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第22話

  強く瞑っていた目を恐る恐る開けると、建物の中にいた。


  「……え?」


  目の前の東弥も戸惑っている様子だ。フウラは二人から手を離した。


  「はい、ようこそ。あたしの城の、あたしの部屋だよ」


  窓からは月明かりが差し込み、明かりのない部屋を照らしている。フウラが天井に向かって手を振ると、吊るされたシャンデリアから光が溢れ、徐々に明るくなる。

  ベージュ色の壁に暗い赤色のカーペット、天蓋付きのキングサイズベッド、黄土色の生地に刺繍が施されたソファ、部屋の真ん中には背の低いテーブル。壁に付けられた机には、いくつもの書籍と書類が散らばっている。


  「散らかっててごめんね。あなたたちが街に来たって分かったら居ても立っても居られなくって」


  「おい、それより米李さんは何処にいる」


  東弥がフウラに詰め寄る。


  「隣の部屋。早く行ったら?」


  「行くぞ、立松」


  「うん!」


  急ぐアマネと東弥。扉を開け廊下に出ると────米李と鉢合わせた。


  「…………」


  「…………」


  「…………」


  あまりにあっけない再会に三人は固まる。フウラはアマネの肩を叩いた。


  「感動の再会おめでと。ちょっとどいてくれる?」


  「う、うん……」


  アマネが道を開け、フウラは米李の前に立つ。手に持っていた瓶を開けると、そこから飴玉のようなものを口に入れ飲み込んだ。


  「はい、これでいい? ちゃんと連れてきたよ」


  「つ、連れてきたって……話が違うじゃん! 私を戻してくれるんじゃ……」


  「仕方ないよ。こっちが準備終える前にアマネたちが来たんだもん。ここでもしもあたしが何もしなかったら多分殺されてたよ?」


  「…………」


  「知ってるでしょ? ニンゲンは世界の敵、許すな、殺せってさ」


  フウラはの冷徹な言葉に、米李は唇をかんだ。そしてみるみる目に涙が溜まっていく。


  「め、米李ちゃん!?」


  急いでアマネが駆け寄り、米李を抱き寄せた。


  「ふ、うう……アマネ、ちゃ……」


  「ごめんね。早く来れなくて。不安だったでしょ? もう大丈夫だから……」


  そう言いながら優しく頭を撫でる。染められた金髪はほとんど色落ち、眉毛の辺りまで黒色になってますますプリン頭が進行してしまっている。しかし肌の状態や顔色からして、あまりストレスな生活は強いられていないようだった。

  アマネの腕の中で米李は首を振る。


  「ううん、大丈夫。不安なんかへっちゃらだよ。でも……ごめんね、こんなところにまで。私を探しに来たんでしょ? ほんとは私がアマネちゃんを守らなきゃいけないのに……」


  「なに謝ってんの? 米李ちゃんがどっか行ったら見つけに行くに決まってるじゃん。全く。心配させてさぁ……」


  言葉とは裏腹に慈しむように言う。


  「東弥くんもごめんね」


  「謝らないでください。でも、無事で良かった」


  「もう……敬語やめてって言ってるのに」


  「そういうわけには……」


  ────ぐらり。

  一瞬意識が離れた。アマネは頭に手を当てる。どんどん力が抜けていく。ふらついてきた。


  「あ、アマネちゃん!?」


  「立松!」


  心配そうに呼ぶ声が聞こえる。

  ありがとう、でも大丈夫……そう言うために口を開こうとして、アマネは意識を失った。














  「……ん……」


  アマネは目を覚ます。視界には天蓋が広がっていた。起き上がると、フウラの部屋の中にあるベッドに横になっていたようだ。


  「アマネちゃん。おはよう」


  ベッドの側には、椅子に座って通信機をいじっている米李がいた。アマネは目やにでくっついた目をこすりながら呟く。


  「……あれ、私もしかして」


  「ぐっすりだったよ。丸一日寝てたから」


  「丸一日!?」


  「うん。もうすぐ日の出だよ」


  窓を見ると、確かに夜が白んでいる。


  「ほら、東弥くんもさっき起きたんだよね」


  「……ああ」


  見ると、ソファには髪の毛が爆発したように逆立っている東弥が座っている。それを見たアマネは思わず吹き出した。


  「な、なにそれ……爆発、爆発してるよ! はははは……」


  「毎朝こんなんだよ」


  東弥がうんざりしたように返す。濡れたタオルで頭を拭き髪を整え、すぐに話を切り替えた。


「まだお嬢の行方が分かってないことを話したよ」


「……そっか」


 アマネはベッドを無意識に握りしめた。まだ目的の半分しか達していないことに少し愕然とする。


  「試してみたいんだけど、バッテリー切れちゃってて。復旧もできないみたいでね……」


  米李の端末はどこを触ってもうんともすんとも言わない。


  「問題はこれからだ。一旦米李さんを連れて帰るか、お嬢を探しに行くか。……帰るにしたって帰る手段は現状無いし、行くにしたってお嬢が何処にいるか分からないままだけどな」


