過去との対峙
俺達の眼前に、息も絶え絶えかつボロボロの姿で現れた一人の男。
コイツの名前は、マリオ。
”ヒヨコタウン”という町を拠点にしているプレイヤーギルド:『肝っ玉バイプス』に所属しているプレイヤーの一人であり、ギルドマスターのハルタに媚び諂いながら、率先して俺のような低レベルプレイヤー達を虐げてきたまごうことなき糞野郎である。
散々、俺達の事を嬲りものにした上に、俺が町から追い払われる事になった"元凶"ともいえる人物――。
そんなマリオが、傷だらけになりながら苦しそうに道の脇にある岩にもたれかかり、俺達の眼前でヒュー、ヒュー、と息をしていた。
マリオはこれ以上一歩も動けず喋る事も出来ない、と言わんばかりに荒い呼吸を繰り返しながら、懇願と恐怖が入り混じったような眼差しで俺の事を見つめていた。
俺の傍らにいるオボロやキキーモラさんに目を向けていない辺りどうやら、あの町でコイツ等からの凄惨なリンチに遭って死んだはずの俺の事を覚えているみたいだ。
まぁ、コイツは自分の事を生粋の強者だと思い込んでいる生粋のいじめっ子と違って、メンバー間ですらいつ迫害されるか分からないような立ち位置だからこそ、単なる"保身"のために自分より弱い相手を生贄にしてきた単なる卑怯者。
その証拠と言わんばかりに、絞り出すような声でようやく「な、なんで、お前がここに……」という怯えた声音とともに呟く。
「リューキ、この人アンタの知り合いなの?……なんか、あんまり友好的な関係じゃなさそうだけど……」
心配、というよりかは、純粋に困惑した感じでこちらへと問いかけてくるオボロ。
オボロの口から出た俺の名前を聞いて、いよいよマリオは顔面蒼白になっている。
そんなマリオの顔を見ながら、俺はこれまで以上にないくらい明確な苛立ちの表情を浮かべていたに違いない。
――……自分が殺した相手の顔も名前も覚えているくらいにマトモなら、どうしてあんな、俺達を嬲るような真似が出来るんだッ!!
そんな想いを吐露するかのように、俺はマリオを睨みつけながらオボロの問いに答える。
「……コイツが、前に話した俺を死に追いやったプレイヤー達の一人だ。――コイツ等さえいなければ!!」
内から湧き出る憤怒の感情とともに、マリオの方へ一歩踏み出す俺。
マリオは俺を見上げながら涙を流し、うわごとのようにただひたすらに「助けて……」と繰り返す。
そんな俺に対して、厳しい声音とともにオボロが言葉を投げかけてきた。
「リューキ!アンタ、最初の日にアタシから言われた言葉をもう忘れちゃったの?」
……最初の日に、オボロから言われた言葉?
そんなもの――。
『よ~し!こうなったら、リューキ! アタシが先達としてアンタに”BE-POP”の極意が何たるかを教えてあげる! そんでもって悪いヤツを見返す、亡くなった友達の分まで生きて成功する、アタシを無事にもとの場所に帰還させる! ……と、アンタも”山賊”だっていうのならこのくらい、欲張って全部やってみせちゃいなさい!!』
……あぁ、そうか。
正直言うと、今のところオボロから教わった事は、極意どころじゃないくらいにほぼすべてデタラメだと思っているけど、そんな俺でも確実に分かっている事がある。
俺は、オボロの方へ向き合い、真摯に自身の意思を述べる。
「……そうだな、オボロ。――上手く言えないし、今も正直それについてはよく分からない事ばっかだけど……確かにこれは"BE-POP"なんかじゃないよな……!!」
「……ん。それで?アンタはどうするの?」
オボロが真剣な表情で俺へと問いかける。
さっきの呼び止めた時とは裏腹に、今は声にコチラを試すかのような響きがあり、若干ではあるが茶目っ気ある笑みのようなものすら感じられた。
このまま、安易に許すだけなのもそれはそれで駄目だと言う事なんだろう。
だから、俺は――。
「あぁ、もちろん恨みにかられて殺すような真似はしないぜ!――死なないように最低限の処置を施してから、コイツに何があったのかを適度に殴りつけながら聞き出す!!――身動きが出来ないように完全に拘束してからは、自分が見下してきたはずの"俺"という存在が、眼前でオボロとキキーモラさんという両手に花かつ猪肉三昧な酒池肉林生活をする様を、特等席で死ぬまで見せつけてやる!!コイツには三色すべて、生のマタニティキノコを口に詰め込む……これが、これこそが!復讐を乗り越えた先に見い出した俺の"BE-POP"だッ!!」
過去への恨みではなく、今ある自身が築き上げたコミュニティを守り、未来を思い描く意志の力。
俺にも、少しだけオボロが伝えようとしていた"BE-POP"という存在の片鱗が理解できたような気がした。
そんな、俺の回答に満足したのか、オボロはニッコリと笑って口を開く――。
「――30点!!」
そして、すぐさま明らかに変顔と分かる白目を見せた状態で、げんなりした感をアピールしてくるオボロ。
???なんだ?一体、どこが間違っていたというんだろうか?
