勝利の代償
俺が見つめる視線の先――そこにいたのは、ムクリ、と起き上がってこちらに顔を向けているキキーモラの姿だった。
クソッ……まさか、仕留め損なったのか?
だが、よくよく考えてみたら、これは当然の結果かもしれない。
いくら【凌辱に見せかけた純愛劇】というスキルで能力値を2倍に出来るとはいえ、俺の"山賊"という職業はもともとステータスが最弱であるため、たかが知れてるはずなのだ。
まぁ、俺の攻撃を受けた敵の反応からして無傷で済んだようには見えないし、今はオボロも臨戦態勢で相手と対峙してるから、今度は確実に倒せるだろ。
そう思っていた矢先、俺はふと違和感を覚える。
普通なら敵の真上に表示されているはずの名前とHPゲージが、どういう事なのかそこには何も浮かんですらいなかったのだ。
これでは、相手にあとどのくらいのダメージを与えたら良いのかも分からない。
何が起きているかも分からずに困惑する中、突如俺の眼前にメッセージウインドウが出現する。
そこには、こう記されていた……。
『キキーモラが、貴方の山賊団に入りたがっています。受け入れますか?
→はい
いいえ 』
……"山賊団"?
要は、俺のパーティーに加入させるかって事だろうか……。
突然の事態を前に考え込む俺に、キキーモラに警戒しながらも横から画面を覗いていたオボロが声をかける。
「何なの、これ?……モンスターって倒したら、みんなこういう風に仲間になるものなの?」
そんなオボロの疑問に対して、俺は首を横に振って答える。
「いや、そんなはずはない。この≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲームは、武器なり魔法といった戦闘技術の違いはあれど、どんな職業だろうとモンスターを倒したらあとは経験値やドロップアイテムをゲットして終わりのはずだ……少なくとも俺は、モンスターを仲間に出来るスキルやらイベントなんて聞いたこともない」
だが、"山賊団"という明らかなワードとともに、キキーモラが赤い瞳を輝かせながらこちらを見ている。
これも"山賊"という底辺職が持つ特異性なのか、あるいは、"BE-POP"というルールにも囚われない力で敵を倒したからなのか……。
現状では分からない事だらけだが、とりあえず今は味方は一人でも多いに越したことはないだろう。
そう判断した俺は、迅速に行動へと移る――!!
「…………」
「ん。これはアンタが自分で勝ち取った戦果なんだし、今回は私に構わずに好きにしたら良いよ〜」
チラリ、と無言で一瞥を送った俺に対して、オボロがそのように答える。
オボロの了承を得た俺は、勢い良く「→はい」の項目を押す――!!
「来い、"キキーモラ"――ッ!!」
あまりにも雄々しい俺の呼び掛けに応えるかのように、
『キキーモラが、貴方の山賊団に加入しました!』
という項目が、新たに眼前に表示される。
――こうして激闘の果てに、俺に新たなる仲間が加わった!
「――とは言っても、コイツがどんな強さや能力なのか、俺はよく知らないんだよな〜……」
数回箒で叩かれた事でHPが追い詰められたものの、思い返してみるとアレはスキルともいえない通常攻撃程度のモノと言って良いだろう。
何らかのスキルや能力を持っていたかもしれないが、それを発揮する前に俺が倒してしまった訳だしな……。
「→いいえ」の項目を選んだ時にはどうなるのか?という問題も含めて、色々調べていくのが今後の課題と言えるのかもしれない。
「――って、今はそんな事なんてどうでも良いッ!!」
「ッ!?キャッ!……い、一体何なのよ!?」
俺の叫びに驚くオボロと、何を考えているのかよく分からない顔つきのままこちらに近寄ろうとしてくるキキーモラ。
だが、俺はそんな二人に構う事なく慌てて疾走する―!!
俺が向かう先にあったのは――先程地面にはたき落とされた『過激な性描写のライトノベル』だった。
この世界では、プレイヤーやモンスターの遺体、所持していたアイテムが一定時間経過すると自動的に光の粒子となって消える事からも分かる通り、このままいけばあのライトノベルも消失してしまう事は明白である。
これは単に高装備アイテムというだけでなく、俺や――ここに来るまでに亡くなった皆の思いが詰まった存在と言っても過言ではない。
そんな激情を抱えたまま俺は、無我夢中で本へと向かって駆け出す――!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
"BE-POP"は先程使い果たしただけに、流石にこの短期間では回復出来ず、自身の力のみで走るしかない。
視界の片隅にいたウサギのような生き物が、ぴょこぴょこ可愛らしく跳ねながら俺を追い抜かしていく光景が目に映るが、それでも構わずに全力を尽くして目標へと突き進む――!!
――そして、どのくらい時間が経ったのだろうか。
「あ、あぁっ……!?」
呻き声を上げながら必死に手を伸ばす俺の目の前で、無残にも『過激な性描写のライトノベル』が光の粒子となって、消失していく……。
「ク……クッソ〜〜〜ッ!!」
叫びを上げながら、膝をついて両腕で地面を叩く俺。
悔し涙が、頬を優しくつたっていく――。
――こうして俺は、初勝利で新たな仲間を得た代償として、これまで大切にしてきたとっておきの"宝物"を失った。
今回の悲劇の張本人を新メンバーに迎える、という波乱しか感じさせない状況の中、俺の新しい生活が始まろうとしていた……。




