かつての追憶
互いに武器を携えながら、ビカルタと対峙する俺。
本来なら、俺もコイツ等が敵視しているハルタとの確執や自分の事情を語るべきなんだろうが、既に俺はコイツの部下であるNPC達を(たぶん)殺してはいないものの、十人近く倒しているため、コイツからすれば俺も自分達が倒すべき”プレイヤー”の一人に過ぎないんだろう。
なんせ、ビカルタから――そして、俺達を囲むNPC達の殺意が半端ない。
他のNPC達は何の武器も持っていない辺り、戦闘力は本当になさそうだからいざとなったら何とか切り抜けられるかもしれないが、このNPCとは思えない凄みのあるビカルタだけはそうもいかない。
全然違う性格のはずなのに――俺は、一連のビカルタとのやり取りでコイツを怖いと思うよりも、『自分の感じたことがすべて正しい』と言わんばかりの物言いが、現実でのある人物と被ってしまって、激しく苛立つ気持ちの方が勝っていた。
その人物とは――俺の父親だった。
俺の父親は、学校で教師をしていた。
外面は――いや、家庭においても比較的人格者的と言える人物だったかもしれない。
職場や外での愚痴を決して家庭内に持ち込まず、共働きながらどこか夢見がちな母親がそういうことを口にすれば、厳しい口調で諫めていた。
夕食のときには、家族でテレビを見ながら全然面白くもないが、くだらないダジャレやらをしょっちゅう口にしているあたり、自分では厳格ながらもひょうきんな父親のつもりだったのかもしれない。
……だが、俺からすれば、父親は全然そんな人格者なんかじゃなかった。
自分が気に食わないことがあれば、感情任せに怒鳴り散らし、それが俺達とは何の関係もない単なる癇癪、ときには単なる誤解で俺の事を怒鳴ったと分かったときにも、自分の非を認めて謝るようなことはしなかった。
そんな風に自分だって失敗する人間のくせに、俺がどれだけテストで良い点数を取ろうが、作文コンテストで受賞しようが、運動会で二位を取ろうが絶対に褒めるようなことをしなかったし、時には「その程度なんて、何の意味もないな」と幼い俺に対して、鼻で笑ったりあげつらうようなことを口にしていた。
かと言って、それ以外の何か明確な俺に求めている理想像やら価値基準などがあるわけでもないことは、父親が普段から口にしている教科書通りの文面、テレビの受け売り、新聞の切り抜き程度の薄っぺらい発言の数々がそれを物語っていた。
ようするに奴は、ただ単に『完璧で厳格な父親像』という自分のイメージを守りたいがために、俺に”甘い顔”をしないようにしていただけなのだ。
人によっては、『虐待やら育児放棄をされているわけじゃないんだから、その程度で文句を言うな!むしろ、感謝しろ!』とかいうのも自然かもしれない。
けど、父親の癇癪とそれに疲れた母親による八つ当たり同然の怒鳴り声が、近所に轟くくらいに毎日くだらないことで連発する家庭で、その後もどちらからも何のフォローもなく、褒められも認められもしない家で、誰が安堵して過ごすことが出来る?ただ否定されるだけの状況下で、本当に何かを目指すつもりになれるだろうか?
