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第18話

「タマヲ、どうしたの? こんな昼時に。お仕事大丈夫なの?」


  階段を降りながら努めて穏やかに話しかける。


  「いえ、姫様の顔を見に。寝室でなにかしていらっしゃたんですか?」


  「本読んでたんだ。久しぶりに篭りたくなってさ」


  「へぇ……」


  タマヲは心配そうに駆け寄ってくる。


  「あの、昨日の騒ぎの事なんですが……」


  「ああ、盗賊が入ったんでしょ?」


  「はい。まだその輩が捕まっていなくて。もしかしたらまだ宮内にいるかもしれず……申し訳ありません」


  「いや、気にしなくて良いよ。それに、盗賊の1人や2人、私1人でも大丈夫だから」


  「そうかもしれませんが……でも、一國の姫君がそのようなことを口にしてはいけませんよ」


  「はいはい、分かってるって」


  ソラはさりげなく階段へのルートを塞ぐ。


  「で、タマヲはどうするの? 私は今日はずっとここにいるつもりだけど」


  タマヲは訝しげにソラを見ている。


  「……二人分、ですか?」


  「なにが?」


  タマヲが目を閉じクンクンと鼻を鳴らす。


  「二階で食べてましたね? 姫様、食べるのはお好きですが昼に二人分も食べるくらい大食らいでは、ありませんでしたよね?」


  「……今日は、そういう気分だったんだ」


  「昨日の賊、ニンゲンだったようなんですよ」


  ソラは頬に冷や汗が通るのを感じた。

  ────これは、まずい。


  「そうなんだ。それで?」


  「姫様。私、再三申し上げてきたはずです。一國の姫としての行動を、と」


  まずい、まずい、まずい!


  「タマヲ、待って。話を聞いて────」


  「カミタ!」


  タマヲは上に向かって合図する。同時に、上の階でなにかが盛大に割れる音がした。

  ────しくじった!


  「リン!」


  ソラが咄嗟に階段を駆け上ろうとすると、タマヲがそれを止める。


  「姫様、行ってはダメです!」


  「離して! カミタ! なにやってるの!? やめなさい!」


  「姫様!」


  「離してってば!」


  「姫様! ダメです!!」


  ソラがタマヲの制止を振り切り、階段を駆け上る。タマもそれを追いかける。部屋の中を見た。


  「……っか……はっ…………!」


  「この、姫様をよくも……っ!」


  凛がカミタに首を絞められている。

  凛の目の焦点が合っていない。今にも飛んで行ってしまいそうだ。

  この光景を、どこかで見たことがある。


  ────ニンゲンが……私たちの世界に何の用っ!?

  ────また、私たちを苦しめようとしたの!?

 ────今度はテンのように、私を狙ってきたわけ!? あの子はどうなったの? 生きているの!?


  手に残る、柔らかな命の管を絞め上げる感覚。痛々しく残る、私の手の痕。大丈夫と、笑う彼女。

 カミタはまだ凛の首を締め続けている。ソラは駆け寄り、迷わずカミタをベッドから引き剥がした。


  「カミタッ! やめなさいっ!!」


  「────ッ!?」


  ソラの怒号とともに床に投げ出されるカミタ。恐れるような視線でソラを見る。


  「ひ、姫」


  「なにしたの!? リンは怪我人なんだよ!? なのに、こんな追い討ち……!」

 

  「で、でも……」

 

  カミタは目線を逸らした。ソラはそれ以上追求するのを止め、苦しそうに喘いでいる凛に心配そうな表情で向かう。


  「リン? リン、大丈夫……?」

 

  「ガハッ、ゲホッ……」


  凛はなんとか意識を保っているようだ。しかし、あと一歩遅かったら……想像するだけでも、ゾッとする。


  「ゆっくり息して? 深呼吸」


  「すー……はー……」


  「そうそう、いい調子」


  凛の背中をさすりながら労わるような声音のソラに、タマとカミタは話かけるタイミングを失ってしまった。なにより、“繋がっている”二人には、もう感情を抑えようとしていないソラの腹の中にある怒りがありありと伝わっていて、とても話をすることが許される雰囲気ではない。


