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第27話

 アマネを包み込んだ光がさらに輝く。


「これは、まさか……」


 それを見つめるのは、瓦礫の山に隠れた鐘戸だ。鐘戸は戦闘には参加せず、その行く末を見守るのみだった。


「隠すのを諦めたか、立松礼司」


 鐘戸の耳につけた通信機に着信が入る。耳に届くのは男性の声だ。狡猾そうな声色で、隙がない硬い印象を与える。


「はい」


『強力な磁場を感知した。どうなってる』


「立松アマネが〈箱〉を開けました」


『来たか、ついに!』


 通信機の向こうは心なしか嬉しそうに言う。


『私たちの計画が第二段階に移ったわけだな。そのまま監視を続けろ。何か変化があれば逐一報告するように』


「はい」


 ぷちり。通信が切れた。鐘戸は身に纏っている防具のダイアルを回し、特殊な光学迷彩を起動した。異界の技術を流用したもので、ノウナでも血司武器でも感知はできない。


「さぁ、見ものだなぁ。ここから生き残れるかな? 一度死んだ身で……」






 アマネを包み込んだ光がさらに輝く。そのまばゆきは広間全体を照らし、そこに居るもの全てを包み込む。


「なんだ、これは……」


 意識を失っていた東弥は目を覚ました。すでに致死量の血を流し、死亡まで秒読みの段階まで行って突然の蘇生だった。自分を包む暖かい光の元へ目をやる。


「立松、なのか……?」


「うう、東弥、くん……?」


「米李さん!」


 少し離れたところに倒れていた米李も意識を取り戻し、上半身を起き上がらせている。


「アマネちゃんが……アマネちゃんがおかしいの! 急に光って、何が起こってるの!?」


「わ、分かりません……俺にも、何が何だか」


 光が収まった。アマネは変わらずそこに立っていた。しかし様子が違う。いつものような普通然とした人間ではなかった。


「許さない」


 ぼそりと呟くと、アマネは光を操り一面の扇を顕現させる。そして眼前の銃を構えた敵を睨みつけた。

 そして、また一言。


「腹が立つ」


 その一言、たった一言で、広間全体の空気が底冷えした。逆らえば殺される。生き残った者にそれを否応なく自覚させる恐ろしさを纏う言葉だった。


 [さぁ、来い。お前たちを皆殺しにしよう]


 その言葉が届いたと同時に、敵は操り糸に括られたように銃を構えて銃弾を撃つ。しかし放たれた銃弾はアマネの周囲にある透明な膜に弾かれた。

 アマネは一歩、敵に向かって歩き出した。空気が震え、床がひび割れる。一歩一歩、足を動かし敵に近づく。敵は足に杭が打たれたかの如く動けない。

 敵の一人の目の前に来た。アマネは鉄扇を開き、横にふるった。敵の首が飛んだ。


「ひ……っ」


 米李が顔を引きつらせ声を飲み込んだ。敵は人間だった。なぜなら、頭部のなくなった首の先から血が次々に溢れてくるからだ。

 アマネはそれを見てまるで汚物を見るように目を細め、軽蔑の眼差しを向けた。


「う────うわああああ!」


 敵の一人が解放され、銃を持ってアマネへ突進してきた。初めて敵が見せる人間的な反応だった。アマネはそれに一瞥もくれず、鉄扇を仰いだ。敵の銃を持った腕の先ごともげた。


「ぎゃああああああああ!?!?」


 敵はどうしようもなく跪き、痛みに悲鳴をあげる。アマネはゆっくりとそれに近づき、足を上げた。そして頭を踏みつける。


「ちょ、ちょっと待っ────」


 ぐしゃり。硬い地面に敵の頭が潰れながらめり込んだ。


 [さぁ、来い。殺しに来い。でないと、私が仕返せないだろう?]


 逃げ出したい。けどなぜか後ろに身体が動かない。敵はあっと言う間に瓦解し、それぞれが無様にアマネに対し向かっていくしかできない。恐怖に怯え、抵抗しながらもいうことの聞かない身体を動かし、武器を振るう。そしてあっけなく殺される。

