不穏なる兆し
――”ヒヨコタウン”:『肝っ玉バイプス』・ギルドハウス
ヒヨコタウンを根城にするプレイヤーギルド:『肝っ玉バイプス』。
このギルドのマスターにして、高レベルの竜騎士:スプリングス=ハルタは仲間達と夕餉の食卓を囲んでいたが、何やら激しく苛立ちを隠しきれない表情を浮かべていた。
彼が思案にふけっていたのは、過去のある出来事についてである。
「……俺は何も悪くねぇ、間違っちゃいねぇ。……悪いのは、全部アイツ等の方なんだ……!!」
――全てのプレイヤー達が、この≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲーム内に囚われるという異常事態が発生したとき、この町にいるプレイヤー達は
『外に出て、この事態解決のための調査をするべき』
という派閥と、ハルタ達のように
『このゲームに何が起こっているのか分からないから、今は慎重に様子を見るべき』
という二つの派閥に分かれる事となった。
両勢力は初めの頃は対立する事もなく、互いに自分達が最善だと考える方法でこの事態に向き合えていた。
だが、そのような均衡が崩れ去るのもあっという間だった。
数日が経過すると、レベルや職業に関係なく皆が空腹を訴え始めたからである。
――町にある備蓄、自分達が所持している食料品アイテムだけでは、全てのプレイヤー達に食料を行き渡らせるのは非常に難しい。
そう判断した事態解明派は、『この町を拠点に僅かな人数を残し、それ以外のほとんどのプレイヤーで皆が必要な資源を確保、並びにこの世界に何が起きているかを調査すべき』と主張した。
当然、この事態にハルタ達のような静観派は猛反発。
――この町の外側には、どんな危険があるかも分からない!
――だが、ここに留まっているだけでは皆が飢え死にするだけだ!
両派閥は激論を繰り広げたが答えは出ず、ついには、高レベルプレイヤー達による町を巻き込んだ壮絶な殺し合いにまで発展してしまっていた。
……その結果、自身の"竜騎士"の力を最大限に使ったハルタによって、解明派は壊滅し、彼は名実ともにこの”ヒヨコタウン”という町の支配者となった。
(……そうだ、あの戦いで一歩間違っていたら、俺の方が死んでいてもおかしくなかったんだ!もう二度とあんなクソみたいな想いをしてたまるかよ!……それに、結局外に行く事を主張した奴等が死んでこの俺が今も生き残ってるんだ!!――なら、正しいのはやはり俺のはずだろう!?)
だから、二度と危険な目に遭わないように、自分は安全なこの町を拠点にし、万が一何かが襲来してきても大丈夫なように部下のプレイヤー達を常に周囲に配置し警護させている。
穀潰しにしかならない低レベルプレイヤー達は、魔物が蔓延る町の外へアイテム調達に向かわせ、適度に使い潰す。
もっとも、そのプランはここいら近郊で取れるアイテムも目ぼしいモノがなくなってきたため、最後の生き残りだった低レベルの"山賊"プレイヤーを始末した事で、当面の"口減らし"は済んだ。
ここで自分達高レベルメンバーだけで生活していくだけなら、この町にいる従順なNPC達に世話をさせれば良い。
NPC達に食事が必要なのかは分からないが、少なくとも食料だけなら現在自分達が好き放題飲み食い出来るほどに、潤沢にあるようだ。
――そう、自分の統治はまぎれもなく"完璧"と言って良いはずだ。
「ねぇねぇ、ハルタン!……難しい顔して、どうしちゃったの〜?」
"狙撃手"である女プレイヤーが、上目遣いでハルタの顔を覗き込む。
それに対して、「何でもねぇよ」と答えながら、ハルタはチラリと女の胸元を見る。
完璧な生活のはずだが、全年齢向けのゲームが舞台であるためか、『性的な行為をしようとするプレイヤーは死ぬ』というルールだけは、ハルタにもどうする事も出来ず、その点だけは数少ない不満であった。
(軽いセクハラくらいならNPCの女相手に可能だが、所詮アイツ等は精巧に人間を真似しただけで感情がないみたいだから、面白みもねぇしな……だからって、この俺が真偽も分からないあの場所に行くわけにもいかねぇし……)
などと、ハルタが思考していた――そのときだった。
突如、取り巻きの一人である"遊び人"である男性プレイヤーが、自身の首元を押さえ始めたのだ。
もともと、ゴマすり体質(まぁ、それはハルタに従っているほとんどのプレイヤー達に当てはまるが)のお調子者だっただけに、最初は周囲も「何かがふざけてんだよ!」と笑ったりしていたが、どうにも様子がおかしい。
心配したメンバーの一人が軽く肩を叩いた瞬間、
その身体が床にどう……っ!と音を立てながら、盛大に倒れ込む。
何が起きたか分からず、場が静まり返る中で。
"遊び人"の男が顔に苦悶の表情を浮かべながら、静かに絶命していた――。