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第2話

「ニンゲンが────私たちの世界に何の用っ!?」


 ソラは歯を食い縛り、アマネの首を右手で絞める。その凄まじい力に、すぐさま視界が歪んでいく。苦しい。苦しい。苦しい!!


「……っぁ、かっ────」


「また、私たちを苦しめようとしたの!?」


 力がさらに強くなる。視界が遠くなる。酸素を求めて喘ぐが、もがけばもがくだけ苦しくなる。テレビの砂嵐のようだ。ザーッ、ザーッ。ブラックアウト寸前。

 目の前のソラは泣きそうな顔だった。


「や、め………」


「今度はテンのように、私を狙ってきたわけ!? あの子はどうなったの!? 生きているの!?」


「やめて、よ……ソラ……」


「私の名前を呼ぶな、ニンゲン! 私は────ッ!」


 急に叫ぶ声をやめたかと思うと、ソラは突然びくりと身体を震わせた。なにかを恐れるような様子だった。そしてすぐさま馬乗りになっていたアマネの身体から退き、酷く後悔しているかのように頭を抱える。


「ご、ごめん……! ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 解放されたアマネはひどく咳き込み、ソラを上目遣いで前髪の向こうから見る。ひどいことをされたことは分かっていた。死が初めて身近に感じた。


「ソラ……」


 それでも、ソラを悪く思う気持ちは無かった。しかし辛そうに顔を歪ませているソラを見るのは辛かった。

 アマネはソラに近づく。ソラは怯えたように叫んだ。


「こ、来ないでっ!」


「なんで?」


「来ないで! じゃないと……また君を傷つけちゃう!」


「私、どこも痛くないよ?」


 笑顔で言うアマネの首には、生々しい赤い指の跡が残っている。ソラはそれを見てますます取り乱した。


「ごめん、ごめん……テン……許して……わ、私……私……!」


 アマネは泣きじゃくるソラの元へ無理やり近づき、抱きしめた。そのまま頭を優しく叩く。


「大丈夫。大丈夫だよ、ソラ」


 ソラはしばらく泣き喚いた。









 しばらくしてソラが落ち着いた後、詳しい話を聞くことができた。

 この世界は、人間界とは別物で、ソラたちも人間ではないらしい。ソラたちが自分たちのことを『ノウナ』と呼んでいた。おそらく、それが人間を『人間』と呼んでいるようなものだろう。

 ここはいわゆる異世界で、人間界とは似て非なる世界だ。生態系も気候も似ているが、どれも微妙に違う。ソラはそれを『鏡合わせが少しずれているもの』と言った。ソラたちノウナは、そもそもこの世界以外の世界が存在するとは全く知らなかったという。

 人間との対立が始まったのは、十五前にクオン國の最上位の神官である王女『テン』が連れ去られ、行方不明になってしまった事件が起こってからだ。当初人間界の存在を知らなかったクオン國は消えた王女の手がかりをつかむことができなかった。

 そしてついに今から十二年前、人間が襲来した。何を言っているのかも分からない、なにが目的なのかも分からない。様々なものを略奪され、兵の多くを殺され、民を虐殺された。ソラの住むここ『クオン國』も混乱状態に陥ってしまった。そしてそこで初めてテンが人間界に行ってしまったという情報を得ることができた。それを受けて、クオン國の王が中心とり人間の被害に遭っていた國々が団結し人間との完全敵対体制が始まったという。