 アマネの身体は、返り血で真っ赤に染まった。

 むせ返るような匂いが充満し出した頃、やっと最後の一人がアマネの手にかかった。アマネは鉄扇を振り、ついた血を飛ばす。


「はは」


 そして笑った。


「ははは。はははは。ははははは」


 邪悪に嗤う。その様は明らかに今までのアマネのそれとは似ても似つかないものだった。


「あ、あまね、ちゃん……」


 涙を流しながら、米李は彼女の名を呼んだ。


「はははははは。ははははははは!」


「立松……」


 東弥は目をそらした。もう見ていられなかった。


「はははははははは!」


 ぐしゃ! アマネが地団駄を踏んだ。地面が割れ、血だまりが飛び散る。アマネの足をまた赤に汚した。


「もうやめて! アマネちゃん!!」


 アマネは嗤うのをやめ、脱力したように声のした方を向く。不愉快になる程甲高い、湿った音だった。

 腹が立つ。


「なんだ、お前……」


「こんなのアマネちゃんじゃないよ。元のアマネちゃんに戻って!」


「元、だと……」


 アマネは手のひらを見た。鉄扇を握る、真っ赤になった手。ぽろり、とそこに涙が落ちた。それが自分から出たものだと、アマネらしき何かは気づかなかった。


「……腹が立つ」


 つかり。身体を米李の方へ向ける。不愉快で不愉快でたまらない。一刻も早く楽になりたい。もっと気持ちよくなりたい。


「────米李さ」


 まずい、と東弥は立ち上がる。瞬間アマネは鉄扇を一払い。凄まじい圧力とともに風が襲いかかり、東弥が吹き飛ばされた。


「がはっ!」


「東弥くんっ!!」


 壁に激突した東弥は肺から空気を余すところなく吐き出し、苦悶に表情を歪ませながら地面に落ちていく。米李が悲痛に東弥の名を叫ぶが、東弥は手を差し出し、米李を制する。


「米李さん……逃げて! 今の立松は尋常じゃない! 早く……にげ────」


 [煩い!]


 憎み切った表情でアマネが東弥を睨む。途端に東弥は口がうごかせなくなった。


「お前たちが……私を、不愉快にさせる……!」


 アマネは米李の眼前まで迫る。米李は目を固く瞑った。アマネはその怒りのまま、鉄扇を振るう─────


「待って!」


 米李とアマネの間に躍り出たのは、フウラだ。フウラは両手を広げ、米李を庇うようにしてアマネの目の前に立つ。フウラもいつのまにか傷が治り、顔色も好調だ。昼間の余裕ぶった笑みを浮かべ、アマネに対峙した。


「アマネ、フウラだよ。治してくれてありがとう」


「誰だ、お前。退け」


「やだ」


 アマネは億劫そうに小さく嘆息すると、鉄扇を突き出した。


「陛下っ!」


 その攻撃をビューノが食い止める。ビューノの幅の広い袖から鎖を伸ばし、鉄扇ごとアマネの腕を拘束した。


「ん、ありがとビューノ」


「陛下……! あまり長くは保ちません……っ!」


「待って! アマネちゃんに何するの!?」


 米李はやっと立ち上がる。そんな米李をフウラは振り返らずに言う。


「今のアマネは暴走してるの。おそらく力を制御しきれてないんだ」


「力って何!?」


「そんなの────」


 フウラが言葉を紡ぐ前に、アマネが腕を大きく動かし、ビューノごと鎖を解こうとする。ビューノはアマネの膂力に耐えきれず、じりじりと引っ張られ始めた。


「陛下……っ!」


「ごめん、説明してる時間ないや。早くしないとビューノ死んじゃう」


 フウラはさらに一歩前に出る。


「アマネ。フウラだよ」


「お前……っ!」


「どう? 身体動かないでしょ」


「……っ!」


 アマネはここで初めて気付く。普通ならば並みのノウナなど軽くあしらえるはずなのに、今はうまく力が入らないことに。

 フウラはにんまりと笑った。アマネの頬を掴み、自分の顔に寄せる。


「アマネ。勝負だよ。あたしの空間操作と、アマネの干渉力のどっちが大きいか。今、日が沈みかけてきた。ここからあたしは強いよ」


「この……っ!」


「こらこら、あまり怒んないの。綺麗な顔が台無しだよ。だから────」


 フウラは顔から笑みを消した。


 [動くな]


「…………っ!」


 アマネの身体が止まった。抵抗のために震えていたそれさえも完全に。目だけは必死にフウラを睨みつけたままだ。


「あたしの干渉は空間にだけ。あたしの近くの一定範囲のノウナを空間的に意のままにできる。アマネはたぶん制限は無いんだよね。アマネが認識さえできれば、世界がアマネに従う。でも、今は、あたしが、近いんだよ。アマネ。あたしが、アマネの、目の前にいるから。ほら、もうすぐおでこがくっついちゃいそうでしょ。近いほどあたしの言う通りなの。アマネ。悔しい? 全部、ぜぇえええんぶ自分の意のままだと思ったでしょ? ねぇ、アマネ。返事しなよ。悔しくないの!? アマネは本当はこの世界を意のままにできるのに! 今はあたしの手のひらの上なんだよ! アマネ! ねえ! 何か! 言ってみなよ! …………あ、そうか。何もできないね。だって──────」


 フウラはアマネの首に手を回し、口を耳元へ持っていく。二人の身体が完全に密着した。


 [アマネは、あたしの命令に逆らえないもんね]


 囁き声で、アマネに言い放った。


「あ────あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 アマネは怨嗟の叫び声をあげる。しかしフウラはどこ吹く風だ。


「さぁ、夜は深まるよ! 我慢比べと行こうか!」


「殺してやる!」


「こら、女の子がそんな汚い言葉使っちゃダメでしょ────[喋るな]」


「…………!! ……!!!」


「もう、睨まないの。あははは」


 フウラはビューノに目配せする。ビューノは頷くと、両手を地面に置いた。ビューノが力を込めると、アマネの周囲の地面から数十本の鎖が飛び出る。それらは抱きついているフウラごとアマネを拘束した。


「あ、アマネちゃん……! フウラ……!」


 米李は、その様をただ見ることしかできなかった。


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