  「あ、あのノウナたちは……?」


  「ごめんね、怖い思いさせて。でも大丈夫だよ。今度こそ、リンには指一本触れさせないよ」


  「私……やっぱり、いちゃ、いけなかったん、ですね……」


  凛はどこか寂しそうな顔で呟いた。ソラは目を見開く。


  「な、なんでそんなこと」


  「だって、そうじゃないですか……」


  凛がカミタを見る。その目は恐れと後悔を含んでいた。


  「……私を、殺しますか」


  「なに言ってるの!? そんなことするわけないでしょ」


  ソラは凛を抱きしめる。凛は突然のことに呆然とした。


  「な、なにを……」


  「謝って許されることじゃないのは分かってる。でも、ごめんなさい。あなたを傷つけるつもりなんてないの。これっぽっちも。こうなったのは、私たちの生き方のせい」


  「生き方の……?」


  「後ろばかり、下ばかり見て生きてきた私たちのせい。でも、そんなのもうたくさん」


  ソラは抱擁を解き、凛と目を合わす。お互いが、お互いの瞳の中にいる。


  「約束するよ、君に。もう、そんな悲しい顔はさせない」


  「ソラ、さん……」


  「タマヲ、カミタ」


  ソラが立ち上がり、背後に控えていた従者を呼ぶ。二人はソラの前で跪いた。


  「……姫様」


  「タマヲ、カミタ」


  ソラが二人の顔を見る。その視線には、怒りというよりは哀しみが含まれていた。


  「どういうつもり? リンを、殺す気だったの?」


「……うん」


  ソラの問いに、カミタは頷いた。


  「実は、盗賊騒ぎっていうか……昨日の騒ぎがあった時から、ニンゲンがこの世界に来たってこと、分かってたんだ」


  「…………」


  「それで、なんとか追い詰めたんだけど、でも、途中で見失って。それで捜索を続けたら、姫の部屋が怪しいってなって」


  「私が姫様を引きつけて、カミタが仕留める。そういう作戦でした」


  タマヲが説明を引き継ぐ。毅然とした口調で言い放つ。


  「ニンゲンは、ゆるされざる敵です」


  ソラは痛みを堪えるような表情だ。


  「リンは、アマネのことを知ってたんだ。アマネの匂いがした。いつも一緒にいる証拠だ。……アマネの時は、連れてきて生かすって話だったじゃん。なのに……」


  「…………」


  タマヲは言いづらそうに目線をそらした。アマネの時も、裏で暗殺するかどうか最後まで決めかねていたのだ。

  ニンゲンは敵である。私たちを苦しめ、虐げた憎き敵だ。その記憶はノウナたちにとって酷く鮮明で、忘れられるものではない。


  「姫様。私たちがニンゲンにされたことを、お忘れですか?」


  「忘れてないよ。忘れない。忘れられない」


  「姫様だって大切なものを、奪われたでしょう?」


  「大切なもの、無くしてないノウナなんかいないよ」


  「ですが────」


  「全部全部被害者ヅラで! 奪われたかなしみとか、怒りとか、もう嫌なの!!」


  ソラが声を張り上げる。その目には涙が浮かんでいた。


  「あれから何十年経ったの!? もう街も復興してる! あれだけの大戦争は起きてない! 私と、確かに触れ合ったニンゲンだっている! 復讐は何かに決着はつけるよ!? でも、でもさ、何も産まないんだよ……!」


  ソラは絞り出すように続ける。タマヲもカミタも堪えるような表情をしている。


  「私を……ひどいことした私を、笑って許してくれたの。『ソラがそんな顔する方が嫌だ』って、言って。首、絞めたのに……もう少しで、し、死ぬかも、しれなかったのに……」


  感情が高ぶり、つっかえながらも言葉を紡ぐ。


  「なんでみんな前に進もうとしないの? 前を見ちゃいけないの? 私は……」


  「姫……」


  カミタは目に涙を浮かべている。カミタは貴族の子だったが、ニンゲン侵攻の際、母親と祖母を殺された。2人とも優秀な指揮官であり、國を守るために戦った。


  「…………」


  タマヲは家族全員を目の前で殺され戦災孤児になり、宮廷に盗みに入ったところでソラに拾われた過去を持つ。

  今を生きているノウナは皆、過去に、ニンゲンという消えない、醜く爛れた火傷がある。それはニンゲンによって引き起こされた悲しみの炎に焼かれ、自らを燃やす怨讐の熱によってさらに酷く焚べられる────だけど、それじゃいけない。いつまでも傷を弄っていては、治るものも治らない。


  「私たちは、今を生きているの。ニンゲンだろうがなんだろうが、関係無い。私たちは、今、この瞬間、自分の“たましい”を燃やして生き続けなきゃいけないの」


  「でも」


  「私は、そうするよ。もう、くよくよするのも、過去に縋るのもやめたの。過去に喰われる前に、未来に進むの。────君たちは、どうするの?」


  ここで負け犬ヅラで、泣きながら、恨みながら立ち止まってるの?

  それとも、希望があるかもしれない未来に生きるの?

  ソラは、ついに問いかけた。


 

 


 



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