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第17話

「はぁっ……はぁっ……」


 凛は走る。血司武器の銃を片手に、ただ走る。ローファーは走りにくく、音が鳴るから捨てた。鞄は囮のために捨てた。制服のブレザーも。既にカッターシャツも、スカートもところどころが煤け、破れ、腕には血が滲んでいる。


  「ここ……どこなの……!?」


  事の発端は、今から数時間前──もしかしたら十数時間前かもしれない──に、異界に居たことから始まる。アマネの護衛中、急に辺りから人々が消え失せた。異常事態だ、対応しなければ────。懐からナイフを取り出すと同時に気を失った。


  「────!」


  そう遠くない所から声が聞こえる。まだ凛を追うのを諦めていないようだ。

 凛が目を覚ましたのは、どこかの建物の部屋の中だった。辺りに人影はなく、1人部屋の中に寝転んでいただけだった。扉を開けようとすれば、容易く開く。鍵も付いていない。誘拐ではないのか? 訝しみながら部屋の外に出ると、(巡回中だったのか)兵士と思わしき人物に見つかり、あっという間に逃走劇が始まった。


  「────! ────!? ────!!」


  怒号が聞こえる。数カ国語を習得している凛が分からない言語。しかし、確かに聞き覚えがあった。ノウナだ。

  やはりあの人が消えた現象はノウナが引き起こしたもので、凛はノウナの世界に連れていかれてしまったのだ、と確信する。


  ────アマネさん……。

  ────米李……。


  凛はアマネに起こったことも、米李の居場所も知らない。


  ────最悪の場合も考えないと……


  最悪の場合。すなわち、米李が殺されてしまっていること。拷問を受けているかもしれない。米李の武器はあまり戦闘向きでないばかりか、碌に戦闘経験も無い。


  ────できる限り米李を探して、なんとか人間界に帰らないと。


  しかし凛は、異界転移装置無しで、人間界に帰る方法を知らない。


  ────私の信号の異常を気づいてさえくれれば、もしかして……。


  そんな希望的観測がもたげるが、実際の可能性は薄いだろう。もしそうなら、とっくに捜索され始めているだろうし、凛の端末にその旨が伝えられているはずだ。だが、凛の端末は、故障だろうか、起動できずシャットダウンされ、耳に埋め込まれている簡易通信機も作動しない。八方塞がりだ。胸に埋め込まれている発信機のみが頼りだ。


  「…………」


  廊下を音を立てないように走る。途中で靴下を見当違いの方向へ誘導するため置いてきたので裸足だ。ひたひたという音がいやに響く。


  ────来ないで……来ないで……。


  必死に願いながら進む。だが、その希望はあっさり潰えた。


  「────!! ────!!」


  見つかった。すぐさま踵を返す。

  銃口を後ろに向け、乱暴に撃つ。何人かのうめき声が聞こえた。


  「……っ ハァっ……」


  窓を蹴破り、屋根を転がり落ちる。背中をひどく打った。庭に落ちたのか。草の感触がする。


  「ぁう! ゲホッ」


  えずきながら、なんとか立ち上がり、また走りだす。

  足が痛い。熱い。血が流れ出ているのを感じる。背中が痛い。息がうまくできない。目が霞んでいく。

  怖い。

  辛い。

 一人で死にたくない。


  「……っ」


  唇を必死に噛み付ける。涙が溢れてくるからだ。


  「────!! ────!!」


  建物中の灯りがつけられ、大騒ぎだ。そこら中で声がする。

  視界の先に、また別の二階建ての建物を捉えた。気力を振り絞り、そこまでたどり着く。もう使われていないのか。人の気配がしない。灯りも付いていない。


  「少し、休んでから、それから……」


  もう何も考えられない。目をつぶりたい。凛は建物に入って、扉を閉めると同時に意識を手放した。



















  チチチ。鳥ののどかな声が聞こえる。


  「ここは……」


  凛は目を覚ました。目を彷徨わせ、周囲を伺う。誰もいないようだ。ここは建物の中。天井窓から陽の光が燦々と降り注いでいる。広さはそれほど広くない。本がびっしり詰まった大きな本棚が壁に沿って三つ着いていて、それが部屋の壁を覆い尽くしている。下には赤色の柔らかそうなカーペット、そして弓矢が壁に掛けられている。

  自分はというと、なぜか裸になっており、何か柔らかい、暖かなものに包まれている。


  「布団?」


  凛はベッドで寝ていた。昨日の記憶では、建物に入った瞬間に倒れていた。誰かに運ばれたのか?