そのくせ、こっちの話は聞かずに、自分達の気が向いたときだけ面白くもなんともない話をして、その程度で『家族サービス』が出来たつもりになっている。
叱ろうが、笑おうが、あの二人が俺にやってきたことなんて全部、単なる一方的な押しつけだ。
そんなものコミュニケーションなんて呼べるもんじゃない。
……そして、そんな答えが出るとっくの昔に、俺の中から”向上心”やら”成長意欲”なんてものはごっそりそぎ落とされていた。
当然その結果、部活や勉強に熱心になるでもなく、遊びや恋愛にも興味を示さなくなった俺は、ヨースケに話しかけられるまでロクに友達もいないような無気力なカスになっていた。
当然どの学年に上がろうとも俺は孤立していたが、面倒ごとを嫌う教師からのあたりさわりのない報告を、『同じ教師の言う事なら間違いない!』と、教科書通りの綺麗ごとで丸々信じる俺の両親。
小学生のとき、一度だけ担任が俺と突っかかってきた奴との喧嘩したときのことを話したらしいが、父親は「お前が悪いんだろッ!!」とだけ怒鳴ったので、まぁどの道どんな話を聞かされていても『特に問題はない』という方向で、自身の中で処理するつもりだったのだろうが。
そんな家庭で育ってきた俺だからこそ、自分の父親や家族の事を自慢げに語れるオボロのような奴が羨ましい。
知識や技術関係の話は未だに半信半疑ではあるが、それでも俺と違って、自分の家族の事が好きだと言える気持ちと居場所があり、巻き込んだ側である俺の事をなんだかんだ言いながらも面倒見てくれる奴を、これ以上悲しませるような真似をするわけにはいかない――!!
キキーモラさんだって、敵だった当初の頃から、まるで本物の母親と言わんばかりに俺の世話を焼いてきた。
キキーモラさんが仲間になっていなかったら、俺とオボロはもっと早い段階で決裂していたかもしれないし、彼女には戦闘とは違うところで俺達は何度も救われている。
――例え魔物だろうと、そんな仲間をみすみす死なせて良いはずがないだろう……!!
そういう意味では、認めたくないが――マリオの言っていたことは、間違いなく正しい。
俺は、現実世界にもなかった初めての自分の居場所を守るためなら、手段を選ぶつもりはなかった。
だからこそ俺は、剣を構えながらも怒りを抑え込んでビカルタへと問いかける。
「――お前達が俺のような”プレイヤー”を恨む気持ちはよく分かるさ。だけどさ、俺だって、そこのハルタというギルドマスターには散々苦しめられてきたんだ。俺がコイツ等の仲間によって路地裏に捨てられた姿なら、ここにいる誰かが見ているかもしれない!……苦しめられた記憶がある以上、そこに、NPCとか”プレイヤー”なんて違いはないはずだろう?」
「……」
俺の瞳をジッ……と見つめながら、押し黙っているビカルタ。
何を考えているかは分からないが、それでも、と俺は言葉を続ける。
「そして、大事な居場所や仲間を守りたいって気持ちだって、俺達は互いに全く変わりないはずだ!!……頼む、アンタらの毒にやられた仲間を助けるためには、”アキヤラボパの雫”というアイテムが必要なんだ……!それさえくれたら、この町には二度と関わらない……だから!」
そこまでだった。
ビカルタがブゥン!と勢いよく、俺めがけて大剣を振るってきた。
咄嗟の事でなんの反応も出来なかったが、最初から当てる気はなかったのか、大剣は音を立てて地面に亀裂を刻んだ。
二の句が告げないでいる俺に、ビカルタが険しい顔つきのまま重々しく口を開く。
「……正直言うとな、貴様の発言が本当であろうと嘘であろうと、どうでも良い。俺のやることは何ら変わりはしないからな。――たとえ、貴様がこのハルタに苦しめられ、恨みを持っていようと、死にかけの仲間を助けるつもりだろうと、我々は貴様の訴えを聞くつもりなど微塵もない。――貴様には、どれだけの犠牲が出ようとも、ここで確実に死んでもらう必要がある――!!」
「ッ!?――な、なんでだよ!!俺が、一体何をしたって言うんだ!」
部下を倒したことか?
