事態急変
突然倒れたかと思えば、あろう事か絶命していた"遊び人"の男性プレイヤー。
その様子を見て、周囲のプレイヤー達も激しく狂乱し始める――!!
だが、異変はそれだけではすまない。
とにかく声を荒げる者、この場から逃げようとする者、事態を飲み込めずに立ち尽くすだけだった者……。
彼らは突如、いっせいにうめき声を上げると、今しがた絶命した"遊び人"のように突然床へと倒れ込んだのである。
「な、何だよこれ……!?」
「い、嫌ぁ……私、死にたくない……!!助けて……何とかしてよぉ、ハルタン……!」
そう口にしながら、レベルや職業、性別の区別なく、皆が苦悶の表情を上げながら床を叩いたり、自身の喉をかきむしる。
だが、ギルドのメンバー達はうめき声を上げたり吐血しながらも次第に大人しくなっていき、ついには彼らも"遊び人"同様にモノ言わぬ死体となっていた。
眼前で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図。
この状況下において、ギルドリーダーであるハルタと数名のプレイヤーだけが生き残っていた。
けれどハルタ以外の者達はハルタと違い、瀕死の状態になりかけていた。
「うぅ……何で俺がこんな目に……?どうにかしろよ、ギルマス……!!」
「ゆ、許さんでおじゃるッ……!誰ぞ、こんな外道な真似をしたのは!?……ま、麿は……貴様等、糞プレイヤー不信でおじゃる〜〜〜!!」
そんな彼らのあてもなき怨嗟の声を尻目に、ハルタは何とか事態を理解しようと辺りを見渡す。
「クソッ……!?こんなくだらねぇ真似をしたのは、どこのどいつだ!!」
憤怒、というよりも自身の中の不安をかき消すかのように叫び出すハルタ。
だが、その声に答える者は誰もおらず、場は静寂に満ちていた。
分からない事ばかりだが、ハルタは落ち着きを取り戻すために爪を噛みながら思案する。
(まさか、この町の中に魔物でも入ってきやがったのか……?いや、この世界はゲームをもとにしているから、プレイヤーが居住する町などのポイントに魔物は入ってこれない仕様になっているはずだ!)
そしてハルタはそのような万が一に備えて、この町にいるNPC達になにか町中で異変が起きればすぐに自分達に知らせるように命令していた。
魔物は侵入出来ず、NPC達による監視網と自分達ギルドの高プレイヤー達が、常にこの町には常駐している。
この町に引きこもっていれば、何もかもが安全――のはずであった。
「……いや、コイツ等は何らかの"毒"でやられてる。おそらく料理にでも混ぜていたんだろうが……少なくとも、そんなまどろっこしい真似は魔物とかじゃない、知能がある"人間"の仕業に違いねぇ!!」
そこまで口にしてから、何かに気づいたような表情になるハルタ。
ワナワナと唇を震わせながら、彼は自身の憶測が外れていて欲しいと切に願う。
「まさか……これをやったのは、他の場所から来た"プレイヤー"なのか!?」
もしも、そうならば"スキル"を駆使する事によってNPCの包囲網をかいくぐり、ハルタ達の料理に毒を混ぜ込むのも不思議ではない。
となると、暗殺者系の職業だろうか?
いずれにせよ、そのような『自分達の拠点から出て、他の場所へと調査に乗り出す』という考えのプレイヤー達なら、かつてこの町にも存在しており、ハルタが本当に"外敵からの脅威"を真剣に認識していたのなら、普段からその可能性を考慮すべきだった。
だが彼は、自身の力で事態究明の調査プレイヤー達を倒した事で名実ともにこの町の支配者となり、自分に対抗する者が皆無になった事で、『町を出て外へ調査しに行くよりも、町を拠点に立てこもる方が正しいに決まっている』という風に、自身の勝利がそのまま思想や方針の正しさだと思い込んだ結果、ハルタは自身にとって不都合な事は全く考慮せず、自身の考えが絶対的だと思い込むようになっていたのである。
(……だが、これは本当に外部のプレイヤーの仕業なのか?……いくら何でも最初の接触が、その町のギルドプレイヤーをまとめて暗殺だなんて、不自然過ぎるだろう……!?)
この見えざる攻撃からは、効率や利益などではない、『自分達を苦しめ、命を奪う』という明確な敵意や覚悟のようなものを感じる。
そこまで考えてから、ハルタの頭部が一瞬、大きく横へとグラつく。
「な、なんだ……?俺は、他の奴らと違って、まだロクにメシに口をつけてなかったはずだぞ!?」
そう叫んでから、瞬時に違和感に気づく。
突然起きた異変の数々で正常な判断力が鈍っていたが、この部屋なら普段は嗅ぎなれない臭気が感じられたのである。
おそらく今のハルタや生き残った者達のように、料理に口をつけなかったりあまり食べなかったプレイヤーを確実に葬るために、料理に入れたのと同じような効果を発揮する香か何かを用意していたに違いない。
そんな彼の推察を肯定するかのように、部屋の奥から目から下の部分を布で覆った者達が十名ほど、武器を手にして姿を現す。
だが彼らの正体は、ハルタが想定していた"外部のプレイヤー"などではなかった。
「お、お前らは……!?」
その姿を目にした瞬間、驚愕の表情を浮かべる。
そんな彼を前にして、集団の先頭に立っている男が、感情を見せぬ瞳でハルタを射抜きながら、布越しにくぐもった声で告げる。
「やはり貴方達は、我々を『知能がある"人間"』とは見なしてくれていなかったのですね。……まぁ、分かりきってはいた事でしたが」
そう口にしたハルタの眼前の人物とその仲間達。
彼らは、現在ハルタ達が拠点としているこの『ヒヨコタウン』という町で活動している、"NPC"と呼ばれる自我を持たぬはずの存在であった――。