  自分の状態を確認しようと身体を動かした瞬間────身を引き裂くような激痛に襲われた。


  「────ッッッああああッ!!」


  耐えきれず叫ぶ。


「ふーっ、ふーっ……!」


  肩で息をして、なんとか痛みを散らす。窓を蹴破った時に足を深く切ったらしい。右足が全く動かせない。背中もズキズキと痛みが鳴り止まない。深く息ができないくらいだ。右腕の傷もひどく痛む。膿んでいるかもしれない。


  「どうしよう、なんでこんなところに……?」


  今すぐに逃げなければ。なぜこんな風に寝かされているのか分からないがここは敵地。身の回りにいるものは全て命を狙ってくる敵だ。

  しかし、事実は残酷だ。身体が動かない。

  そして、そんな凛の絶望を感じ取ったか、誰かが階段を上がってくる音がした。凛は反射的に目を閉じ、狸寝入りをする。


  「────? ───」


 入ってきたノウナは一人だ。何か独り言を言いながら、凛に近づく。布団を剥いだ。

  瞬間、ノウナの首を掴もうと手を伸ばした。ノウナは瞬間的に反応し、凛の手を押さえる。


  「────!? ────!!」


  髪が長いノウナは、両手を上げて退いた。なにかの植物の根や葉、それに布が入った盆を落とす。凛はなんとか上半身を起こしながらノウナを狙い続ける。


  「私をどうするつもり!?」


  たとえ言葉が通じなくても、感情を込めて言えばニュアンスは通じるかもしれない。外国人と話すときは鉄板の方法だが、世界が文字通り違う相手に通じるのか。

  凛が怒りを込めた言葉を受けてなのか、女性ノウナはわたわたした表情を浮かべなにかを主張していた。が、当然ながら何を言っているか分からない。するとそれを理解したのか、不安げな表情で懐から小さな飴のようなものが入った瓶を取り出す。


  「ちょっと! 勝手な真似は……!」


  凛の制止を聞かずに、ノウナは瓶の中身のものを1粒飲み込んだ。


  「────これでいいでしょ? 私の言ってること、わかる?」


  「……え?」


  凛は力を緩めた。明らかにノウナで、先ほどまで言語が通じてなかったのに────。


  「な、なんで……」


  「あ、あれ? 聞こえてない? っかしーなー、やっぱ不良品なのかな」


  ノウナが困ったような顔もする。困ったような口調も、困った、と言っているような表現も、全部分かる。


  「あなた、ノウナじゃないんですか……?」


 やっと絞り出すことのできた言葉はそれだけだった。それが精一杯だった。

  ノウナは戦うべき敵で、言葉の通じない異界人。だったはずなのに。


  「え? ノウナだけど。君、ニンゲンなんでしょ? どうしてここにいるの? そんなのアマネ以来だ」


  「…………」


  アマネ。

  アマネ。私のともだち。

  ノウナの口から、アマネ。


  「あ、アマネさん、のこと、知って」


  「あ、やっぱ通じてるんだ! よかったー!」


  「じゃ、じゃなくて! アマネさんのこと……」


  「え? アマネのこと知ってるの?」


  「私のケータイ……」


  「『けーたい』……あ、あれか!」


  ノウナは「ちょっと待ってて!」と言い残し、急いで階段を降りていった。そしてすぐさま戻ってくる。


  「これでしょ? 『けーたい』」


  ノウナが差し出してきたのは、確かに凛のスマホだった。


  「なんで分かって……」


  「前にアマネの見たことあって。同じ見た目だったから」


  凛とアマネのスマホケースはお揃いだ。


  「じゃあ、やっぱり。アマネさんのこと……」


  凛がスマホを起動する。待ち受けはアマネとのツーショット写真だ。ノウナがそれを見て大きな声を上げる。


  「アマネだ! これ水晶でしょ」


  「水晶?」


  「あれ? 違うの? 遠く離れた人と連絡取ったり、姿見せたりできるんだよね?」


  「ま、まぁ。そういう意味では同じかも」


  「そっか、ニンゲン界にも似たような技術があるんだね」


  「あ、あの」


  いろいろ質問したい。なぜアマネを知っているのか。なぜ凛をこんな所に居させているのか。どうして人間の言葉を話せるのか。


  「クシュん! ────いったぁ……!」


  しかし、それをくしゃみがさせてくれなかった。考えてみれば、凛は今裸で、さらに布団から身体を出している状態だった。そしてくしゃみをしたことで、身体中に激痛が入るおまけ付きだ。


