未来への希望
前回の戦闘で俺達は、"キキーモラ"というモンスターを仲間にするのと引き換えに、これまでの色々な思い出が詰まった高装備アイテム『過激な性描写のライトノベル』を喪失する事態になってしまった。
悲嘆に暮れる俺だったが、キキーモラは何食わぬ顔(?)のまま箒を手にしてこちらに近づいてくる。
オボロは物珍しさからか、楽しそうにキキーモラに話しかけているが、もちろん俺は到底そんな気分になるはずなどなかった。
……俺のラノベをはたき落としておきながら、いけしゃあしゃあとしやがって!!
――テメェだけは、絶対に許さねぇッ!!
仲間に迎えておきながら、あまりにも身勝手な感情だと思われるかもしれない。
だがこの時の俺はそんな理屈が消し飛ぶくらいに、激しい憤怒の形相で怨敵を強く睨みつけていた……。
――それから、一週間後。
「ハフハフッ!うっめ!!これ、メチャクチャうっめ!!……それにしても、あんだけ不味いと思っていた猪の肉が調理次第でこうまで変わるとは!?――やっぱり、キキーモラさん様々だぜ!」
「ちょっと!言っとくけど、食料は相変わらずアタシが獲ってきてるって事をお・わ・す・れ!なんじゃなくって!?……まぁ、こんな恩知らずはともかく、本当に美味しい料理ありがとね、キキーモラさん!」
「キキキッ!♪」
なんやかんや言い合いながらも、ホクホク笑顔で火を囲んで夕食の猪肉と焼きキノコを食べながら称賛する俺とオボロに、嬉しそうな鳴き声で答えるキキーモラさん。
――見ての通り当初の懸念とは裏腹に、キキーモラさんは僅か数日にして完全に俺達と馴染んでいた。
それというのも、キキーモラさんは戦闘はあまり得意ではない代わりに、初級の回復スキルや外見通り、料理や掃除といった家事用のサブスキルを持っていたため、そのどちらも苦手な俺達二人はあっという間に懐柔される事となった。
最初の頃はオボロの調理に毛が生えた程度の技術力だったが、適正があっただけに僅か一日でキキーモラさんの料理は飛躍的に上昇し、今ではこのパーティーに欠かせない存在となっている。
(戦闘に特化した俺とオボロに、治癒と家事を担当するキキーモラさん……この3人が揃えば、今のところ敵なしだぜ!)
オボロほどではないが、俺も習得した新スキル【凌辱に見せかけた純愛劇】によって、この近辺の敵ならそこそこ自分の力で倒せるようになっていた。
今では前衛・奇襲をオボロが行い、俺が後方のキキーモラさんを守りながら敵と戦うというのが通常の形式になっていた。
キキーモラさん同様に、倒されたモンスターを仲間にするかどうか?の選択が出た事が数回あったのだが、その事で試してみていくつか分かった事がある。
・相手のHPが完全に0になる前に、相手を戦意喪失させる事が出来ると、山賊団加入の選択肢が出てくる事もある。(絶対ではない?)
・「→いいえ」を選択すると、仲間にはならずに戦闘を続行するか、逃走を図ろうとする。
・山賊団への加入イベントは、【凌辱に見せかけた純愛劇】というスキルの効果ではなく、"山賊"という職業の特性である可能性が高い?
モンスターにも意思があるという事か、これまでの戦闘ではどれだけギリギリまで体力を消って弱らせても、最後までこちらと戦闘し続ける奴が多かった事からも、必ずしも敵は追い詰めれば山賊団に加入したがる訳ではない、という事が分かる。
「→いいえ」を選択した後は、そのまま戦闘状態に戻るだけだと思っていたのだが、興味深い事に、そのまま高確率で相手が逃走を図る確率が多かった……ように思える。
最後の項目は、俺がスキルをまったく使わない状態で、オボロにある程度相手を弱らせてもらってから、俺が最後の一発をぶつけてみても山賊団加入の選択肢が出た事からも、これはスキルではなく"山賊"という職業による性質とみて間違いないはずだ。
これらを試行する過程で、女性プレイヤーに『想像妊娠』というステータス異常を引き起こさせる胞子をばらまく"マタニティキノコ"や、衣服といった装備品を溶かす"スライム"といったモンスターが俺の仲間になりたがっていたのだが、彼らの加入はオボロによる猛反発を受けて、泣く泣く断念する事となった。……悔しい。
とにかく、この山賊団加入の選択肢の対象がモンスターだけなのか?