でも、光の粒子になっていない辺りまだ誰も死んでないはずだし、治療すればピンピン復活できるはずだ。
だが、そんな俺の意思を否定するかのようにビカルタは首を横にする。
「これは貴様が、というよりも、我々側の事情だな。――既に知っての通り、我々はこれまで自我を持たぬ”NPC”として存在してきたが、この町を牛耳っていた”プレイヤー”達に反旗を翻すために、自分達の力だけで混成毒を作り出し、不意打ちとはいえ、襲撃で奴等を全滅にまで追いやった。……この『ヒヨコタウン』で生きる我々という存在は、既にどうしようもなく貴様等”プレイヤー”という存在にとって脅威なのだという事は自覚している……!!」
だからこそ、とビカルタは俺の方を見る。
「この町で自我を持っている我々の情報が、万が一、他の町の”プレイヤー”に知られるようなことになれば、奴等は一斉に自分達の安寧を脅かす存在として、我々に隷属するか排除しようとしてくるはずだ。――冗談ではない!我々は、もはや誰の所有物でもない。意志ある一つの存在なのだ!!」
「そ、そんな……俺は、そんなことを吹聴するつもりはない!!ただ、仲間を」
「貴様やその仲間とやらから情報が漏れないという保証がどこにあるッ!?――俺は、この町の者たちをまとめる存在として、我々の存在をわずかでも脅かす存在を逃すわけにはいかないのだッ!!」
そう叫ぶビカルタの瞳には、さらなる殺意とでもいうべきものが色濃く浮かびあがっていた。
「仲間が毒で死にかけている、と言ったな?ならば、実に好都合だ。貴様を仕留めることが出来ても、そいつに他の町や村に逃げ込まれてしまっては、意味がないからな。毒が回っているなら、身動きもロクに取れぬままそのうちくたばるだろう。……確実性を増すために、貴様の処理が終わったあとには、付近を捜索してそのお仲間とやらにとどめを刺しておいてやろう……!」
「――なんだと、テメェッ!!」
キキーモラさんが瀕死になっていることを『好都合』と言ったうえに、俺だけでなく仲間達ごと命を奪うと口にするビカルタ。
我慢できずに叫ぶ俺に対して、ビカルタが初めてニヤリと、不敵な笑みをこちらに見せた。
「――あぁ、そういう意味では、お前はこの町にいた他の”プレイヤー”達と違って、実に仲間想いかつ誠実な正直者のようだ。情報提供に感謝する。礼と言ってはなんだが、欲しがっていた万能の霊薬:”アキヤラボパの雫”は、貴様とその仲間達の躯の横に置いてやることにしよう。――もっとも、死にゆく者にさえ効果があるかは分からんがな……!」
そう言いながら、クハハハッ!と笑うビカルタ。
その様子を目にしながら、俺は奴を睨みつける。
……どうして、そんな風に嘲笑出来るんだ。
なんで、戦う必要なんかないのに、絶対に俺に勝てる保証もないのに、お互いに守るべきものがあることを分かっているのに、そんな愚かな選択が出来るんだ――!!
俺の親父とコイツは性格も、行動原理もなにもかも違うのかもしれない。
だが、それでも――今このときは、自身の正義を押し付け、俺の居場所を奪おうとしてくる俺の親父の姿と重なっていた。
どれだけ御大層なことを口にしようが、そんな”大人”の理屈にはこれ以上従わないと、俺は強い意思を持って咆哮する――!!
「なんでもかんでも、自分達だけに事情や感情なんてものがあるなんて思ってんじゃねぇぞ、テメェッ!!――気軽に俺からすべて奪うとほざくなら、”アキヤラボパの雫”ごと!お前のふざけた傲慢さを俺が略奪してみせるッ!!」
刹那、俺の中で急速に意思の力――”BE-POP”が満ちていくのを感じる。
異変を感じ取ったのか、驚愕の表情をするビカルタに対して、今度は俺が不敵な笑みを返す。
そんな俺を見ながら、激昂したビカルタも先ほどとは打って変わって真剣な顔つきになりながら俺と向き合う。
「よく吠えたな、クソガキがッ!!――だが、貴様の辿る末路はまったく変わらん!正直者ではあったが、物事を理解する頭の方が足りなかったようだな!?」
「――ッ!?うるせぇッ!!俺がこんな風になったのも、全部、お前みたいな卑怯な大人や社会……そんな奴等をのさばらせてきた時代が全部、全部!悪いんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
ビカルタの発言を受けて、さらに俺の”BE-POP”が爆発的に膨れ上がっていく――!!