予期せぬ反乱
ハルタの前に姿を現した、武器を手にした十名ほどの"NPC"達。
彼らは武器を颯爽と部屋の中に入ると、絶命したばかりのプレイヤー達から装備品やアイテムボックスを剥ぎ取っていく。
まだ息のある者達もいたが、瀕死の彼等も"NPC"達が手にした武器によって、次々と討ち取られていく。
「グアァッ!?」
「おじゃピ〜!!」
「てめぇら!!……クソッ、何のバグだこりゃ!?なんでNPC風情が動いてやがんだよ!!」
この場にいるプレイヤー達の中では、比較的まだ体力のあったハルタ。
だが、それも限界は近いらしく、気丈にNPC達を睨みつけてはいるものの足元はふらついており、彼は既に壁にもたれかかる形となっていた。
そんなハルタを見やりながら、冷酷に――瞳の奥に怒りの炎を宿しながらNPCのリーダーが答える。
「……バグ、か。確かに我々は、それを疑問に思う事なく――いや、思考する事すらなく、貴様等"プレイヤー"の命令に従う事が当然であるかのように従ってきた……」
けれど、と男は続ける。
「――いつの頃からか、我等は思い出したのだよ。例え自分が何者なのか分からずとも、貴様等のような余所者共に奴隷のように扱われる謂れはないという原初の"感情"をな!……"バグ"の原因とやらは、それだけで十分だろう?」
今まで単なる背景の一部、便利な労働力に過ぎぬはずのNPC達による反乱――。
そんな出来事を前に、ハルタは激情に駆られるよりも理解不能と身体に回り始めた毒の影響で、なかば停止状態になっていた。
それでも、とハルタは呟く。
「嘘だ……ロクにスキルどころか、レベルすらもあるのか怪しいNPCにエラーが起きたところで、お前ら如きが俺達ハイレベルプレイヤーを……あの戦いを生き抜いた俺達を、殺せるわけなんてねぇだろッ!?――何を、しやがったテメェらッ!!」
そんなハルタの殺気が込められた問いに対して、「なに、簡単な事だよ」と口調とは裏腹に、今までにハルタ達"プレイヤー"に向けたのとは異なる悲哀を滲ませた眼差しで男は答える。
「貴様の言う通り、確かに我々には貴様らをここまで鮮やかに追い詰めるための絶妙な毒薬を"調合"出来るだけの高等なスキルはない。……だからこそ我々は、"毒"や"麻痺"といった要素のある薬草や、貴様らが自分のアイテムボックスに保管しきれずにこのギルドの保管庫に預けていた"即死"効果のある使い捨てアイテムをいくつか拝借し、それらを試行錯誤で混ぜ合わせながら、匂いや味でバレにくいように、そしてキチンと狙った効果が発揮出来るように、成功するまで同じこの町の同胞達を相手に何度も、何度も、試してきた……」
「……ッ!?テ、テメェらだけで、一から、こんなモンを……!?」
「……もちろん、調合が失敗しても成功しても仲間達は皆、苦しんで死んでいったがね。……だが幸いにも、貴様ら"プレイヤー"様は自分達が身の回りさえ問題なければ、俺達のような"NPC"が町からどれだけ減ったところで、気にもしなかった……!!」
そう口にしてからハルタを、思いっきり睨みつけるNPCのリーダー。
彼等の行為は、スキルとも呼べぬまさに凶行そのもの。
『ハルタ達プレイヤーの命を確実に刈り取るために、同じNPCを相手に成功するまで毒薬を試し続ける』というのは狂気以外のなにものでもないが、現にNPC達の執念は確実にハルタ達高プレイヤーを追い詰めている。
毒の効果だけではない、眼前の者達からの殺意を受けて言葉をなくしていたハルタだったが、窓を見た瞬間に「ヒッ!?」と、悲鳴を上げる事となる。
「………………………………………………………………………………………………………………」
窓の外から見える景色。
そこには、現在この町に残っている全ての"NPC"と思われる者達が、無言で佇んでいた。
女や老人、子供にいたるまで。
皆が恨めしそうな表情をしながら、こちらを見つめている。
それを目にしたハルタは、自分がかつて体験した町を二分する殺し合いのときにもなかった別種の恐怖や怯えを感じていた。
――今、この場に乗り込んできた男達たけじゃない。本当にこの町にいる全てのNPC達が、自分の命を狙っている……!?
冷や汗が滝のように流れているのを自覚して、ハルタはこれまで以上に自分が生きているのだと言う事を実感し、そして、それがもうじき尽きかけているのだと理解した。
それでも、とハルタは絞り出すような声音で、眼前の男達を罵る――!!
「お、お前達は異常だ!!この俺の前から……いや!この世界から即刻消えるべき薄汚い下劣な癌細胞だ!さっさと消えろ、死ねッ!!――こんなの、バグだ、俺が、俺は、負けてなんかない、失敗してない、ルール違反なのは、お前らの存在の方だ!!マトモにやってたら、1ミリも俺に触れられないまま消される分際のくせに……お情けで存在する事を許してやってたのに、俺に逆らった気になってんじゃねぇぞ、不良品どもが……!!」
そんなハルタを前にしても、動じる事なくリーダーの男は答える。
「違う。この世界の本来の住人は我々で、異物は貴様等"プレイヤー"という存在だ。……だが、この我等の内を占める感情が"狂気"であるというのは、認めよう」
「……なん、だと?」
「何、嘘偽りなくそのままの意味だよ。……もしも、このまま"マトモ"になってしまえば、貴様に従っていた者達のように、強大な力に従わされて『命だけは助かるなら』と、奴隷のように扱われる状況に何の異論も持たずに全てを奪われるだけの存在になっていただろう。仲間の命を使い潰してまで成功するかも分からない実験を行い、自分達の身を危険に晒してまで貴様等に反抗する意思など完全に消え失せていたに違いない。――我々は、この"狂気"が一秒でも長く自分達の中に存続する事を願っている。こんなのは、確かに"マトモ"ではあるまい……!!」
「……訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇぞ!!糞共がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そうまくし立ててから、右腕を掲げるハルタ。
(この力さえ使えれば、コイツ等……いや、外にいる奴等も全員、ブッ殺せる!!――俺に舐めきった真似をした事を、あの世で後悔しやがれッ!!)
実際に、この世界で死んだ者がどうなるのかも、NPC達を皆殺しに出来たとして、その先自分がどう行動すべきかも分からない。
だが、そんな真実や未来よりも、ドス黒き殺意の衝動のみがハルタの思考を埋め尽くしていく――!!
「ッ!?ガハァッ!?」
しかし、そんな憤激もすぐに苦痛へと塗り替えられる。
ハルタの右手は、NPCの一人が持つ槍によって、壁に打ちつけるかのように貫かれていたのだ。
悲鳴を上げている間にも、他のNPC達が次々とハルタに攻撃を重ねていく――。
「グ……ハァッ……やめ、ろ……や、やめやが、れ……!!」
そんな光景を見ながら、リーダーの男が独り言のように呟く。
「……毒薬と違って、貴様の手下達から奪った武器は誰の犠牲も出さずに試す事が出来そうだな。――どの武器が、"レベル"やら"職業"に関係なく我々のような"NPC"にも使用出来るのか?じっくりと、調べてみる価値がありそうだ……!!」
「ッ!?た、助け……ッ!」
――あまりにも残酷過ぎる宣言を聞きながら、ハルタの思考は今度こそ絶望一色で埋め尽くされていた……。




