初体験の予感
定められた上位職しか装備する事が出来ない高装備アイテム:『過激な性描写のライトノベル』。
この装備品に現状を打開する可能性を見出した俺は、自身の新たなる能力向上のため――そして、このライトノベルを読むことなくこの世界からいなくなった亡き友:ヨースケ達の分まで見届けるために、俺は自身の"BE-POP"を全て使い尽くす勢いで挑戦した。
そんな苦難の果てに、ついに『過激な性描写のライトノベル』のページを開いた俺は、新スキルである【凌辱に見せかけた純愛劇】も獲得し、重大なる未来への使命感やウキウキした気持ちのもと、鼻息荒く読み始める事にした……!!
今回俺が装備(使用)出来るようになった『過激な性描写のライトノベル』は【MP】と【叡智力】をともに10%ずつUPするという代物だった。
だがそんな性能は、どちらの能力値も必要としていない底辺職:"山賊"である俺には関係ない。
今の俺にとって重要なのは、この『過激な性描写のライトノベル』の内容がどんなジャンルとメインキャラクターなのか?という事のみである――!!
まぁ『もう!過保護にしないで、お姉ちゃん!! ~~種族違いのダークエルフな義姉と、何だかんだ仲良く冒険しています~~』というタイトルと、表紙に描かれたムチ♡プリな身体つきで顔を舌を軽く出しながらウインクしたダークエルフらしき女性のイラストなどから、なんとなく中身の予想はつくのだが……。
「――果たして、この本に俺が全力を使うだけの価値があったのか?……お手並み拝見といくぜ!!」
そんな事を口にしながらも、既に興奮した俺のページをめくる手はとどまる事を知らない――!!
そうしている間にも、視界から飛び込んでくる圧倒的な情報量を前に、俺は思わず驚愕の声を上げていた。
「は、はぅあ!?――そこそこ程度の強さの主人公に、実は強い戦闘能力を有したダークエルフの義姉が冒険についてきてくれたおかげで、どんな敵が来ても難なく討伐出来る、だって!」
確かにそれなら、読み手側も主人公に感情移入しても無駄なストレスなく楽しめるに違いない。
この作品を生み出した人物の、確かなセンスに思わず舌を巻く。
だが、このアイテムの凄いところはそれだけではなかった。
「……お、おまけに堅物な印象と喋り方の割に、甘やかし気質ですぐに治療と称して過度なスキンシップをしたがる性質で、そこの場面には狙いすましたかのように肉感的なイラストが描かれてやがる!……け、けしからん!!山賊局の取締長官として、"俺の心を許可なく略奪した罪"でこんなムチ♡プリ作品は絶対に検閲してやるッ!!!!俺という権力の横暴の前に、激しく酔いしれろッ!!」
気がつくと俺は、自身の内側から生じる衝動のままに、思いの丈を盛大に叫んでいた。
――まさにエロ本そのものと言ってもおかしくない、圧倒的なクオリティのイラスト。
――読む者を惹きつけてやまない"♡"マークがつきまくりな淫語の嵐とも言える魅惑のテキスト。
――そして、極めつけは"家族愛"や"仲間"の大切さを表現するには、あまりにも過剰としか思えない過激な行為の数々。
これらを前にして、俺の血潮が熱く滾る――!!
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
興奮しすぎたあまり、本を左手に持ち直して右手をズボンに持っていきそうになるが、すんでのところで俺は思いとどまる。
「いっけね!……エロ目的の行為をすると、その時点で死んじまうのを忘れていたぜ……!!」
俺達が転移したと思われるこの≪PANGAEA・THE・ONLINE≫というゲームはもともと成人指定ではなく、全年齢向けとして発売されたVRゲームであった。
そんな部分まで忠実に再現しているのか、こんな異常事態になっているにも関わらず、俺達プレイヤーはそういう性的な行為をしようとした瞬間に、モンスターなどにやられた時と同じように、動きを停止してから光の粒子となって消えてしまうのだ。
普通に水浴びなどは出来るため、裸になったら即アウト!とかではなさそうだし、俺が現在使用している『過激な性描写のライトノベル』は装備品というアイテム扱いであるため、こうして読む分には問題ないはずだと俺は確信していた。
とはいえ、この世界の法則によるアウトの基準が明確じゃないし、最初の頃にヤケになったのか、みんなの前で『お披露目パーティ』などと称しながらそういう事をしようとしたプレイヤー達が消失する様を、俺達は眼前ではっきりと目撃している。
そういう意味では、俺ももう少し慎重にならないとな。
「にしても、今思えば俺達を虐げていた『肝っ玉バイプス』のハルタ達もイキっていたくせに、この世界では俺と同じ単なる童貞やらおぼこの集まりなんだよな……ったく、あんなにビビる必要なんかなかったぜ」
ハルタ達から距離を置いた事で気づけた、アイツ等のちっぽけさ。
そして、そんな奴等の下についていた屈辱的な過去をフラッシュバックで思い出してしまい、昂ぶっていた気持ちが急速に萎み始める。
そのおかげで、俺の男の子な部分もだいぶ治まったのだが、せっかく困難を乗り越えて開いたライトノベルをこんな事で中断したくない。
そう考えた俺は、とりあえずこのアイテムを区切りの良い箇所まで読み進める事にした。
「……」
「……」
パラリ、パラリ。
黙々とページをめくっていく。
「…………」
「…………フフッ」
パラリ、パラリ。
またも嬉しい読者サービスによって、瞬時にテンションが盛り上がってくる。
そんな喜びと自身の単純さをおかしく感じる笑みが、気づかぬ内に口の端から漏れていた。
――のだが、ここで俺はある事に気づく。
「誰だ、テメェッ!?」
「ッ!?」
俺の真横から覗き込むように、一緒にラノベを読んでいた謎の人物に対して勢い良く声をかける。
俺の叫びに驚いたかのように、相手は慌てて後ろの方へと跳躍する。
スカートを靡かせながら着地したその人物は、頭をスカーフらしきもので包み、継ぎ接ぎだらけの服を纏った女性らしき人物だった。
らしい……というのは、相手の顔があまりにも特徴的だったからだ。
前に突き出たくちばしに、爛々と光る赤色の瞳。
なにかの鳥のような頭部を持ちながら、手にした箒でこちらに対峙するソイツは紛れもなくモンスターだった。
俺は表示された相手の名前を読み上げる。
「"キキーモラ"……!!」
それが、現在俺の前に姿を現した敵の名前だった。
『過激な性描写のライトノベル』は、山賊である俺の装備品としては使用出来そうもないし、新スキルを獲得したとはいえ、俺の最弱ステータスでここを逃げ切るのは絶望的だろう。
助けてくれるかもしれないオボロ不在の現状において、俺は絶体絶命の状態のまま、『自身のみの力で戦闘する』という初体験を余儀なくされていた――。