  東弥が自嘲気味に言う。


  「はーい、ちゅーもーく」


  扉が開きフウラが部屋に入ってきた。傍らにはハルリオに来る際に見かけた爬虫類版のラクダの被り物を被り、両手に手袋をつけゆったりとしたローブを着た男がいる。男は鉄製の小さなバケツのような容器とグラスを四本持っていた。

  フウラは親指で仮面の男を指差す。


  「紹介するね。こいつはビューノ。トロくてうざいけど、一応あたしの従者。ほら、挨拶」


  「どうもどうも。あー、おはようございます。ビューノといいます、はい。よろしくお願いしますね、はーい」


  「…………」


  突然の展開についていけない。なんだ目の前の珍妙な生命体は? 米李は若干の苦笑いだ。


  「こいつのことは奴隷と思って接してくれればいいから」


  「えっ、ちょっ、姫様……?」


  「なにやってんだよ、ほら早く飲み物出せや」


  「はい、ただ今!」


  フウラに足を小突かれ、ビューノはあわてて部屋の真ん中のテーブルにグラスを置き、容器から冷えたボトルを取り出してグラスの半分ほどまで注いだ。透明な飲み物だ。爽やかで甘い匂いがする。


  「ささ、とりあえず起き抜けの一杯ってことで」


  「い、いただきます……」


  座布団の上に座ったアマネは、グラスに入った飲み物をくいっと呷ろうとする。しかしそれを東弥に阻止された。


  「不注意だ。何が入ってるか分からないんだぞ」


  その言葉にフウラがいかにも心外だというように顔をしかめる。


  「ねぇ、失礼じゃない? ちょっと酔うくらいだってば。ジュースみたいなもんだよ」


  「いいからやめとけ」


  「う、うん」


  「えー? 飲んでよ。せっかく最高品質持ってきたのにぃ。メイは飲んでくれるよね?」


  「え、ええ……?」


  米李が困ったような顔をする。


  「こっちにきたばかりの時ぐびぐび飲んでくれたじゃん! ほら、安全だって分かってるでしょ!」


  「た、確かに美味しかったけど……あの時は何日も飲まず食わずで死にそうで……」


  「あー、もう。分かったよ」


  フウラはアマネたちの前のグラスを引っ掴み、片っ端から飲み干した。空になったグラスを挑発するように上品に置く。


  「はい、これでいい? 妙な勘ぐりやめて」


  「…………」


  ビューノが何も言わずにグラスに飲み物を注ぐ。しかし今度は溢れるギリギリまで入れた。


  「…………」


  飲め。ビューノの仮面の奥の目が告げていた。

  東弥がグラスを掴み、一気に呷る。口端から飲み物が溢れたが気にしない。喉を鳴らし飲み干すと、グラスをテーブルに戻した。


  「これでいいか」


  フウラは満足そうに頷く。


  「いい飲みっぷりー。アマネは?」


  「あ、うん」


  少し口に含む。甘い香りが口いっぱいに広がる。アマネは目を見開いた。


  「美味しい!」


  「でしょでしょ? これ、うちの特産品なんだ。これの交易が国の利益の半分くらいなの。キュワンっていうんだ。軽いお酒」


  フランスのワインみたいなイメージだろうか。アマネはあっという間に一杯飲んでしまった。それをフウラは嬉しそうに見ている。


  「よし、じゃあお風呂入ろっか!」


  「え? お風呂?!?」


  「キュワン飲みながらのお風呂は格別だよ! さ、行こ行こ! あ、アマネだけね!」


  「えっ、ちょっと」


  フウラは冷えたキュワンのボトルとグラス二本を持ち、アマネの腕を引っ張る。アマネはなすがまま連れて行かれそうになる。


  「おいキャメロ野郎。しっかりお客人の世話しろよ」


  「かしこまりました、はい」


  「キャメロ?」


  「あいつの被ってるやつの名前。いちいちビューノって呼ぶのムカつくんだ」


  「おい、何するつもりだ」


  東弥が立ち上がる。フウラは立ち止まり、振り返った。


  「オンナ同士で裸の付き合い。悪い?」


  「…………」


  「あなたたち、あたしに恩あるでしょ? アマネ貸して?」


  「ハナちゃん、米李ちゃん。大丈夫だよ。ちょっとお風呂入るだけだから」


  「でも────」


  「アマネちゃん……」


  「さ、行こっ!」


  心配そうな顔をする二人を尻目に、フウラがアマネを引っ張っていく。


  「危なくなったらすぐに呼べよ!」


  「うん!」


  東弥が大声で伝える。アマネはそれに頷き返すが、気づけばあっという間に風呂場に連れて行かれてしまった。




























  真っ白な大理石のような壁に囲まれてた浴場。すっぽんぽんになったアマネは靄の中で暖かい風呂に使っていた。


  「はー……。お風呂はいったのいつぶりだろ」


  「相当汚かったし臭かったから。よかったね」