  「ああ、大丈夫? 怪我してるんだから、あまり興奮しないで」


  ノウナが駆け寄り、凛の背中を支え、ベッドに寝かせる。自分の身体に目をやれば、所々に布が巻かれている。治療されていたようだ。


  「はい、じゃあ包帯変えるから。そのために来たんだし」


  ノウナは凛の腕の包帯を取った。痛々しい傷が顔を出す。


  「ちょっと染みるからねー」


  ノウナはなにかの液体をつけた布で、傷口を拭く。尋常じゃない痛みが駆け巡った。


  「……っ!!」


  「ああ、ごめんごめん」


  凛が悶えていると、ノウナ手早く包帯を巻き、固定する。


  「ごめんね。あまり、ほかのノウナっていうかニンゲンもだけど……あまり世話とか、治療とかしたことなくて。下手くそだよね」


  「そ、そんなこと……」


  しゅんとするノウナに、大げさな反応を取った凛は申し訳なくなる。


  「こ、こっちこそ、その……で、でも、助かりました! えっと……あのまま放置されてたら、私、死んでたので。ありがとう、ございます」


  うつむきつっかえながらも、なんとか礼を言う。


  「…………」


  反応を伺うため、恐る恐る顔を見ると、そのノウナは、目が点になったようにぽかんとしていた。


  「……ぷ、うふふふ……ナハハハハ!」


  と思ったら、いきなり吹き出し笑い始めた。


  「な、なんで笑うんですか!?」


  「いや……ナハハハハ……か、可愛いなって、ははは……」


  「な、なんなんですか、もう!?」


  凛はいじけるように反対方向に寝返りを打つ。


  「あーちょっと、ごめんって。謝るから。機嫌なおしてってば」


  「…………」


  「……えいっ」


  「ひゃあああああっ」


  傷口に先ほどの液体を塗ると、凛は面白いほどに飛び上がった。


  「い、痛いんですよ、それ!」


  「知ってる知ってる。でも、治るの早くなるからさ」


  ぽんぽんと優しく叩くように液体を塗り、包帯を巻く。だんだんその染みる痛みにも慣れてくると、ノウナは呟き始めた。


  「でもさ、驚いた」


  「……何がですか?」


  「ニンゲンって、感謝できるんだって」


  「え?」


  その言葉に、一瞬自分の思考が止まるのを感じた。


  「ニンゲンって、残虐非道で、血も涙もなくて、他の生命を殺すことに、なんの感慨もない生き物だって思ってたから。ずっと」


  「…………」


  何も反論できない。自分たちも、程度は違えど『敵』と言う認識は持っていたからだ。だからそう思われることに、違和感は抱けなかった。


  「でもさ、アマネに出会ってさ。そういうニンゲンじゃないニンゲンも居るんだってちょっと思った。……ちょっとだけね」


  足の包帯を巻き終わり、軽く叩く。


  「ひぅっ」


  「私、ソラ。君は?」


  凛の足に手を乗せながら、ソラは名乗った。ここで初めて、まだお互いに名乗っていない事を自覚した。


  「……凛です。雫山凛」


  「シズクヤマ? シズクヤマリンって名前なの? リンはあだ名?」


  「シズクヤマは苗字です。凛が名前です」


  「苗字ってなに?」


  「あー……リンでいいですよ」


  ソラはそれを聞くと、嬉しそうに笑った。


  「リン。君も、他の人間に比べて、嫌な臭いはしないよ」


  「臭いですか? でも私お風呂はいってないし……」


  自分の匂いを嗅ごうと下を向いたところで、凛は自分が裸だとちゃんと頭が認識した。一気に羞恥心が芽生えてくる。ソラはそんな凛の様子に首を傾げた。


  「どうしたの? 顔、真っ赤だけど……」


  「ふ、ふく……」


  「え?」


  「ふく……かえしてください……」


  凛はか細く消え入りそうな声で要求する。


  「でもまだ背中終わってないし」


  「お尻見えるじゃないですか!?」


  「み、見ないってばぁ!」