困惑する俺に対して、若干の呆れと複雑そうな感情が入り混じった表情でオボロが答える。
「そりゃね?確かに、突発的に相手の命を奪う前に、相手から情報を聞き出すってのは正しいわよ、それは間違ってない!……でも、それから先はほぼ全て私怨丸出しじゃない!?内容とか、やろうとしている行為はまだ分かるんだけど、なんだろう?乗り越えるどころか、明らか囚われまくってると言うか!?」
そんな感じで、義憤とか嘆きではなくただひたすらに驚愕した表情でまくし立ててくるオボロ。
俺は困惑しながらも、すくさま反論する。
「えぇ……? でも、『悪いヤツを見返してやれ!』っていうオボロの言葉を尊重するなら、殺したりなんかするよりもこの方法が良いだろうし……第一、コイツは俺達よりレベルが高い上に悪質な行為を繰り返していた奴なんだから、俺達みたいな異様な連中の事が知られた状態で野放しになんかしたら、絶対厄介な事になるのは確実だろ?」
なんせ、俺達のパーティーは
・最弱職の"山賊"にして、死んだはずの俺。
・プレイヤーとしてはあり得ない"異種族"の少女であるオボロ。
・本来、仲間になるはずのない"魔物"であるキキーモラさん。
……うん、こんなの絶対、現在この異常事態に巻き込まれている全てのプレイヤーに狙われてもおかしくないイレギュラーに違いないですわ。
「〜〜〜だから、それは理屈としてそうなんだけど、何か素直に頷きにくいと言うかさ〜!」
と、オボロも俺の意見自体は間違っていないと、理解してくれているようだ。
「……まぁ、なんだかんだで友達を失ってからまだ間も経っていないだろうし、気持ちを整理する時間はまだまだ必要か……それに方向性はどうあれ、リューキが自分の意思を自発的に言えるようになった、という意味では、前進と言えるのかも……」
何やら、ブツブツと呟いているが、これで問題なさそうだ。
「あ!あと、アンタの『両手に花』とかいうモテないヤツ特有のハーレム思考なんかには、絶対付き合わないから!」
「キキッ!www」
……早くも、俺の理論の牙城は崩壊した。
ともかく、自身のすべき事が定まった俺は、瀕死のマリオへと視線を移す。
コイツも過去の悪行を心底悔い改めているのか、小声でブツブツと何かを呟いていた。
「……ッざけんなよ、黙って聞いてりゃイイ気になりやがってッ!!」
「えっ?」
マリオからの予想だにしなかった言葉と突然の気迫を前に、思わず間抜けな声が出てしまった。
それによって、思わず反応が遅れる。
その隙をつくかのように、マリオが決死の形相を浮かべながら勢いよく起き上がろうとしていた――まさに、そのときだった。
ヒュン、と風切り音が聞こえたかと思うと、岩場に背中を預けていたマリオの身体を打ちかのように、正面から飛来してきた矢が奴の腹部を貫いていた。
「ッ!?ガ、ガハッ……!!」
そのような呻き声とともに、盛大に吐血するマリオ。
このままだと、確実に死ぬ事は間違いないが、今はコイツの事よりも優先すべき事がある。
俺達は、矢が飛来してきたと思われる方向に向けて、勢いよく振り返る――!!
「――貴様!一体、何奴ッ!?」
オボロが、やや古風さを感じさせる口調で問いかける。
そんなオボロに対して、軽薄な笑みとともに答えが返ってきた。
「――冷奴、ってね?……今とっさにこのフレーズ浮かんできたんだけど、俺のセンスヤバくね!?おまけに、俺の矢が当たったし!!マジスゴくね!?」
「うるさい。……そんな事よりも、町から逃げ出したのは一人のはずじゃなかったのか?……何やら、"プレイヤー"らしき者達がいるようだが」
視線を向けた先にいたのは、二つの人影であった。
どちらも俺より少し年上くらいと思われる青年達。
その姿を目にして、俺達の間に緊張が走る――!!
――かつての因縁との再会からの、予期せぬ謎の襲撃者。
何が起きているのかは分からないが、それでも、波乱の幕開けといえるものを俺は静かに感じ取っていた――。




