勝利の果てに
「やめろ……そいつには、これ以上手を出すんじゃねぇ……!!」
か細くも、しっかりと聞く者の耳に響く力強い声。
そう発言したのは、今しがた死闘を繰り広げたばかりの相手であるビカルタだった。
仰向けに倒れていた奴は、ゆっくりと上半身を起こしながら、俺や――周囲のNPCを見渡してからゆっくりと口を開く。
「……コイツは”プレイヤー”でありながら、NPCに追い詰められるほどに弱い存在のくせに、死にかけている仲間の為にと、たった一人でここまで乗り込んできた。――にも関わらず、コイツは人数でも実力でも何もかも俺達に負けているはずなのに、俺達に勝ちやがったんだ……」
「だ、だからこそ、そんな危険な奴をこのまま生かしておくのは危険なんじゃ……」
そんなビカルタの発言を受けて、周囲にいた自我に芽生えたNPCの一人反論する。
――まぁ、そう考えるのが普通だよな。
ビカルタが何を言うつもりなのかは分からないが、どのみち俺の命は風前の灯火であることは間違いない。
だが、そんな俺の予想ごと、ビカルタは仲間の言葉に対して”否”を告げる。
「……コイツがこの町で好き放題していた他の”プレイヤー”同様に、ただ単に圧倒的なレベルやらスキルで一方的に俺達を蹂躙してきたのなら、俺達もそれら以外の毒、闇討ち、数の暴力……手段さえ択ばなければ、全く同じ目に遭わせてやることは出来たかもしれねぇ。――だがコイツは!誰が見ても不可能だって分かる事をやりやがったんだよッ!!」
そこまで口にしてから、ビカルタはノソリと立ち上がり、睨むというよりかは問うような真剣な面持ちで周囲を見回す。
「――同じ状況になったら、俺は自分がコイツのような事を全く同じように出来るつもりはねぇ。それは、この町で暮らしている奴等を率いているからとか、そんな立場とかとは違う別の部分での話だ。――今の俺が、コイツに匹敵できるだけの無理難題を出来るとは思えない。そんな俺に、なんでも要求できるはずのコイツがただ『仲間を助けたい』とだけ言っているんだ。……それくらいの事も出来ない・してやれないってんなら、じゃあ、俺達は一体何なら出来るってんだ?」
周囲の皆がじっとビカルタの言葉を聞いている。
皆の表情には不満や戸惑いといった感情を色濃く浮かびあがっている。
そんな町人達にビカルタは、怒りや否定の意思を向けるでもなく、一息ついて静かに告げる。
「俺はコイツに”アキヤラボパの雫”をくれてやるつもりだ。だが、それでも気に食わないって奴は、自分がコイツと同じ事が出来ると言い張れる奴だけが、後は好きにしな……!!」
……正直言うと、「え、ここまで言ったのに、はっきりと止めてくれないのかよ!?」という気持ちはあった。
だが、そんな俺の想いは杞憂だったようで、周囲の町人達からは否定や怒声が上がることもなく、彼らは渋々ながらも武器を構えていた手を下ろし始める。
どうやら、ひとまず命の危機が去ったらしい事に安堵する俺。
そんな俺に対して、ビカルタが苦笑しながら、語り掛けてきた。
「……まぁ俺も、お前等”プレイヤー”のように”アイテムボックス”とやらを使用出来ていたら、強奪されることを警戒せずに回復アイテムを持ち歩けてたんだが。……やっぱ、”プレイヤー”ってズルいわ」
――なるほど、それがコイツが自身の回復アイテムを所持していなかった理由か。
確かに、アイテムボックスなどに収納できないままの状態で持ち歩いていたら、敵である”プレイヤー”を追い詰めることが出来たとしても、土壇場でスキルで奪われたりして形勢逆転される可能性がある……と、コイツも色々考えていたんだな。
けれど、それなら別の疑問がここで出てくる。
「俺がお前との戦闘で使った回復アイテムは、お前と同じアイテムボックスを使用する事が出来ないお前の部下から回収したものだぞ?……お前が、俺のような”プレイヤー”にアイテムを奪われることを本当に警戒していたなら、アイツ等にもそんなものを携帯させない方が良かったんじゃないか?」
そんな俺の問いに対して、ビカルタは鼻で笑ったかと思えば――すぐに、寂しげな眼差しを別の場所に移す。
その視線の先にいたのは、町民達に肩を貸してもらったりしながら運ばれている、俺に倒されたビカルタの手下達だった。
「……この町で生きていた奴なら、大なり小なり誰だって”プレイヤー”という存在は許せない。……だが、俺が抱えている『絶対に何をしてでも、どれだけの犠牲を出してでも、”プレイヤー”という存在を殺し尽くしたい』というのは、俺が抱えている俺だけの感情だ。……そんなものに、従ってくれている奴等を付き合わせるのは忍びないというか……いや、単純に俺の決めた行動のせいで、アイツ等が本当に死ぬことに怯えていたのかもしれん」
自分は最大限に警戒しておきながら、部下達には回復アイテムを持たせるという”甘い”ともいえる判断をしたのは、そいつらの生存確率を少しでも上げるため、か……。
そう考えるとビカルタは、自分の殺意や敵愾心が歯止めも効かなくなる前に、心のどこかで敗北を求めていたんじゃないか……と考えたりするのは、飛躍した見方だろうか。
そんな俺に、ビカルタがこちらを向いて訊ねてくる。
「毒に侵されながらも逃げきった”プレイヤー”を追って、山に追跡しに行った俺の部下達がいる。……そいつ等は無事か?」
「それって、忍者と弓矢使いっぽいコノタスとヒサモ、とかいう二人組の事だよな?そいつらを助けるためにも、”アキヤラボパの雫”が必要っていうか……あっ!?それと誤解しているなら、俺が言っている毒で死にかけている仲間ってお前等が追っている”プレイヤー”の事じゃないぞ!?っていうか、そいつのせいで、俺も仲間達もお前の部下もみんな!今酷い目に遭ってるわけだからな!?」
考えてみたら、俺もマリオも”プレイヤー”同士だから、俺が助けようとしている仲間ってのがアイツの事だって誤解されている可能性もあったわけか。
そこらへん、最初から本当に事情を一から十まで詳しく説明出来ていたら、すんなり上手く行けたのか?
……いや、結果良ければすべてヨシ!と思うことにしよう。
そんな俺に対して、「そうか、アイツ等も無事なのか」と呟きながら、ビカルタが再度こちらに語り掛けてくる。
「リューキ、俺達はお前に敗北した身だが……最初にお前が口にした言葉は、まだ有効か?」
最初の発言……あぁ、そういう事か。
俺は、ビカルタに対して力強く笑みを返す。
「俺はこれ以上面倒ごとを起こす気力も時間の余裕もないんだ。これから先だって、まだまだやらなきゃならない事があって、この町に関わっている場合じゃなくなってくると思う。――だから、俺は自分が何かされない限り、この町のみんなを傷つけるつもりはないし、ただ”アキヤラボパの雫”さえくれたらそれで良い」
それを聞いたビカルタは、「そうか……分かった」とだけ呟いたが、今の俺にはその言葉が何よりも頼もしかった。
和やか、とは到底言えぬ状態だが、とりあえず戦闘の緊張感から解放された空気がこの『ヒヨコタウン』という町中に満ちていく。
……だが、そんな俺達のすぐそばで今にも暴発しかねないとばかりに、強大な敵意が牙を剥こうとしていた――。