  「え!?」


  フウラに言われて急いで体臭を確認する。


  「今は身体洗ったから匂わないよ。むしろいい匂い」


  「そっかぁ、良かった……」


  安心したように風呂に沈んでいく。


  「はい、グラス」


  「ありがとう」


  近くに置いてある冷えたバケツからボトルを取り出し、グラスに注ぐ。乾杯し合って一口。


  「ほんとに美味しいね。確かに格別かも」


  「でしょ? アマネは分かってくれるみたいで良かった」


  フウラは笑うと、しばらく黙ってグラスを呷る。そのまま無言の時間が続いた。


  「……ねぇ、どういうつもりなの?」


  「何が?」


  恐る恐る切り出した。フウラはグラスの中を飲み干し、アマネの方を向く。


  「私、ニンゲンなのに……」


  「だから言ったじゃん。待ってるヒトがいるからって」


  「でも、私が米李ちゃんに会えたとして、フウラにはなんにもいいこと無いじゃん」


  「なんでもかんでも損得勘定で動くと思ってるの? アマネってやっぱりニンゲンなんだね」


  「そ、そういうことじゃなくて……」


  「でも残念。あるんだ。アマネをここに呼んだ理由」


  「……それって、何?」


  「ある日聞こえたの。声」


  「……声?」


  「うん。女の人の声。近いうちにニンゲンが一人来る。そしてその後、その子を探しに運命を変える女の子が一人この国を訪れるって。運命を変える女の子。それがアマネをだってすぐ分かった」


  「……どうして?」


  「だっていい匂いするもん。なんか懐かしい匂い。ソラおねぇ様みたい」


  「ソラを知ってるの!?」


  思わず身を乗り出す。


  「知ってるよ。あたしは大好きだけど、向こうはあたしのこと苦手みたい。お互い國の姫で共通点も多いのにね。でも最近特に冷たいんだ。なんか隠し事あるみたい。どうやら噂では、ニンゲンが王宮に侵入したって……」


  「まさか……」


  「部屋の中の話、聞いてたよ。もう一人探さなきゃいけないんでしょ。協力してあげよっか」


  「……対価は?」


  アマネは覚悟を決めた目で問う。フウラは口元を美しく上に歪ませる。


  「この世界を救ってほしい」


  この世界を救う。本当にスケールが大きすぎる。でも、受け止めざるを得なかった。


  「アマネも知ってるでしょ? あたしたちの世界とニンゲンの世界の事。世界のバランスが崩れて、お互いが訳もなく憎み合っている。そんなの間違ってるって思わない?」


  「思うよ。私、それを止めたいんだ。……具体的なこと、まだ全然出来てないけど」


  「あたしも同じ。まだ万全な準備が出来てないの」


  そう言って、フウラはアマネの手を握る。目を合わせ、顔を近づけてきた。今にも息がかかりそうだ。


  「お願い。あたしと協力して。あたしと一緒に、この戦いを終わらせよう。アマネなら出来る。アマネじゃなきゃ出来ない」


  「私、じゃないと……」


  いつしか、その視線に囚われていた。

  瞳に私が映っている。

  その奥の瞳にはフウラが映っている。

  その奥には私が映っている。

  また奥にはフウラが映っている。


  ────そして、爆発音が響いた。


  地響きとともに水面が揺れる。アマネは我に帰った。


  「……何? ど、どうしたの?」


  フウラは立ち上がり、窓に近づいて水滴を拭いた。


  「……アマネ。見て」


  「なに、これ……」


  巨大な城壁の周囲に何かが蠢いている。二本の足で立ち、二本の腕で銃を構えている。

  どう見ても人間だ。ノウナとは、はっきり違うのがわかった。鉄の匂いと蹂躙を持ってやって来たのが分かった。

  城壁の周りで兵士と攻防を繰り広げている。先ほどの爆発で櫓が一つ燃えたようだ。黒煙が立ち上り、街のノウナたちから叫び声が上がっている。


  「ニンゲンだ。あの日、十二年前、攻めてきた時と同じ」


  「そんな……なんで……」


  「分かんない。でも、明らかに敵対してきたって感じ」


  フウラはアマネに向き直った。


  「アマネ。止めなきゃ。あたしたちがやらなきゃいけないことだよ」


  「……うん。私に出来ることなら、いくらでも」


  アマネは決意し頷いた。逡巡している暇はない。今はただ、目の前のことに身を投じるべきだ。

  フウラは安心したように笑うと、アマネの手を引っ張り欲情を出た。その足取りはひどく嬉しそうで、興奮しているようで、ワクワクしているようで、これから起きることが楽しみで楽しみで仕方がないようだった。

  ────そして、フウラは嗤っていた。

 


 



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