「ちょ、ちょっと待って」


 ソラと向かい合っているアマネが疑問を呈した。


「その話だと、人間の言葉は分かんないんだよね? じゃあなんで私と話せるの?」


 ソラは首を横に振った。


「分からない。初めてアマネに会ったとき、君からはニンゲンの香りがしなかった」


「人間の香り?」


「うん。なんだか嫌な匂い。言葉では説明できないけど、身体中が総毛立つような、そんな嫌な匂い」


「そうなんだ。香水してるからかな」


 ソラは自分たちの過去を語っている最中もずっと辛そうな顔をしていた。アマネの顔をまともに見ていない。

 そしてついにその後悔に耐えきれなくなったのか、アマネに跪いた。アマネは驚いて素っ頓狂な声を出す。


「ソ、ソラ!?」


「……私は、許されないことをした。恩人であるアマネに、決してしてはならないことを。謝って許されるものじゃないことは分かってる。けど────」


「待ってよ! 私、大丈夫って言ったのに!」


「でも、アマネに酷いことを」


「……まぁ、たしかに死ぬかもしれないとは少し思ったよ」


 アマネは首の後ろの髪を書き上げながらぼそぼそと言う。


「でも、さっきの話聞いて、納得した部分もあるっていうか。ほら、ソラも酷い目にあったんでしょ?」


「だからって、アマネは関係ないのに。アマネはニンゲンだけど、でも………」


「もう、そんなに辛そうな顔しないでよ。綺麗な顔が台無しだよ」


 アマネは跪いているソラに目線を合わせ、ソラの目尻を拭う。


「ソラ、いい? 聞いて? 私は、このこと、ソラが悪いなんてこれっっっっぽっちも思ってない」


「……うそだ」


「ほんと! 私は嘘はつかない」


「………」


「私、ソラの体験したことの百分の一も辛いこと経験したことなんてないから、正直その苦しみは分かってあげられない。……でも、それでも、同情することだけなら。私はできるよ」


「………」


 アマネはソラを強く抱きしめた。鼻をすするような音が聞こえる。その穏やかで慈しみに満ちた声は、すっとソラの心に届いた。


「かわいそうに……ソラ……! 辛かったろうに……! その辛さの少しでも肩代わりしたいよ……!」


「────アマネ」


 アマネは、泣いていた。本心からの涙であることは、出会って間もないソラにだって分かった。ポロポロと辛そうに落ちていく涙が、ソラのローブの肩を濡らしていく。その涙はみょうに暖かかった。


「アマネ……ううっ……アマネぇ………!」


 耐えきれなくなって、ソラも泣いた。目頭が熱くなって、鼻が詰まって、感情が抑えきれない。アマネの肩に顔を押し付け、溢れ出る感情のまま泣き叫んだ。喉が枯れるほどに。アマネは自身も泣きながら、そんなソラの背中を優しく撫でた。






「アマネは、優しい。ニンゲンじゃないみたい」


 ぐすぐすと目尻に残った涙を拭いながら、ソラはボソリと呟いた。


「ごめん、みっともないところ見せて」


「みっともなくなんてないよ。涙は生きてくには必要なことって、うちのママが言ってたから」


「アマネのお母様?」


「うん。私がちっちゃい時に死んじゃったけどね。でも、思い出はひとっつも忘れてないよ」


「……きっと、アマネのお母様も素敵な方なんだね。娘であるアマネがこんなに素敵な女の子なんだから」


「え、そうかな? 嬉しい」


 にへら、とだらしない笑みを浮かべるアマネ。


「アマネのお父様はご健在なの?」


「うん。いいひとなんだけどね。ちっとも帰ってこないし、外食するなって言ってもコンビニで済ますし、だらしない人だよ」


 アマネはすこし頬を膨らませながら言う。そんなアマネをソラは微笑ましそうに見つめていた。


「家族仲がいいんだね」


「違うよ。パパが私にべったりなだけ。一日一回は連絡しろって言うし、帰ってこないくせに門限決めるし」


「……アマネは、ニンゲンたちの元に帰りたいの? ニンゲンっていうか、アマネのご家族の元に」


 ソラは意を決したように言った。アマネは少し考えて、答えを出す。


「うん、帰りたい、かな。とりあえず、パパに連絡したい」


「……そっか。なら────」


「姫殿下ー!」


 不意に聞こえてきた男の声に口をつぐんだ。そしてすぐさま数人の足音が聞こえてくる。


「隠れてっ」


 近くの茂みに連れ込まれた。口を覆うようジェスチャーされ、それに従う。


「じっとしてて」


 ソラの掌が淡い光を発する。蛍火のような小さな光の球がアマネの身体に付着し、広がっていく。


「殿下、いらっしゃいますか!?」


「気配はどうだ」


「……無い。殿下が本気で姿を隠そうと思えば、我々にはとても追うことはできないな」


「時間が惜しい。リリ副長に急いで連絡だ」


 去っていく足音がする。ソラは安心したように息を深く吐いた。


「だ、誰だったの……? てか、姫殿下って………」


「……私のこと。私、クオン國の姫なんだ」


「じゃ、じゃあさっき言ってたテンって………」


「私の妹」


「……まじか」


 慌ててアマネは深々とお辞儀をした。


「姫殿下、とんだご無礼を」


「やめて」


 アマネの行動に少々うんざりしたように返すソラ。


「さっきの話だけど。アマネがもしご家族の方と連絡を取りたいなら、もしかしたらそれができるかもしれない場所に心当たりがあって」


「本当に!?」


 アマネは思わず目を輝かせる。その嬉しそうな様子を見て、ソラは、一瞬眩しそうに目を細めた。


「……うん」


  そして、少しだけ寂しそうに笑った。


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