それとも、他のプレイヤーなどと戦う時にも出現するのかどうかも調べておいた方が良いかもしれない。
(ラノベがなくなったのは悲しいが、今はそれどころじゃない。――俺は大局的な視点をもとに、自分の道を切り開いてみせるぜッ!!)
これまでに起きた事を脳内で振り返りながら俺は、そのような冷静な判断をくだす。
このような大人の視点を持てるようになったのも、家事が出来るキキーモラさんが来てくれて以降、俺やオボロが劇的に助かったから……というのもあるが、理由は決してそれだけではない。
――何故なら、
(家事のストレスから開放されて、どことなく無防備になったオボロはエロい気がする!!)
これまでロクに知りもしない人間である俺との共同生活というストレスからの開放感からか、自分の世話をしてくれるキキーモラさんに半ば甘えるかのように、オボロはアジトではまるで実家にいるかのように脱力した一面を見せるようになっていた。
俺と二人だった時の警戒しきりだった頃とは打って変わって、キキーモラさんが一緒だと安心するのか
「えっ!?そんな見えちゃいそうな衣服のまま、平気で寝転がっちゃうんですか!?」
と言いたくなるような姿勢も取るし、池で水浴びした後の髪が濡れた状態で俺の男心をくすぐるような鉢合わせをする機会も格段に増えてきた気がする。
流石に水浴びしている最中のところを覗きなんかしに行ったら、俺よりも強いオボロに確実に消されるだろうし、そんな事はやれない。
でも、キキーモラさんと今より親しくなる事が出来れば、そういう方面で何らかの便宜を図ってもらう事が出来るようになるかもしれないので、俺はオボロの水浴び中など時間が空いている時を使って、言語が通じずともキキーモラさんに今日の戦闘の感想とか、日頃の愚痴程度の内容でも良いから話しかけてコミュニケーションを取るように心掛けていた。
(そういう意味では、俺にはこういうリアルな女の子のエロさを間近で感じられる環境があったり、『そのうち、こんな事が出来るようになるかも……♡』という未来への展望がある!!――エロいラノベを読んだくらいではしゃぐ童貞みたいな段階は卒業したぜ!)
確かに俺はこれまでの人生において、異性と交際どころかロクに交流した事すらないかもしれない。
だが、このようにオボロのエチチ!な側面と接する機会がある分、俺はもとの現実・ネットを問わずに『過激な性描写のライトノベル』みたいな本を読んで興奮している童貞達とは一線を画している。
ゆえにそんな彼らとは異なる俺という存在は、最早童貞を卒業している……と言っても、過言ではないだろう。
(ウオォォォォォォッ!!――これで今度からは、チャラ男やヤリチン相手に『自分が初体験を済ませた時の嘘エピソード』を、堂々と語る事が出来るぜぇ……!!)
――事実は変わらなくても、想い一つで変えられるものがある。
そう判断した俺は、脳内で嘘エピソードをバレにくくするための作り込みと補強作業に移行する。
「あっ!なんか、リューキがニヤついた顔してる〜!……どうせ、イヤらしい事考えてんだろうけど、本当にヤダヤダ」
「キキッ……」
男の真剣な勝負を乱すためとしか思えない、オボロからの心無いノイズが耳に入る。
それを受けて、「は?別に、そんな顔とかしてないし……」と憮然とした顔つきで答えてから、すぐさま俺は
『どうやったら、過激な性描写のライトノベルみたいに、生意気そうな女の子を自分にメロメロにさせる事が出来るのか?』
という思考へと切り替えながら、黙々と残りの食事を平らげる。
そんな感じでそれから数日間、ひとときの平穏を過ごしていた俺達だったが――。
そんな生活になんの前触れもなく、不穏な影が近づこうとしていた……。