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第9話

 森の高台、かつてアマネが父親に電話をしたあの場所には、一つのノウナの影があった。それはソラの側近、キョウだ。彼女は人間界に出征中のマスケたちを待っている所だった。

 目の前の空間が歪み、光が漏れ出す。そこから巨大なエイとそれに乗った人影が見えた。


  「隊長!」


  マスケの姿を確認したキョウが声を上げる。その声に反応したマスケが拝むように手を合わせる。


  「すまん、取り逃がした!」


  高台に降り立ったマスケは開口一番、謝罪の言葉を放った。


  「そうですか……」


「捕らえるところまでは言ったんだがな……門が開いたところで逃げられてしまった」


  マスケが騎乗していた巨大なエイが淡く輝き霧散すると、パチパチと爆ぜる音と共に、中から少女が現れた。人型に戻った少女は、すぐさまへたり込む。


  「はぁ、疲れた」


  「カミタ、お疲れ様」


 座り込むカミタに、キョウが来ていた上着を着せ、労いの言葉をかける。


  「乗せてくれて有難うな」


「……ほんとは姫以外乗せたくないんだから。特別なんだから」


  「ああ、すまんな」


 拗ねたようなカミタの言い草にマスケは苦笑する。


  「それで、ニンゲン────アマネはどんな様子でした?」


  「記憶が無理やり抜かれているようだったよ。殺されるかもしれないから来いと言ったんだが……」


「隊長」


  カミタがマスケに向かい合う。その表情が険しい。


「……あの時、なんで逃したの?」


  マスケの眉がピクリと動く。カミタはその動揺を見逃さない。さらに追求する。


  「隊長なら手、掴めたでしょ?」


  「……ああ、俺もそう思った。だが……」


  マスケは自分の右手を信じられないように見る。


  「あの時、身体が動かなかったんだ。自分の意思じゃない。強力な糸か何かで自分の身体が縛られたようだった」


  カミタが怪訝そうな顔をする。対照的にキョウは信じられないといったように首を振った。


  「それって……」


  「え、どういうこと?」


  「あの少女に触るなと言われた瞬間、俺の意思にかかわらず、俺の身体が従った‥‥‥ちょっと失礼」


  マスケは水晶を通じて聞こえてきた部下からの報告に一言二言交わす。

  マスケの耳にはピアスのように小さな水晶が付いており、その結晶は、遠隔地との連絡を可能にするものだ。

  その内容は、この任務のことがソラにバレ、宮殿から逃げ出したソラを、リリが連れ戻したことだった。さらにその時戦闘があり、市街地が少々破壊されたことも付け加えられる。


  「……やはりばれたか。隠し通せるとも思えなかったんだが。リリには休むよう言っておいてくれるか。あいつは姫のことになると感情的だからな……ああ、ありがとう。それでは」


  マスケは困ったように肩をすくめる。


  「こりゃまた、姫様のご機嫌取りに勤しまなきゃな。……俺は戻るが、君らはどうするんだ?」


  側近たちの方を見ると、カミタがキョウの膝を枕にして寝転んでいた。


  「あ、ごめんなさい。カミタが参っちゃったみたいで。あとで戻ります」


  「大丈夫なのか?」


「はい、任せてください」


「わかった。姫には俺から言っておこう。また後で」


  「はい」


  マスケは首から下げた笛を吹き、自分のフェドバックに乗って宮殿に向かった。


  「……キョウ」


  「なに、起きてたの?」


  カミタが目を閉じたまま話しかけた。キョウはカミタの頭を撫でている。


  「さっき、驚いてたじゃん。あれ、なんだったの?」


  「あー、あれね。ううん。まだ私の勘違いかもしれないから。変なこと言って混乱させちゃ悪いし、それに本来ありえないことだから」


  「姫にも言わないの?」


  「……今の姫様にこのことを言うのは、ちょっと危険かもね」


  「へー……」


  カミタはさらにキョウに身体を預ける。


  「アマネちゃん、顔見てきたよ」


  「うん」


  「可愛かった」


「……なに、好みなの?」


  「そういうことじゃなくて。こういっちゃなんだけど、親しみやすそうっていうか。……でも、それ以上にニンゲンって感じしなかった。近くにいても嫌じゃないっていうか、不思議な感じだったよ。強いて言えば────」


  「言えば?」


  「姫に近かった」


  「……どういうこと?」


  「わかんない。でも、たしかにそんな感じだった。顔も背も雰囲気も違うのに、でもどこか似てるんだ」


  「……」


  「むーん……」


  カミタはそう言って大きなあくびをする。


  「やっぱ疲れた……」


  「私が連れてくから、寝てていいよ」


  「うん、ありがと……」


  カミタは目をつぶり、瞬く間に眠りに落ちた。キョウはカミタの頭を撫でながら独り言ちる。


  「姫様に似てた、か……。なら、やはり貴女なんですか?」


 次の言葉が紡がれ出される前に、懐にある水晶が震えた。キョウは懐から水晶を取り出すと、そこにタマの姿が映る。


  「あ、タマ? 何か用? 今、そっちに隊長達が向かったけど……」


  『キョウちゃん、大変なの! 姫さまが、姫さまが!』


  その水晶の隅に映るソラの姿は、ぐったりと気を失っていた。





















 

