分からなかったが、徐々にそれが自分達が殴りつけた際に死んだはずの雑魚プレイヤーだったことに気づいた。
これは死の間際に見る走馬灯とやらなのか、はたまた既に自分は死んであの世とやらへ行ってしまったのか――。
どちらにしても何故、特に自分と接点があったわけでもなく、たいして記憶にも残っていなかったコイツが自分の前に姿を現しているのか?
どうにも、その理由が分からない。
だが、それ以上にふざけているのは、自分をここまで追いつめ苦しめて憎い連中のトップが、自分が見下して歯牙にもかけていなかった相手に苦戦しながら、ついには敗北した事だった。
その光景を見た瞬間、死にかけていたはずの自身の意識がはっきりと覚醒するのを感じていた。
……なんだ、そのザマは。
結局、こんな毒に頼らなければ、自分達を苦しめたコイツ等など雑魚プレイヤー一人に倒されるようなカス以下の存在でしかなかった!!
自分が万全ならば、二人まとめて――いや、この場にいるすべての者達を鏖殺することが出来ていたはずなのに……!!
この光景がれっきとした現実なのか、単なる幻覚なのか。
それを見分ける判断力など既になく、また、もはやどうでも良い事だった。
ただ、この燃え滾るような激情のままに目につくすべてを蹂躙するのみ――!!
言語ともいえぬ荒れ狂う雄叫びを上げながら、亡者となりかけていた男は大きく穴の開いた右腕を力強く天高く掲げる――!!
それは、ビカルタがリューキを”アキヤラボパの雫”が保管してある宝物庫へと案内しようとしていた矢先の出来事だった。
突如、強烈な光が自分達の背後から放たれたかと思うと同時に、突然爆音らしきものが辺り一面に鳴り響いたのだ。
NPC達が盛大にざわめいたかと思うと、瞬時にパニック状態に陥る中、リューキとビカルタも振り返ってすぐに驚愕する事となった。
「ば、馬鹿な!!アイツは既に瀕死の状態だったはず!……どうして、こんな……!!」
ビカルタが見つめる先にいたのは、右手を輝かせた状態で立ち上がっているハルタの姿だった。
あの死にかけていた状態のどこにそんな力があったのか。
狂気すら感じさせる瞳でこちらを一瞥したかと思うと、瞬時にハルタの身体が突如出現した炎に包まれていく――。
炎は瞬時に収まっていき、そこから姿を現したハルタの姿は異様なものへと変貌していた。
狩衣、というのだろうか。
それを特攻服のようにアレンジした衣装を身にまとい、顔の部分には覆うように電子上の幕が展開しており、その表面には何やら文字とも文様ともいえぬものが表示されていた。
そして、右手を再びゆっくりと宙に振るったかと思うと、奴に招かれたかのように焔が収束しはじめ、やがてそれは紅蓮の業火を彷彿とさせる色合いに、ドラゴンをモチーフにしたデザインマークが描かれているバイクへと実体化していく。
それにまたがるハルタの姿を目にしながら、突然の事態に絶句するビカルタ。
リューキもビカルタ同様に驚いた表情をしていたが、彼のそれは大分意味合いが違っていた。
ワナワナ、と口を震わせながら、確信に満ちた眼差しを相手に向けてリューキは述べる。
「間違いない!アレは……アレこそが、自分に敵対する高プレイヤー達を蹂躙したハルタの本気の姿ッ!!――上級職:”竜騎士”の力だ……!!」
――上級職:”竜騎士”。
それは、荒れ狂うドラゴンの如き紅蓮のバイクを爆走させ、敵を一方的に殲滅・蹂躙する破壊の力。
そんな暴虐の化身ともいえる存在と化したハルタが、電子フェイス越しにリューキ達――いや、この場にいるすべての者達に向けて極大の殺意や憤怒を放ちながら、バイクのエンジンを吹かし始める。
――かくして、戦いが終わったはずの『ヒヨコタウン』の町並みに、真の支配者の凱旋を告げるかのように、”竜騎士”:ハルタによる破壊と業火の嵐が吹き荒れようとしていた……。