かつての追憶
朧気な姿ながらも俺の脳裏に映し出されていく映像――。
それは豪快な声を響かせながら、盛大に全身の脂肪を振るわせる一人の女性のものだった。
言動はところどころ聞き取れない部分があるものの……外見的な特徴と気性の争うな言動からして、この人物は“淫蕩を打ち砕く者”と縁のある人物か……?
――いや、もしかして、この姿こそが奴の本来の姿なのだろうか?
外見は確かに猛烈系ふくよか女子という感じだが――。
俺が見ている(と言って良いのかは分からないが)彼女は、“淫蕩を打ち砕く者”と違って、行き過ぎた巨躯でもなければ身体を闇のようなもので覆ったりもしていない、人間としての範疇に収まる人物だった。
何より彼女は、怒ったような言動が多いながらも、自身の仲間と思われる女性達を大事にする気質であり、そして――。
『……ビョル■■、るッフ――!!』
全身から触手を生やした巨大な球体に、中心に縦に割れた口を持つ奇怪な怪物が、耳障りな哄笑を上げる。
見るだけでおぞましい人外の脅威、悪意を体現した存在を前にしても、この記憶の持ち主と思しき女性は微塵も臆することなく、それどころかこんなものに自分達の意思は負けたりしないのだと、怪物に向かって果敢に吠えていく。
『……こんなに■■■が目の前にいるっていうのに、どこに余所見してんだ、■■■■!?』
『■■■の事を、いやらしい目で見てんじゃねーぞ!……この、■■■■■■ッ!!!!』
『そんだけ卑猥なモンぶら下げまくっているクセに、全部しなびたりしてんじゃねーぞ、■■■■!!』
……今まで色々と変わった人達に出会ってきたけど、いくら何でもこの記憶の持ち主らしき女性に関しては、『むやみに猛りすぎにも、程があるだろ……』と突っ込みたくなるほどだった。
だがそんな指摘をモノともしないくらいに、この悪意の怪物に挑む彼女の憤激は本物だった。
このとき彼女は、世界を救うためでもなく、邪悪な敵を倒すためでもなく――誰に何を言われても揺らぐことのない自身の譲れない意思のためだけに、そんな似た者同士の仲間達とともに、恐るべき脅威へと立ち向かっていく――。
映像がそこで途絶える。
どうやら、あの“淫蕩を打ち砕く者”のものらしい追憶が終わって、俺は現実(と言っても、この世界自体が俺からするとゲームの中のはずなんだが)へと意識が戻ってきたらしい。
すぐに身体の調子やステータスをチェックしてみるが……異常はなさそうな辺りあの閃光とそれによって見せつけられた映像は、害意のあるものではなかったらしい。
俺に続いて、他の仲間達も問題なく意識を取り戻していくのを見て、俺はようやく安堵して一息ついていた俺に、ラプラプ王が話しかけてくる。
「リューキ、今の“記憶”を見たか?」
「……っていう事は、ラプラプ王も?」
俺の発言を受けてラプラプ王が力強く頷く。
そこから確認用にラプラプ王と話をしたところ、俺もラプラプ王も全く同じ内容の記憶を見ていたらしい分かった。
“魔物”であるヒサヒデも同じだったため、どうやらこの現象は種族などによる区別はなく、“ユニークモンスター”を討伐したパーティメンバーに等しく起きるもののようだった。
とは言えそれ以上の事は、現段階の俺達では持っている情報が少なすぎて、分かりようがない。
話し合いが頭打ちになるかと思われたそのとき、一人遠くへ離脱していたオボロが合流するために、ようやくこちらへと近づいてきた。
だが、彼女の手には何やら細長い透明の結晶らしきものが握られている。
そちらに訝し気に視線を移す俺達に向けて、オボロが説明する。
「こっちに戻る前に、あのユニークモンスターの身体があった場所にコレが落ちていたから、拾ってみたの。……まぁ、何に使えるアイテムなのかはアタシもよく分からないんだけどさ」
そう言いながら、コチラに手渡してくるオボロ。
それを受け取りながら、俺はドロップアイテムらしきものをさっそく確認していく。
重要アイテム:【“淫蕩を打ち砕く者”】
あるユニークモンスターの名前を冠した重要アイテム。
伝承によると、ユニークモンスターを倒す事で得られるアイテムは、『来たるべき時にこの世界でたった一度だけ、かつての性能を発揮する事が出来る』と言われている。
【???】
……名前は凄そうだけど、なんだコレ。
装備品ではなさそうだが……たった一度しか使えないはずなのに、肝心の使い方が全く分からないと来ている。
まぁ、『重要アイテム』とついている辺り、簡単に消費するわけにはいかない代物なんだろうけど……。
そうこうしている間に、【“淫蕩を打ち砕く者”】を倒した成果によるレベルアップが始まっていく。
【山賊】としてのデメリットとしてレベルが上がりにくいとはいえ……いや、だからこそか、こうして数少ないレベルアップの機会には必然的にテンションが跳ね上がりそうになる。
そんな風に俺がワクワクしていた、そのときだった。
「ピ、ピ、ピ~~~ッス♡」
声のした方を見るとそこには、レベルアップ最中ながら【“淫蕩を打ち砕く者”】を倒した場所で嬉しそうにはしゃぐヒサヒデの姿があった。
ヒサヒデは右手に何かを握りしめているようだが……。
それを見てオボロが「あ~……それ、見つけちゃったか~」と苦笑らしきものを浮かべる。
オボロの反応を見る限り、彼女はヒサヒデが持っているモノの正体を知っているようだが一体なんだろう?
もしや、あの重要アイテム以外にも、何かドロップアイテムがあったのだろうか?
だとしたら、その存在を隠蔽しようとしたオボロの行動が気になるところだが……。
とりあえず、俺達はヒサヒデが見つけたアイテムがどのような代物なのか、さっそく確かめる事にした。




