禁断の頁を開く者
”BE-POP”を強化するための手段として俺がアイテムボックスから選んだのは――
「ははっ……あんだけ死に物狂いで守り抜いたけど、ここ数日色々あったから眺める事すら忘れていたな」
それは、あれだけの強プレイヤー達に殺されるくらいの目に遭いながらも、俺が何とか死守した高装備アイテム:『過激な性描写のライトノベル』だった。
エッチな雰囲気に満ちたムチ♡プリなヒロインが前面に押し出された絵柄の表紙であるにも関わらず、俺はそのような感情とは程遠い感慨深い気持ちでそのアイテムを眺めていた。
「……考えてみたらあそこまで危険を冒さなくても、ラノベを自分のアイテムボックスに入れてからすぐに、アイツ等から逃げ出していたらもっと簡単だったかもな……」
そう呟いたりはしたものの、あのときの行動を後悔する気持ちは微塵も湧きあがってこなかった。
例えあの場から急いで離脱したところで、俺の貧弱なステータスとスキルではどのみちハルタ達のような高プレイヤーキャラクター達から逃げられずにすぐに捕まっていたかもしれない。
そうなったら俺の性格上、ラノベをアイツ等に差し出す選択をして命乞いをし、みっともなく奴隷同然の扱いを受けながら、あの町で俯いたまま死んでるのと変わらないような気持のまま日々を過ごしていてもおかしくはなかった。
そんなモノに比べたら――まだ弱くても、今の方がよっぽど”山賊”という職業らしいし、文明から隔絶された生活をしていてもまだ人間らしく生きている、と胸を張って言える気がする。
「それに、アイテムボックスに保管してもスキルはゲット出来たかもしれないけど……やっぱり、覚悟を決める意味でもあのくらいの事をしたのは、間違いじゃなかったはずだよな……!!」
結局それも、単なる結果論と言ってしまえばそうなんだろう。
だが、俺はあの行動の結果として得た様々なモノが今こうして繋がっている事を想えば、俺はこれが自分なりの”正解”だと確信していた。
「……まぁ、その入手したスキルとやらはロクに発動出来てないし……てゆうか、相手が女の子とはいえ、結局格下扱いされてるし、やっぱり今の生活もそんなに良くないぞ???」
そして、そんな不平等ながらも築き上げた同盟関係すらも、今まさに崩れようとしているわけだし……いかん、ついさっきから一転して気分が落ち込んできた。
俺は気を引き締めるために、真剣な面持ちで手にしたライトノベルに力を込め始める……!!
装備アイテム:【過激な性描写のライトノベル・『もう!過保護にしないで、お姉ちゃん!! ~~種族違いのダークエルフな義姉と、何だかんだ仲良く冒険しています~~』】
ある高位の職業のみが使用出来る装備品。
伝承によると、主人公の少年が表面上では嫌がっているような素振りをしながら、行く先々でダークエルフの義姉に甘やかされたりスケベな事を繰り広げる内容に満ちており、この書物を読んだ者に叡智を授けると言われている。
【MP 10%UP↑】
【叡智力 10%UP↑】
MPとは、魔法とかを使うために必要な能力値、叡智力とは、魔法の威力などを上げるのに影響してくる能力値だったな。
あいにく”山賊”である俺は、”BE-POP”とかいうわけの分からん能力値でスキルを放つ職業であるため、この二つの能力値が上がったところで今のところ何の効果もないといえる。(この装備アイテムでそういった魔法スキルを取得できる、というのなら話は別だろうが)
にも関わらず俺がこのアイテムを力強く手に取ったのは――ひとえに、このライトノベルの内容を読みたいからに他ならないッ!!
「今までは、表紙を眺める事しか出来なかった……けれど、物理法則すら超越する事が出来るっていう”BE-POP”に目覚めた今の俺なら違う!! 絶対に、表紙のムチ♡プリ姉ちゃんとのムフフ……♡な場面が収録されまくっているに違いないこのエロラノベを! 読み明かしてやるッ!!!!」
そんな強固な決意とともに、俺はライトノベルの表紙に勢いよく手をかける――!!
「ッ!?……う、うぐぅぅぅぅッ!!」
精一杯に力みながら、表紙を開こうと奮闘する俺。
だが、限定された高位ジョブしか装備する事が許されない『過激な性描写のライトノベル』はまるで高級遊女の如く、『底辺の”山賊”風情なんぞ、相手にしはりまへん』とでも言いたげに、頑としてその頁を開こうとはしなかった。
だが、それで良い。
相手が頑なであればあるほど、その向こうに何があるのか気になって燃え上がるってもんだぜ――!!
俺はそんな熱い思いを胸に宿しながら、手に込める力を更に強めて一心不乱に叫び続ける――!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
この世界の摂理に反した試みに挑んでいるからだろうか。
表紙をめくろうとしたラノベから、途切れ途切れにバチバチッ!と閃光が飛び始める。
それに比例するように俺の中の”BE-POP”が急激に減少していくが、それ以上に『この先の未来を見たい……!!』という俺の意思に呼応するかのように、奥底から”BE-POP”が沸き上がってきているのも感じていた。
とはいえ、現在”BE-POP”が回復する量よりも消耗する量の方が圧倒的に多く、このままいけばすぐに枯渇するのは目に見えている。
――だが、それがどうした。
俺はそんな道理なんかで終わってやらない、とあらん限りの声で叫ぶ。
「俺は、ヨースケ達の分までこの先に何があるのかを見届けなくちゃいけないんだ!!……こんなところで、諦められるわけないだろッ!!!!」
――刹那、今まで以上に激しい閃光と衝撃音がラノベから発せられていく。
あまりの激しさに、指先を通じて徐々に俺の体力が削られ始めていくが、それでも構わずに――ありったけの力を振り絞って、俺は表紙を握りしめる――!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
これまでとは違う桁外れの閃光の数々と、一つの凄まじい破砕音が鳴り響いていく。
あまりの衝撃で俺の体力は一瞬でかなり削られ、死を覚悟した俺は思わず目をつむっていた。
……そうして、どのくらいの時間が過ぎていたのだろう。
まだ、意識がある辺り、恐らく俺はまだ死んでない。
恐る恐る瞼を開くと、そこには俺にとって信じられない光景が広がっていた。
スキル:【凌辱に見せかけた純愛劇】
効果:任意に選択した相手との戦闘において、その間のプレイヤーの能力値を二倍に上げる。代わりに、それ以外の相手に対して行う攻撃は、与えるダメージや効果がすべて半減される。
持続時間は相手が戦闘不能、または、その戦闘から離脱するまで続く。
取得条件:”BE-POP”を用いた状態かつ単身で、この世界のルールから逸脱した”目標”をプレイヤー自身が達成したとき。
そこには、”新スキル獲得!”という想いもしなかった表示がされていた。
そして、それだけではなく……。
「オ、オォッ……!!」
思わず、変な感じでテンションが上がった歓声が喉から出てくる。
だが、それも無理はないだろう。
なんと、現在俺の手の中には、あれほど強く渇望した『過激な性描写のライトノベル』が、未来への翼を羽ばたかせるかのように、束縛からの解放の象徴として、そのページを惜しみなく広げていた――。