形勢逆転
間一髪の状況の中、颯爽と俺達の前に現れたラプラプ王。
周囲を見渡してみれば、まだ兵士達はシャドウビースト達と戦闘の最中だったようだが、ラプラプ王はここで勝負を決めればすべてが終わると判断し、俺達のもとにまで駆けつけてきてくれたようだ。
自身に短剣を突きつけらるラプラプ王に対して、“お菓子の家の魔女”がくぐもった声で言葉を投げかける。
「“覚悟”、ですって……?言うに事を欠いて、貴方のような存在が!この私にそんな言葉を口にするなんて、それこそお笑い種じゃないの!!――この手に纏わりついている紙さえどうにかしてしまえば、貴方なんて……!!」
どれだけ隠そうとしても、明らかに苛立ちと動揺を隠しきることが出来ていない魔女による罵倒。
それを聞きながら、ラプラプ王は憮然とした表情のまま彼女に告げる。
「そうだ。確かに貴殿が万全であったなら、数の利を潰された状態で単身、業火の“固有転技”を使用する貴殿を相手にすることになっていたら、我も苦戦は避けられなかったに違いない。」
――だが、とラプラプ王は言葉を続ける。
「絶望的な状態と圧倒的な強者を前にしても、最後まで諦めずに立ち向かい、この状況を自身の力で作り出した者達がいる。――魔女よ、これが貴殿の見下した“山賊”の力であり……我が誇る最高の仲間達だッ!!」
それまでの冷静さから一転、感情を込めて叫ぶラプラプ王。
その姿を見てから、俺はこの部屋に入って魔女が口にしていた事を思い出す。
『……勇猛な兵を引き連れたラプラプ王ともあろう方が、随分と安い挑発をなさるのね。そんな事では王の威光というものも翳ってしまうのではないかしら?――まぁ、そんな事だから貴方は王であるはずなのに、“山賊”のお仲間とやらに成り下がっているのでしょうけど』
それに対してもラプラプ王は動じることなく、答えていたように見えていたが……内心では、そんな魔女の言葉に対してずっと憤りを持っていたのだという事に気づかされる。
「……まったく、人前で女性を面罵するのは、“マクタン男児の心意気”に反するなんじゃなかったのかよ――ラプラプ王ってばさ」
俺はそう呟きながらも、ラプラプ王がそこまで口にした事にただひたすらに圧倒されていた。
それは“魔女”も同様だったのか、無言ながらに彼女も息をのんでいるのが感じられた。
だが、相手もそこで終わるほど大人しくはない。
魔女はゆらり、と一瞬だけ自身の身体を揺らしたかと思うと、ラプラプ王と対峙することを決意したかのように彼に向かって両手をかざす。
だが、その両手には"淫蕩を腐食させる者”が去り際に放った、原稿用紙がいくつも纏わりついており、この状態で魔女が業火を放てば自身もタダでは済まないのは分かり切っているはずだ。
……いや、そんな、まさか……。
そんな俺の予想が当たっていると言わんばかりに、魔女はラプラプ王に向けて告げる。
「……ラプラプ王?貴方は私に本当に“覚悟”があるのかを訊ねたわね?――だったら、コレが私の答えよッ!!」
「ッ!?正気か、“魔女”よッ!!」
ラプラプ王が叫ぶのとほぼ同時に、“魔女”が広げた両掌へと膨大な力の流れ、とでもいうべきものが膨れ上がっていくのを俺は感じ取っていた。
「ハァぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
裂帛の気合いで魔女が叫ぶのと同時に、彼女の両手が業火によって燃え盛っていた。
「~~~ッ!?グ、グゥゥゥゥゥ……ッ!!」
自身の存在力で生み出した業火による暴発ともいえる事態。
だが、魔女は苦悶の声を上げながらも、掌の先をラプラプ王に向けたまま、自身の“固有転技”を放とうとする。
そして、そのような自傷をいとわない魔女の行動によって、彼女の手に纏わりついていたと思われる原稿用紙の消し炭らしきものが次々と地面にハラハラと落ちていく……。
敵ながらにあまりにも痛ましい姿ながらも、これで戦況は再び変わったと言わんばかりに、魔女が高らかに哄笑を上げる。
「アハハハハッ!!これで状況は、貴方が苦手としている『数の利が潰された状態での、“固有転技”を使える私との単身での戦闘』に、なっちゃったわねぇ!!――今度こそ、終わりよ!ラプラプ王ッ!!」
再び、魔女のもとから放たれていく灼熱を帯びたいくつもの業火球。
だが、ラプラプ王は颯爽と駆け出しながら、魔女へと答える。
「――確かにそう言ったが、それらの優位性が働くのも、最初の開戦が始まってばかりの頃の話だ。……ここまで互いに接近しているなら、あとは純粋に斬り伏せるのみだッ!!」
そう叫びながら、短剣を持って魔女へと近づくラプラプ王。
けれども、状況は言うほど簡単ではないはずだ。
現にラプラプ王は、業火球を華麗にすんでのところで躱してはいるが、その灼熱によってじりじりと肌を焼かれてしまっている。
「ラプラプ王……ッ!!」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス!!」
あまりの激戦によって、ロクに近づく事も出来ない俺とヒサヒデは、それでもこの光景から目を離すわけにはいかない……と感じたのか、手に汗を握りながらラプラプ王を見つめる。
一歩、二歩、三歩……。
業火によって阻まれながらも、ラプラプ王は確実に相手へと肉薄していく。
――そして、
「……今度こそ、終わりだ。――“魔女”よ」
ラプラプ王の短剣の切っ先が、魔女の喉元へと迫る。
魔女の両手は、ラプラプ王の身体に対して照準が合っていない。
だから、これで確実にラプラプ王の勝利は確定するはずだ――ッ!!
……なのに、俺は。
姿が朧気にも関わらず、ラプラプ王に追い詰められているはずの“魔女”の方が、何故かニンマリとしているように感じていた。
そして、その当たって欲しくない予感こそが正しいのだと言わんばかりに、すぐに異変は俺の目の前で起きていた――。