  「ちょっと、どういうつもりですか!」


  ソラの自室。未だ気を失っているソラを看病しながら、タマは誰がどう見たって怒っている。怒髪天だ。あまりの怒りに、イロハにはタマの周囲が歪んで見えた。


  「姫さまをこんなにして、何かあったらどうするつもりなんですか!?」


  タマの怒った瞳に映るのはリリだ。服の所々煤けた部分が、戦闘の激しさを物語っている。


  「はい」


  「はい、じゃない! 貴女の仕事は姫さまを連れ戻すことですけど、こんな風に傷つけて良い訳ないでしょう!?」


  「仰る通りです」


  「いくら貴女が近衛隊の副長で、それなりの権力を持っていたとしても、私は姫さまの側近として、貴女の行動を認めるわけにはいきません!」


  「重々承知しております」


  「何ですかその態度は! 自分が何したか分かっているんですか? だいたい市街地で戦闘することも本当は認められないのに! これでどれだけの被害が出たと思ってるんですか! もしもケガノウナが出たとしたら……」


  「も、もういいよタマ。落ち着いて、ね?」


  勢い余ってリリに掴みかかりそうなタマをイロハが諌める。


  「リリちゃん、もう良いよ、下がって。また後で話そう」


  「……はい。失礼します」


  リリはソラの自室から出て行った。


  「ほら、お茶淹れたから飲んで? 少し落ち着いてよ」


  タマはまだ納得しない様子で容器を掴むと、ごくごくと喉を鳴らしながら一気飲みした。


  「……まっず」

 

  「え?」


  「でも落ち着いた。ありがと」


  「ま、まずい……? え、そんなはずは」


  うろたえるイロハを無視して、タマはソラの額の上のお絞りを取り替える。


  「それにしても、傷が残らなくて良かった……」


  タマはソラの傷一つない顔を拭く。心底安堵したように、深くため息をついた。


  「タマ、あまり怒らないであげて? リリちゃんだって好きでこんなことしたわけじゃないんだよ」


  「……そんなこと分かってる。でもそれ以上に、自分が情けなくて。結局他人任せにした私に嫌気がさしちゃったの。……リリには、あとで謝らなきゃ」


  「うん。そうだね」


  タマの反省に、イロハは安心して頷く。と、その時。部屋の扉が開いた。


  「姫さま!」


  「姫!」


  キョウ、カミタが部屋に雪崩れ込む。2人はひどく取り乱し、すぐさまソラが寝ているベットに縋り付いた。


  「姫様! ど、どうしよう。とりあえず早く治療しなきゃ……!」


  「姫、死なないで……」


  「二人とも、静かに! 今寝てるから!」


  詰め寄る二人をタマは叱ったが、イロハは(自分だって取り乱してたのに……)と思わずには居られなかった。





























 


「はぁー……」


  宮殿内、幹部に許された自室に戻ったリリは、隊服のままベッドに倒れこんだ。疲れが身体から滲み出て、もう微動だにできない。そうしてうつ伏せになりながら、いつしか自己嫌悪に浸っていた。


  「バカだ、私……」


  どこか自分でも分からないうちにスイッチが入ってしまった。一國の姫を挑発、挙げ句の果てに気絶させた。極め付けに側近にあの態度。


  「極刑かな」


  自嘲気味に笑おうとしたが、少しも笑えなかった。そもそも笑おうと思ったことすら、ここ数年で初めて思った。そのせいか、表情筋が死んでいる。

  ちがう、自分で感情を失くしたんだ。殺したんだ。しかし、そんな自分でも、今だけは懐古に浸れずにはいられなかった。


  「ソラ、か……そう呼んだの、本当に何年ぶりだろう……」


  まだ幼かった頃、リリはソラとその妹とともに宮殿内を駆け回り、よく叱られたものだ。もともと貴族の娘だったリリは、幼馴染としてソラ姉妹と仲が非常に良かった。

  リリは首に下げているペンダントの石を見つめる。青色の石は、親友だったソラの妹の瞳の色だ。リリの瞳の色の緑色の石と、二人で交換しあった。


  「テン……私、もう分かんないよ……」


  鼻頭が熱くなる。視界がぼやけ、冷たい感覚がこめかみの辺りを通った。

  誰にも負けない強さを手に入れ、憎い人間を殺した。それでも、想いは届かない。


  「寂しいよ……」


  無駄だとわかっていても、想わずにはいられない。それが叶わぬとしても、心に打ち付けられた深い“くい”は、まだ抜けずに強く残っている。


  「私、どうしたら良いの……? テン、教えてよ……」


  輝く月明かりは何も答えず、静かにリリを照らしていた。



































  「ママ、また人間界に行くの?」


  「うん、そうだよ。また動きがあったからね。順調、順調。ぜーんぶ、私の計画通り」


  「でもさみしーよ。次はいつ帰ってくるの?」


  「一ヶ月後くらいかな。ほら、私も人間界じゃ忙しい方なのよ」


  「それも知ってるけどさー」


  「大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。良い子で待っててね」


  「……はーい」


  ぐずる子を優しくあやす『彼女』は、月の向こうで嬉しそうに微笑んだ。


  「会えるのが楽しみだな。待っててね────アマネちゃん」



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