  「ほんとですか……?」


  凛はあまりの羞恥に泣きたくなってきた。もう涙目だ。その恥ずかしげな反応に、ソラまで恥ずかしくなってきたようで、「み、見ないよ! 約束する」と、手を上げて誓った。


  「……〜〜〜〜〜!」


  不承不承といった様子で凛は上半身を起こし、背中を向ける。

  ソラは注意深く凛の背中の包帯を解く。その先には大きな少し臭う葉が2枚貼り付けられている。その葉を取ると、酷い色に変色した肌が見える。

  ソラは凛の背に貼られた葉と同じ物が入っている器を取り出す


  「この葉っぱね、『シーハ』って言うんだけど、これに薬塗って貼ると、腫れが治るの早くなるんだ。タマからの受け売りだけど」


  そう言いながら貼り付ける。


  「いたっ……」


  「痛くない痛くない」


  ソラは穏やかな声音でつぶやきながら、優しく患部を撫でる。


  「はい、終わり。これ服ね」


  ソラが差し出したのは、浴衣によく似たローブだった。帯が付いている。おそらくこれを縛るのだろう。


  「あと、下着と……髪くくる?」


  「いえ……」


  「分かった、じゃあこれね。今からご飯持ってくるから、その間に着替えててね」


  「あ、はい……」


  そう言い残し、ソラはまた下の階に降りていった。

  凛は服を着ながら考える。


  ────ソラさん……どういうつもりなんだろう。


  敵であるはずの人間であるのを怪我を治療し、ましてこんなベッドまで用意するなんて。

  アマネに会ったことがあると言っていたし、人間の言葉を話す、もしくは意思疎通を可能とさせるなんらかの術を持っている。

  明らかに只者ではない。


 ────なにか私を騙して……。


  できればそんなことは思いたくなかった。自分を治療してくれた恩人、ましてやそれが命に関わるものだったのだからなおさらだ。しかし、彼女はノウナで、凛は人間。お互いに相容れられる訳がない。


  「私……嫌な人だな……」

 

  「おっ待たせー!」


  「ぅわっ」


  またもやタイミングを計ったかのようにやってくる。ソラの両手にはさまざまな料理を乗せた盆があり、美味しそうな匂いが漂ってくる。思わず生唾が出た。


  「さ、召し上がれ。と言っても、私が作ったんじゃないんだけど」


  「あ、ありがとうございます」


  どうやら自分の分も持ってきたようだ。ソラは背の小さなテーブルを持ってくると、そこに盆を乗せる。


  「これはね、『アルク』って言って、私の大好物なんだ。この生地を巻いて食べるの。色んな味ができるよ」


  ソラが皿に乗ったクレープのような生地を摘み上げると、そこにさまざまな具材を乗せる。それらを巻いて、一気に頬張った。


  「んー、おいしー! ほら、リンも。食べてごらんよ」


  「は、はい……」


  凛は促されるままに生地を取り、盆に乗っている皿を見渡す。そこには、肉のように香ばしいもの、フルーツのように甘い匂いのもの、唐辛子のような辛そうなものとバリエーションがとても豊かだ。


  「なにを取ればいいのか……」


  「なんでも美味しいけど、私のオススメはこれかな」


  ソラは凛の生地を預かり、肉のようなものを取り、生地に乗せた後、なにかの汁を塗った。


  「はい、これ食べてみて」


  言われるがまま頬張る。目を見開いた。


  「こ、これは……」


  口に入れた瞬間、まず香ばしい────風味的に言えばニンニクが近いが、ニンニク程くどくない────味が広がる。噛み締めれば、出来立ての唐揚げのようなサクサクな衣にたどり着き、中から肉汁が出てくるが、これもまたくどくない。起き抜けにも優しい、しかもお腹に溜まる。


  「おいしい……え、なにこれ、ほんとおいしい」


  「へへ、でしょ? これね、植物なんだ」


  「しょ、植物?」


  耳を疑った。これだけ濃厚で食べ応えがあるのに、植物?


