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第6話

「アマネさん、アマネさんっ!」


 凛が必死になってアマネを揺さぶっている。怪物は無事に倒されたが、アマネの方も気を失ってしまった。


「すいません、どいてください!」


 後ろから切羽詰まった声が聞こえる。アマネを病院へ搬送するために、医療班が到着した所だった。医療班は的確な指示でアマネを担架に乗せる。周りでもすでに、様々な機器が展開し、人員が作業に追われている様子だった。

 この襲撃は『協会』にとっても予想外なことのようで、現場が混乱しているのを凛は肌で感じる。


「お嬢、手を……」


 東弥の声で我に帰った。東弥は先の戦闘で怪物に吹き飛ばされたが、屋敷の中庭まで吹き飛ばされただけで大きな怪我はなかった。

 凛は無意識のうちにアマネの手を握って離さなかったようだ。医療班の女性がそっと凛の手を外す。凛はその女性の手を縋るように掴んだ。


「アマネさんを、お願いします……お願いします」


 固く握られた手から凛の気持ちを汲み取ったのか、女性は力強く頷いた。


「必ず」


 連れて行かれるアマネを心配そうに見つめる凛を見て、東弥が言葉をかける。


「大丈夫ですよ。うちの医療班は優秀ですから」


「……東弥さんも、大丈夫ですか?」


「俺は全然。こんなの怪我のうちにも入りませんよ」


「……あー、いいかい?」


 不意に優しげな声が聞こえてくる。振り返ると、眼鏡をかけた、人畜無害そうな男が立っていた。


「隊長、遅いですよ」


 東弥がため息混じりに言う。男はなんとなく頼りなさそうな苦笑をして頭をかく。


「いやぁ、ごめん。君らのとこに異界人が来たことが確認された瞬間には向かってたんだけどね。申し訳ない。でも────」


 ちらり、とビニールに包まれ回収作業をされている怪物の死骸を見る。


「無事、倒せてよかった。さっき運ばれて言った保護対象にも外傷はなさそうだったし、とりあえず最低限の任務は達成かな。あとは記憶操作に支障がなかったら万々歳なんだけど」


 その言葉を聞き、凛は悲しそうに目を伏せる。東弥はその様子を見て、彼を非難するように見た。


「あまり変なこと言わないでくださいよ。俺はもともとこの処置には反対だし、お嬢の逆鱗に触れるんで」


「……触れませんよ、勝手なこと言わないで。でも、それにしても遅かったですね、国立さん。何かそっちでもトラブルが?」


 協会において、凛や東弥の所属する三番隊隊長、国立始(くにたちはじめ)はガリガリと頭を掻きながら困ったように言った。


「それが、本部に襲撃があってね。しばらく統制が取れにくくなっていたんだ。偶然とは思えないし、向こう側の作戦だろう」


「でも作戦にしてはお粗末ですよ。なにせ来たのがたった一体しか────」


 そこまで言って、東弥は何かに気づいたように固まる。


「東弥さん?」


「……今までの奴らの手口から考えて、こんな浅い作戦なんかしないはず。本部も、ここを襲ったのも、全部囮だとしたら……」


 東弥が呟くと同時に、オペレーターの叫び声が上がった。


「医療班からの連絡が途絶えました!」


「……え?」


 凛は一瞬で頭が真っ白になった。医療班からの連絡が途絶えた。つまり、アマネの身に危機が及んだということだ。


「あ、アマネさん……?」


「位置は特定できるか!?」


 始が指示を飛ばす。それを受け、オペレーターが連絡が最後に途絶えた場所が側のモニターに映し出された。


「この先の国道だ! まだ交通規制が敷かれてるはず────」


 始が周りの戦闘員たちに出動を命じようとした時、『それ』の唸り声が聞こえ出した。


「う─────うわあああああ!?」


 戦闘員の一人が悲鳴をあげる。先ほどの怪物と同型の敵がその戦闘員を爪で切り裂いた。


「まさか……!?」


 屋敷が、怪物たちに囲まれている。


「くそっ! ここまで計算づくってことか……!」


 すでに戦闘員たちが一斉に武器を取り出して応戦を始めた。始は凛と東弥の方を振り向いた。


「雫山さん、花袋くん! 君は彼女を追ってくれ! ここは僕らで食い止める!」


「はい!」


 二人は腰からナイフを取り出し、手のひらに突き刺した。飛び出た血のように赤い液体が固まり、一つの形になる。凛は銃、東弥は刀だ。

血司武器(ちしぶき)』。それが、彼ら『協会』の戦闘員が扱う武器だ。『血司システム』と呼ばれる血液を介した特殊な武器を持つ彼らは唯一の異界人に対抗できる存在となっている。

