分岐点・海老/土竜
半ばマリオに強制される形で、状態異常回復アイテムを入手するために『ヒヨコタウン』へと一人で向かうことになった俺。
今こうしている間にも、マリオはともかくキキーモラさんもいきなり”即死”の効果が発動して、命を落とすことになってもおかしくはない。
明確なタイムリミットは不明。
ただ、とにかく一秒でも早く向かわなければならない。
そんな状況下であらゆる能力値が貧弱すぎる”山賊”の俺が、徒歩で歩いているうちにすべてが終わってしまうのは確実。
こればっかりは誤魔化したところでどうにもならないので、正直にマリオに告げたところ、奴は右手で爆弾を握ったまま、左手でのそのそと自身のアイテムボックスから『ヒヨコタウン』へ一瞬に帰還できる使い捨てアイテム:"エビメダル"を取り出し、俺の足元へと投げ捨てる。
「しかし、つい今しがた俺に粋がったことをほざいていたくせに、その相手から恵んでもらうとか本ッ当にお前って格好つかないのな!!愉快なもん見せてもらったし、ソイツは特別にタダでくれてやるよ。――だからお前は、NPC共の前でキッチリ死んで、しっかり治療薬を盗んでくる!そのくらいは、こなしてくれよな?リューキくん!!」
何が、『タダでくれてやる』だ。
このアイテムと同様、マリオにとっては俺の命すらも使い捨て程度の認識、役目さえ終えればあとは用済みと考えているくせに、白々しいにも程がある。
「リューキ……」
「キキッ……」
そんな俺を、心配そうに見つめる弱り切ったキキーモラさんと、看病しているオボロ。
無言で頷きを返しながらも、俺はもう一度だけチラリとキキーモラさんの方に視線を向ける。
俺や寄り添っているオボロを気遣ってくれているが、本来なら混成毒に蝕まれているキキーモラさんが一番苦しいはずだ。
本当なら、危険なリスクを冒してまでNPCが占拠している町に行くよりも、物理法則すらをも超えることが可能とされている俺の”BE-POP”をキキーモラさんに使用して、毒を中和できるのか試すべきなんだろう。
だが、今の俺は先ほどのヒサモとの戦闘で【凌辱に見せかけた純愛劇】というスキルを使うために、”BE-POP”を使用してしまった上に、マリオによって作られた今の緊迫した状況のせいで、意思の力もロクに回復出来ていない。
そんな俺に再度オボロが「リューキ!」と呼びかけてくる。
「リューキ、アンタが今になっても一度も成功できていない”天空流”を信じられないのは、仕方ないことだと思う……でも、アンタが”山賊”ならあのマイクは必ず役に立つはずなの!そのことだけは、忘れないで……!!」
半ば、懇願するように必死にそう述べるオボロ。
それに対して、俺は――。
「別にそんな心配なんかしなくても良い。――俺が、オボロの言葉を疑ったことなんて一度もないしさ」
と、すぐに口にしたかったのだが、よくよく考えなくても俺は何度もオボロの”山賊”関連の知識や”天空流”の話を内心で疑っていたし、それに俺自身も現在色々精神状態がいっぱいいっぱいで上手く対応出来る自信もなかったので、無難に「あぁ、分かった……」とだけ告げていた。
そんな俺に対して、オボロは何か言いたげに訝し気な眼差しを送ってきていたが、マリオの「テメェ等、グダグダくっちゃべってねぇで、さっさとアイテムかっぱらってこい!!」という怒声によってやり取りは中断させられた。
明らかな苛立ちを見せているマリオや、不安げな仲間たちや襲撃者に見られている中で、俺は『ヒヨコタウン』に向かうための”エビメダル”を使用する。
”エビメダル”とは、使用者が最後に立ち寄った村や町といった拠点に、瞬時に帰還する事が出来る使い捨ての硬貨型アイテムである。
表側にはエビ、裏側にはモグラが描かれており、使用する際にはコイントスをすることで効果を発揮するようになっている。
どちら側が出ても失敗とかはなく、拠点に戻ることが出来るのだが、表側のエビが出ると故郷に戻ったときの手土産のつもりなのか、『海老天丼』を一人前おまけで入手することが出来る……と言われている。
だが、今の俺達は一刻も争う事態なので、落ちてきたコインをすぐさまキャッチし、発動したアイテムの効果にそのまま身を委ねていく――!!
「無事成功、ってか。……まぁ、別に失敗とかもない訳だが」
掌の中のメダルの喪失を感じながら、俺は眼前の光景を見上げる。
そこにあったのは、まぎれもなく俺にとって思い出したくもない多くの苦痛や屈辱が眠っている『ヒヨコタウン』という町の……まさに、真正面だった。
「むっ、なんだ貴様!!怪しい奴め!」
案の定、俺は武装しているNPCらしき人物にすぐ見つかった。
……まぁ、普通拠点がプレイヤーに敵対する勢力とか人物に占拠されている事態を想定して、ゲームを作ったりなんてしないよな。
そういう意味では、すぐに休息できるように村の真正面に飛ばしてくれる”エビメダル”ってのは親切で使いやすいアイテムであることには違いない。
なんて思考する間もなく、さっそく俺は生命の危機に瀕していた……!!