新スキル――獲得ッ!!!!
凶悪ギルド:『肝っ玉バイプス』のクズ共によって、激しいリンチの末に命を落としたはずの俺だったが……どうにも、意識がある。
これは何かがおかしい、と思いながら、俺はゆっくりと目蓋を開いていく……。
(…………えっ?)
そんな違和感とともに、本当に視界が広がっていく。
そこにあったのは、下っ端が俺を捨てたと思わしき汚らしい路地裏の光景だった。
いつの間にか時刻は夜になっていたらしく辺りは暗くなっており、建物から漏れ出た灯に照らされながら、俺は途方に暮れていた。
死んだはずなのに、どうして……。
唯一の所持品といえる装備:『過激な性描写のライトノベル』を持ちながら困惑する俺だったが、自分宛てに何やら新着の通知が入っている事に気づく。
ゲームの仕様らしいメッセージウィンドウを開くと、そこには俺が待ち望んだ――それでも、一目見ても信じられない情報が記載されていた。
『新スキル:【山賊領域】を獲得しました!』
……山賊領域?
スキル名からは全く想像できないが、一体何なんだそれは……。
困惑しながらも俺は、スキルの説明を読み進めていく――。
スキル:【山賊領域】
効果:プレイヤーが設定した”縄張り”の形を、瞬時にフィールドに展開する事が出来る。
持続時間・威力はスキル使用時の”BE-POP”消費量による。
取得条件:条件は以下の通りである。
・自身のHPが尽きるのと引き換えにしてでも、任意の対象を守り抜くこと。
・レベルが自身より30以上高い敵に対して、急襲を成功させること。
・これまでの総プレイ時間が240時間以上であり、プレイヤーがこれまでに一度もしてこなかった行動を実行すること。
これら三つの条件を同時に行ったときのみ、このスキルは取得可能である。
なお、スキル取得時のみにおいて、プレイヤーは任意のタイミングで完全復活する事が出来る。
スキル説明は、そのような文面で締めくくられていた。
”BE-POP”とかいうのはよく分からない単語だったが、新たなスキルを取得した俺は、これまでの苦労がようやく報われた事に対する喜びだけじゃない様々な感情が渦を巻いていた。
多分、このスキルを取得したのは脳裏に意思のようなモノが流れ込んできたあのときだったのだろう。
――大事な家族・友人といった周囲の”縄張り”を守り抜くという誓い。
――理性や理屈では制御出来ないほどの剥き出しな熱き”衝動”。
――新たな時代を切り開く事を夢見る意思の力。
それらの条件を全て、『自分が大事にしていたエロいラノベを、イジめてきた奴等から取り戻すために逆切れすること』で達成出来たというのは、一見すると凄くチャチな事に思えるかもしれない。
けれど俺は、その程度の事すら今までしてこなかったのだと思い知らされる。
(こんな簡単な事だったのに、俺はそれすらも挑もうとすることなく、簡単に諦めていた……ハハッ、そりゃ、この一カ月間何をやってたんだって話になるよな……!!)
自分のあまりの不甲斐なさに頭を掻きむしりたくなるが、俺は”NEW”と表示されている新スキルを再び見つめて決意を固める。
(そうだ……ここまで耐えながら、どれだけみっともなくても生き抜いてきたからこそ、俺はこの新たなスキルを得る事が出来たんだ!!……それならもう、これまでロクに人から相手にされず、”何者”にもなれない生活を終わらせなくちゃいけないッ!!)
それはこの異常なデスゲームと化した世界だけじゃない。
現実で17年間生きてきた俺自身に通じる、地続きに連なっていくべき想いだった。
――なら、今の俺がやるべきことは、もう決まっているだろう?
そんな自問に答えるように、俺は路地裏で高らかに宣言する――!!
「俺は、いてもいなくても良い”誰か”なんかじゃない!!……今度こそ俺は、本物の”山賊”になってみせるッ!!」
――底辺職とされる”山賊”を極めて、今までの人生とは違う自分だけの特別なプレイがしたい。
それは、自分がこのゲームを始めることを決めた思い付き程度のちっぽけな願い。
けれど今は、そんな感情が確かな誓いとなって俺を奮い立たせていた。
自分の中にこれほど強く、前向きな感情が残っていたのか、と密かに驚かされる。
それでも不思議と悪い気はしなかった俺は、この世界で初となる純粋に高揚した気持ちで夜空を見上げる。
何もかもが元いた世界からはかけ離れたこのPANGAEAだが、空だけは変わることなく――いや、それ以上に雲一つなく澄み渡っており、満月の光が新たなる俺の出発を祝福するかのように照らしてくれていた。
無邪気に何の気なく、月に向かって手を伸ばしていると、ふと視界をよぎるモノがあった。
「アレは……流星なのか?」
それは、紅い輝きを放つ流れ星のように俺には見えた。
そんなモノまで再現するとは、この世界は予想以上にこだわっているようだ。
かと言って、何も本物さながらのデスゲームにまでしなくても良いと思うのだが……。
そんな事を考えながら、俺は流星が消えた軌跡をなぞるように手を伸ばす。
「こうなったら、この”山賊”っていう職業を極めまくって、あの星に届くくらいに成り上がってやる!」
……自分で言いながら、(まぁ、流石にゲーム世界とはいえそれは無茶だろうな)と考えなおし、苦笑しながら顔が熱くなるのを感じる俺。
我に返って冷静になりつつあるそのときに、ふと先程の疑問がまたも頭に浮かび上がってきていた。
「……そういや、このスキルに必要な”BE-POP”って結局何なんだ?」