  「うん。『ヤックライハ』って言う、食動物植物の一種なんだ」


  「しょくどうぶつ……?」


  「動物を食べて栄養を摂る植物でね。栄養たっぷりなんだ」


  「でも、サクサクって……」」


  「塗った汁あるじゃん。あれ塗ると、皮が反応してサックサクになるんだ。種類によって味が変わるんだよ」


  「不思議ですね……」


  「ヤックライハは世界中で栽培されてるけど、ヤックライハ産業はクオンが最大手なんだよ」


  「クオンって、まさか……」


  「この國のこと。リンはトーキョーなんでしょ?」


  「え、そうです。なんで知ってるんですか?」


  「前にアマネが言ってたの」


  「へぇ……」


  そう言いつつ、ソラは生地を手に取り、先程とは別の具材を巻く。


  「はい、こっちもおいしいよ」


  「いただきます」


  先程は暴力的なまでの味の攻め合いだったが、今度は一貫しておとなしめな味だ。癖がなく楽しめるが、先の快楽を知っている身としては少々物足りなくなってしまう。


  「どう、おいしい?」


  「おいしいですけど、さっきの方がいいです」


  それを聞いて、ソラは満足そうにする。


  「と、おもーじゃん。さっきのやつにねー」


  凛の手に持った食べかけのアルクに別の汁を塗る。


  「はい、どうぞ」


  「んぐっ、か、からっ……!」


  口に入れた瞬間に感じる確かな辛さ。口を通って身体を1周し鼻から抜けるような不思議な辛さだ。ミント的というか、身体がスゥーっとする類のものだが、味は全く違う。


  「お、おいしい!」


  しかし、おいしい。辛さはうまさにコンバートされ、さらにもっと食べたいという欲にトランスフォームする。しかもいつまでも口に殘る辛さではなく、喉元を文字通り過ぎれば辛さは感じなくなる。


  「すごい。なにこれ」


  「これね、鳥の肉なんだけど、花の蜜と反応して辛くなるの。『セントル』っていう鳥で、毎年花の蜜を取りに大陸を縦断するんだ」


  「ソラさんは、生物にお詳しいんですね」


 そう言われて、ソラは照れ臭そうにする。


  「うん、そういうのにすごく興味があるんだ。将来はもっと世界中の生物の研究がしてみたくて」


  「そうなんですね」


  「…………」


  「…………」


  不意に訪れる沈黙。なんとなく会話が途切れてしまい、お互いに相手の出方を伺う。


  「あの……ソラさん」


  先に動いたのは凛だった。ソラが頷き返す。


  「ん?」


  「えっと……なんで、わたしを────」


  「姫様ー?」


  下の階から誰かの声が聞こえる。ソラの顔が一瞬で青くなった。


  「姫、様……?」


  「リン!」


  「は、はい!」


  急に名前を呼ばれ、身体が強張る。ソラは言い聞かせるように、凛の肩に手を置く。


  「ちょっと行ってくるから待ってて。絶対に声出さないでね。タマヲは耳がすごく良いから。できれば息も潜めててほしい」


  「は、はい。わかりました」


  「じゃあ、行ってくる」


  「行ってらっしゃい……?」


  凛が訳も分からないままソラは階段を降りていった。

  再びベッドに横たわると、言われた通りに息を潜める。


  ────結局、聞けなかったなぁ。

 

  このまま、うじうじ聞けず終いになると、自分がどんどん汚い人間に思えてくる。真摯に介抱してくれたソラに報いるためにもせめて、ちゃんと対話しなければ。

 そう、決意した矢先。突如、窓が破られた。


  「な────」


  飛び散る破片とともに、少女が着地する。凛を見るその目は、明らかな敵意を孕んでいた。


  「────!!!」


  一直線に凛に向かってくる。凛も立ち上がって応戦しようとするが、身体の激痛がそれを拒む。


  「くっ────かはっ…………ひゅっ……………」


  「────!!」


  「……………………………」


  少女はあっという間に馬乗りになり、凛の首を絞め上げる。

  凛は薄れゆく意識の中で、大切な人のことを思い出していた。


  ────アマネ、さん‥‥‥。


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