 東弥が突っ込み、凛が援護する。怪物たちを次々と屠り、停まっていたバイクに飛び乗った。


「最大スピードで飛ばしますよ!」


「はい!」


 道路に飛び出し、エンジンをふかす。あっという間にトップスピードまで加速し、反応が消えた国道まで目指す。距離はたったの四km地点だ。しかし、アマネの安否は分からない。逸る気持ちを抑えようともせず、凛はバイクとともに風となった。






 三分後、国道を滑走する二人は、空の上を巨大なエイのようなものが浮かんで行くのを確認した。


「お嬢、運転代わります」


 東弥が脇からハンドルを握る。凛は両手で銃を構え、狙いを定める。発砲した。この特殊な銃弾は通常の倍の飛距離がある。銃弾はエイに着弾し、痛みに耐える鳴き声が響いた。しかしエイの進むスピードは落ちるどころかさらに上がってしまう。


「行かないで!」


 凛は親指を噛み、新たな銃弾を生成した。榴弾だ。榴弾を装填して、引き金を引いた。銃弾は再びエイに当たり、先ほどよりも大きな声が辺りに響いた。

 ────このまま行けば……。

 祈りにも似た思いを乗せ、同じ弾を装填し、発射した。しかし着弾する直前、何者かがエイから飛び降り、持っている剣で銃弾を切り裂いた。そのまま持っている剣を投げる。剣は凛たちが乗っているバイクの直前に突き刺さった。バイクは避けきれず剣に直撃し、二人は道路に投げ出される。


「う……」


 凛はアスファルトの上でうめき声をあげる。視界の先には、エイから降りて来た男性おノウナが見えた。銃を構え直して照準を定める。銃弾を放つ。ノウナはこちらを見もせず、道路から抜いた剣で銃弾を弾いた。

 ノウナは凛を一瞥すると、その場に剣を突き刺した。そこから凄まじい音が響いて地割れが起きる。


「────ッ!」


  急いで起き上がって地割れを避けようとする。しかしそれより先に到達した衝撃波が凛を襲った。吹き飛ばされ、通りに並ぶ木々に激突した。そのままだらんと茂みに落ちる。


「────この野郎!」


 東弥が斬りかかるが、逆に懐に入り込まれみぞおちに蹴りを食らう。もんどり打ったところに、脳天に肘鉄が落ちる。コンクリートにめり込んだ。


「……!」


 しかし、東弥はノウナの足を掴んだ。まだ意識を失っていない。ノウナを睨みつけている。ノウナは少しばかり鬱陶しそうにその様を見下ろすと、足を掴んでいる手を掴み上げ、ぽいと放り投げた。


「東弥さん!」


 落ちて来る東弥を起き上がっていた凛が受け止める。


「お……嬢。逃げて……ください……」


「……ゆっくり休んでください」


 東弥をそっと地面に寝かせ、凛はノウナと対峙した。凛はノウナを睨みつけ、ノウナは凛をただ見つめている。


「────、────」


 ノウナが何かを凛に向かって言う。異界の言葉は人間には分からない。凛は銃を構えた。


「アマネさんを返して!」


 叫びと共に引き金を引く。しかし銃弾の軌道を読まれたのか、易々と避けられてしまった。ノウナは距離を一瞬で詰め、銃を持った腕をいなすとそのまま凛を地面に叩きつける。


「がふっ」


 血とともに大量の空気を肺から吐き出す。腕は取られたままだ。また持ち上げられた。


「─────」


 だらんと脱力した凛に向かって、ノウナはまた何かを言う。凛は歯を食いしばって強くノウナを睨んだ。まだアマネを救ってすらいないのに死ぬことなんてできるはずがない、という思いを乗せながら。


「離して……! 離しなさい!」


 ノウナは少し残念そうに目を伏せた後、凛の首元に剣の切っ先を向ける。喉笛に当たって僅かに血が出る。痛みに備え目を瞑った。


「────そこまでだ」


 聞き慣れた低い声が聞こえた。何かが空を切る音がする。ノウナは危険を察知し、凛を投げ捨て後方に飛ぶ。そして一瞬前まで彼が立っていた場所には、斧が深々と突き刺さった。


