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第28話

またまたお久しぶりですね

「あれ?」


 アマネは気がつくと真っ暗闇の中にいた。上を向いても下を向いても自分の身体すら感じない。感覚が無い。そもそも上も下もあるかどうかすら分からない。ぱちぱちと瞬きをして驚いた────つもりだった。瞼を動かす感覚が無いし、瞼があるのかすら分からないが。


「どういうこと? ていうかここどこ?」

 

 この言葉だって言ってるつもりになっているだけだ。口があるかどうか分からない───もうくどいか。


「どうしたらいいんだろ……」

 

 呆然と呟く。漠然とした感情だけがあって、それに振り回されてしまうほど自分の存在が不確かなのが分かる。いや、分からない。分かる? なお分からない。定かじゃないことは確かかもしれない。

 その時、ふとなにかの流れを感じた。これが何なのかも分からないが、とりあえずその流れに身を任せてみることにした。ふわり、と浮いた気がした。気がしただけだ。

 しばらくの間、アマネは流るるがまま流離う。果たして流離い流離うその果てなのかどうなのか、か細い声のようなものが聞こえてきた。


「憎い。憎いわ。全てが憎いの」


 彼女はぺたんと座り込んでいた。真っ赤なもので染まった両手を地面への支えにして、長い髪が垂れている。声は湿っぽく、そして怨嗟に満ちていた。

 その姿はどうにも見ていられず声をかけようとする。が、それができる口も身体も無いのだ。


「憎い。憎いわ。どうしようもないの」

 

 独り言。誰に届くでもない恨み節をただ言うだけ。それ以外の言葉を忘れてしまったかのごとく。


「憎い。憎い。でも憎いわけも忘れたの。ただ腹が立つの。不愉快だわ」


 視点が近づいていく。彼女の顔が映し出された。アマネと瓜二つだった。


「憎いって、なんで?」


 アマネはいつしか彼女の前に立っていた。彼女の脳天を見下ろしている。彼女はアマネを見上げた。目からは涙の代わりに血が流れていて、顔は醜く歪んでいた。


「あなたなら分かってるでしょ。なんで、あなたが聞くの?」


「分からないよ。私がなんでここにいるのかも、君が誰なのかも分からないのに」

 

「私はお前だ!」


 彼女は怒りを孕んだ口調で叫ぶと、そのまま立ち上がってアマネの胸ぐらを掴んだ。アマネは学校の制服姿だった。彼女は血に塗れた白いワンピースを着ていた。


「ふざけるな! 今更、今更私の目の前に出てきてなんのつもり!?」


「待ってよ……乱暴しないで」

 

 強い力で揺さぶられる。なぜだろう。涙が出てきた。


「意味わかんない……」


「あああああああああ!!!」


 投げられた。真っ暗闇の中を上も下も分からないのに、落下する感覚だけがあった。何かにぶつかり、肺から息が出される。

 涙が止まらない。彼女は私を見下ろし、怨嗟の声を上げた。


「私はお前をを許さない! のうのうと生きてるお前を、許さない! 私を捨て、私を忘れた、お前を────」


 ぷつり。電話が切れたように、途端に何も聞こえなくなった。不気味な静寂。涙が落ちる音すら響く。

 アマネは顔を両手で覆った。自分が何かひどく醜いものである気がして耐えられなかった。自分を見ていられなかった。

 アマネの座り込んだ、そこから血のようなどす黒い液体がアマネの身体を覆っていく。繭のように閉じ込めた。アマネは目を閉じた。何も見たくなかった。何も見えなかった。

 アマネが殺戮を開始したのは、ちょうどその時だった。

 



「ああああああああ!!!」


 そして現在。アマネは拘束され、フウラと空間操作の主導権を取り合っている。フウラは笑みを浮かべながらも脂汗が絶えなかった。しかし一方アマネもだんだんと抵抗が弱まっている。我慢比べだ、フウラは歯を食いしばった。


「アマネ、どうしたの!? 力が弱くなってるけど、なにかあったかなぁ!?」


「う、うううううう……!」


 アマネの身体ががくんと波打つ。やはり限界が来ているようだ。あれだけの強大な力を制御仕切れていない。ガタが来始めている。

 

「こ、の……」

 

「アマネ……っ! おねがい……!」


 アマネはついに屈した。脱力し、意識を失う。


「アマネちゃん!」


「立松!」


 米李と東弥はなんとか立ち上がり、アマネの元へ駆け寄ろうとする。が、それはすんでのところで阻まれた。アマネの足元から突如として黒い泥のようなものが溢れ湧いて出てきた。


「なっ、なにこれ」


「こんなもの……っ!」


 東弥は構わず進む。しかしその泥に足を踏み入れると同時に凄まじい痛みが東弥を襲った。


「うわあああああ!!」

 

「東弥くん!」


 のたうちまわる東弥に米李が駆け寄る。東弥が足を踏み入れた方のズボンは燃えている。急いで消す。

 

「近寄らないほうがいいよ」

 

 フウラが告げる。フウラはアマネの一番近くにいた。つまり最もこの泥に触れている。


「ビューノ!」


 ビューノはフウラに呼ばれた瞬間東弥と米李を抱えた。

 

「頼んだよ」


「……仰せのままに」


 そしてビューノは王宮から出ようと走り出した。途中鎖で二人を自らの身体に括り付け安定させる。

 東弥は痛みに耐えながらビューノに向かって叫んだ。


「おい、待て! なぜ立松たちから離れるんだ!」


「もうすぐあの泥が王宮を覆います。あれに触れ続けると死にます」


「お前の主君もいるだろうが! 早く戻れ! 立松を残していくわけにいかない!」


「我が主君の、命令なのです。ハイ」


 鎖で東弥と米李の喉を絞めて気絶させる。すでに床に泥が浸っていた。





「さぁ、そろそろ迎えにいくからさ」


 フウラは腰ほどまで泥に浸かっている。痛みは尋常じゃないが耐える。

 この泥は拒絶の泥。この世界に私は一人だと思い込んで引きこもって、手を差し伸べられた先を拒絶する思いの哀れな結晶だ。


「アマネ、あたしが出したげるからね」


 フウラはアマネを抱え、そのまま泥の中へ沈んでいった。




 フウラがその暗闇に降り立ったのは、それからしばらくもたってない頃だった。その目的は一つ、アマネの暴走を止めるためだ。

 そして、それは案外すぐ見つかった。


「こんな大層に引きこもちゃってさぁ……」


 コンコン、と黒い繭を叩く。


「じゃ、始めようか」

 


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