「……ウチの若いのにえらくはしゃいじゃってんじゃないの。ええ? おい。この落とし前は高くつくぜ」


 筋骨隆々な身体を皮ジャケットで包んだ男が歩いてくる。彼は煙を大きく吐き出すと、咥えていた葉巻を道路に落とし、強く踏みつけた。


大火(たいか)……さん……どうして……」


「はいよ、遅くなって悪いね。お前らが危険だって連絡あったんで来てみたわ。もう少しで俺の隊も到着する」


 畠山(はやけやま)大火、二番隊隊長。大火は斧をコンクリートから引っこ抜き、肩に担いだ。


「散々やってくれたじゃないの。悪いが手加減出来んからなァ」


「─────」


 ノウナは大火を見据えて手をかざした。その手にひとりでに剣が戻ってくる。

 両者は対峙した。ジリジリと距離を詰めて行く。不気味な静寂が辺りを包んだ────と描写する前に、大火はノウナに突っ込んだ。


「おおおお!」


 斧を振り上げ、ノウナに叩きつける。ノウナはそれを真正面から受け止めた。そこを中心として衝撃波が降りかかり、アスファルトにクレーターが作られた。


「────!」


 ノウナは驚愕に目を見開く。受け止めた剣から伝わった衝撃がまだ手から離れない。


「おらあああ!」


 受け続けては危険だと判断したのか、続いて放たれた第二撃を剣の腹でいなし、斧を地面まで導く。アスファルトに再び突き刺さった斧を足で抑え、切り返した剣で大火の喉を狙う。


「ッ!」


 大火はその攻撃を背を外らせ避け切ると、その勢いのままバク転し、ノウナの顎を蹴り上げる。そのまま地面に手をつくと、また勢いをつけて身体を起こし、両足でノウナの腹に攻撃を加えた。ノウナは二、三歩よろめく。大火は着地し、斧を地面から引き抜いた。


「はぁぁあああ!」


 顔を伏せているノウナに追撃をかける。ノウナは動かない。斧を振り下ろす────その手を取られた。


「─────!!」


 ノウナは大火を腕一本で背負い投げ、地面に叩きつける。大火の等身大の凹みが道路に生まれた。


「……かはっ」


 潰れるように息を吐く。間髪入れず剣を構え、ノウナは剣を振り下ろす。大火は歯を食いしばり、身体を横に転がせて難を逃れた。

 距離を取り、武器を構える。今度こそ不気味な沈黙が流れる。すると、ノウナが耳に手を当てて何かを話し始めた。


「……おい、なんだ。何してる?」


 話を終えたのか、ノウナは大火を見つめる。大火が眉をひそめる。次の瞬間、ノウナは跳躍し、ビルを駆け上がる。頭上にはエイが待ち構えており、それに乗ろうとしているようだ。


「待て!」


 大火は斧を投げる。しかし、ノウナがビルの上から跳躍した足先寸前を捉えただけでで届かない。斧はビルに突き刺さり破壊するに終わった。空中を止まっていたエイが再び進み始める。大火はその様子を悔しそうに見つめていたが、すぐさま路上で伸びている凛を助け起こしに向かった。


「ちっ……。おい、雫山。大丈夫か」


「はい、なんとか……早く、追わないと」


「分かってる。でも俺はお前だって花袋だって心配だ。お前らを今失うわけにはいかん」


 倒れている凛を助け起こし、次に東弥の元へ向かう。


「おい花袋、大丈夫か!? 生きてるか!? おい!」


 ぺしぺしと東弥の頬を叩く。東弥は咳き込みながら目を開いた。


「……もうちょっと、優しく起こしてくれませんかね……」


「よし……良かった」


 悪態混じりに返す東弥に、大火は安心したような顔を見せた。


「ゲホっ……くそ、油断した」


「花袋は残念だが動けんな。雫山、悪いが休んでる暇は無い。今から立松アマネを救出しに行く。異論は?」


「ないです」


「すみません……」


 東弥が申し訳なさそうに謝る。大火はそんな東弥の頭に大きな手を乗せた。


「しゃーない。ゆっくりしてろ。……おい、応援頼む。怪我人が一人だ」


「気にしないでください。後は任せて」


 大火が通信機で医療班を呼ぶ間、凛は東弥に優しげに声をかける。東弥は耐えるように頷いた。

 医療班との連絡を取り終えた大火は懐からナイフを取り出し、胸に突き刺す。それが合流し形を成し、一頭の大きな馬になった。大火はそれに飛び乗る。


  「さ、乗りな」


 大火の手に引かれ、凛は素早く乗り込む。大火が綱を大きく引くと、馬は嘶いた。


「準備はいいな? 飛ばすぞ!」


 馬は走り出し、浮かび上がった。


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